1202 雨の逃避行
村人を引き連れた大移動は、想像よりも進まない。
ほとんどの荷物は一時的に目を覚ましたフラン――に見せかけて俺が収納したし、半蟲人たちが回復魔術をかけて回っている。
村人たちも気合を入れて頑張っているが、岩場など歩いたことがない者も多いのだ。根性だけではいかんともしがたい。
それに、魔獣の数も、まだまだ減っていなかった。むしろ、人間の気配に釣られて、寄ってきているらしい。
普通なら、小型の魔獣は大勢の人間に自分から近寄らないとされている。俺たちの経験則からも、それは間違いないだろう。
だが、餓えた魔獣は理性が飛んでしまって、相手の数など気にしなくなってしまっているのだ。むしろ、餌がたくさんとしか感じないのかもしれない。
さらに村人たちを苦しめるのは、雨だ。間の悪いことに雨が本格的に降り始めていた。勢いよく降り注ぐ雨がカーテンとなり、視界を遮っている。このせいで、より警戒を高めなくてはならなくなっているのだ。
それに、足元がぬかるんで滑るし、冷たい雨が体温と体力を奪う。
雨が、村人たちの歩を絶望的なまでに遅らせていた。
匂いを消してくれるメリットはあるが、デメリットの方が遥かに大きい。それでも、村人たちは文句も言わずに、歩みを進め続ける。
「みんな、頑張れ!」
「足元気を付けろよ!」
「頑張れ!」
魔獣と戦って疲れているはずの兵士たちが、
皆を励ましている。その姿を見ては、文句など言えないのだろう。
魔獣と一番戦っている半蟲人たちが、疲れた様子もなく警戒しているのも大きいはずだ。本来の村人ではない者たちが、一番元気なのだ。
まあ、基礎体力が違うから、本当に全然疲れてないんだが……。村人たちの目には、自分たちを励ますためにあえて元気に見せているように映ったらしい。自分たちがこれだけ疲れているのだから、半蟲人たちもと考えてしまうんだろう。
「フランお姉ちゃん。まだ起きないね」
「俺たちが守るんだ」
「それよりも、落ちないように支えとかないとー」
ウルシの背の上から、子供たちの声が聞こえている。これもまた、大人たちを奮い立たせる原因だろう。子供のためにも頑張らねばと思えるのだ。
しかも、村を守った少女が、未だ眠ったままなのである。これで文句を言うのは、よほど厚顔でなければ無理だろうな。
『しかし、フランはまだ目覚めないな……』
(オン)
そんなことをウルシと話している最中であった。
「……ぅ」
『フラン?』
フランが目を覚す。焦点の合っていない目で子供たちを見回すと、手をゆっくりと動かして周囲を弄る。
その手は、明らかに俺を探していた。
『フラン! 俺は近くにいるぞ。大丈夫だ』
「ぬ……む……」
まだ寝ぼけているようで、頭を軽く振りながら隣に置かれた俺を掴んだ。そのままゆっくりと体を起こすと、東を見つめる。
『フラン?』
「くる」
「オン?」
直後、俺もウルシも、こちらを追ってくる軍勢の気配を捉えていた。
『ちっ。雨で気配が消えてたな』
(オン)
それにしては、何故フランは気づけた?
『フラン。大丈夫なのか?』
「ん」
どこか超然とした気配を漂わせながら、フランは立ち上がった。剣神化を使っている最中に似ているが、発散される神気は極僅かだ。
いや、この状態で神気を纏っているのが、そもそもおかしい。
『フラン! 無理するな! 俺がいく!』
「……へいき。ちょっとだけ、わかった」
『フラン?』
フランに言葉の意味を尋ねようと思ったら、子供たちがフランに群がっていた。
まあ、落ちないようにウルシの魔術で背中に固定されているから、近くの子だけだが。ミーミを筆頭とし喜びを爆発させる子供たちをなだめると、フランは跳びあがった。
そこから、クイントに声をかける。
「後ろから来てる奴らは、私が止める。このまま先へ行って」
「……分かりました。急ぎます」
襲ってくる魔獣からも村人たちを守らなくてはならない現在、追撃者への対応はフランに任せるしかないと理解しているんだろう。悲壮感の浮かんだ顔で頷いた。
『フラン。体調は?』
(すっきり爽やか)
『本当か?』
(ん)
とてもそうは見えない。今のフランは、起きてられるのが不思議なほどに疲労のピークにあるように見えた。倦怠感を隠しきれていないのである。
だが、不思議と動けている。
『何かあったか?』
(神様の力、使いかたが何となく分かった。寝てる最中に)
フランは夢うつつの状態にありながらも、神気の操作を行っていたらしい。結果、扱い方のコツを掴み、それによって体への負担も軽減させたってことかね?
「むん」
フランが自らの体に神気を巡らせたその直後であった。
《個体名・フランが神気操作を獲得しました》




