1197 限界とその先
魔獣と混ざり合ったような異形へと変身し、暴走を始めた超人兵たち。以前、クランゼルの王都で戦ったアシュトナー侯爵が、超人化というスキルを所持していた。
てっきり、そのスキルを再現するための実験かと思っていたんだが……。魔獣と人を合成するような実験であったらしい。
部隊長である刃鷹の統制下を離れたことで、誘導することも、動きを読むことも難しくなってしまった。
それでも、1匹たりとも通すわけにはいかない。
俺たちは、こちらを無視して村へと向かおうとする超人兵たちを止めるために、全力で抗わなければならなかった。
『うおぉぉおぉ!』
(はぁ!)
特に危険なのは、飛行能力を持っているタイプだ。俺たちは高速移動で村に近い飛行タイプを追い、次々に葬っていった。
それでも、敵は減らない。無数の敵兵が、空を舞っていた。しかも、続々と新たな超人兵が空へと飛び上がり、村を目指して移動を始める。
1体1体に時間をかけている余裕はないだろう。それに、正体を隠す余裕もない。いや、重装形態は防御力もあげられるので維持しているが、雷鳴魔術や覚醒などは隠していられなくなっていた。
フランが転移を繰り返しながら、超人兵を仕留めていく。斬撃には黒雷と神気を乗せ、魔術は俺の大魔法使いで威力を増幅しているのだ。
一撃一殺である。
多少の牽制なんて、痛みも感じず、即再生する相手には意味がないからな。超人兵たちは、体内に魔石を持っていた。吸収しても魔力やポイントは低いし、弱体化するだけで急所というわけでもない。
しかし、少しでも魔力を回復できるのは、今の俺たちには有難かった。
『これだけ攻撃しても、村を狙うかよ!』
「なんで?」
『多分、餌があそこにあるって、分かってるんだ』
超人兵士たちは、魔獣の因子を埋め込まれて改造されたと聞いた。多分、今の暴走状態では、魔獣としての側面が強いのだろう。
異形の怪物たちからは、強い飢餓感が感じられた。
「師匠。もっともっと速く!」
『ああ!』
フランがさらに深く、戦闘に没頭する。もう、超人兵を殺すことしか考えていないだろう。
跳んで斬って飛んで撃って走って放つ。フランはたった一人で、その戦場を支配していた。
空に爆炎の華が咲き、雷が荒れ狂う。転移からの斬撃で敵が真っ二つになり、俺の操る鋼糸が異形を細切れに変えた。ウルシはさらに広い範囲を移動しながら、超人兵たちを食い殺している。
次々と湧いて出る超人兵を、俺たちはひたすら倒し続けた。既に、1000は倒しただろう。敵の数は減らない。むしろ、俺たちへとかかる負荷は、増し続けていた。
グレイトウォールが破壊され、地上の超人兵たちが一気に動き始めたのだ。それに、迂回していた超人兵たちも、左右から村へと近づいていた。
魔術を放って削るが、一切怯まない超人兵たちは、足止めすらできない。再びグレイトウォールを使ってみたが、その間に飛行タイプの群が、村との距離を詰めてしまっている。
『カンナカムイィィ!』
『エカトケラウノスッ!』
『うおぉぉぉぉぉぉ!』
同時に魔術を連発する。ただ威力の高い魔術をぶっ放すだけじゃダメだ。完璧に制御して、より多くの超人兵を巻き込んでいく。
『くぅ……』
寒気がする。お馴染みのやつだ。少し無理をしているってことなんだろう。まあ、既に邪気も引き出して利用し、完全にオーバーヒート寸前だ。当たり前だろう。
これ以上続けたら、危険な可能性もある。
だが、ここは無茶する場面だろ! 俺だって、あの村の人たちが蹂躙される姿なんて、見たくないんだよ!
それは、フランも同じだ。
神属性を俺に纏わせながら、全速力で駆け続け、渾身の一撃を繰り出し続けている。無理に動くたびに吐き出される、血が混じった胃液。
攻撃を食らったわけではない。そうではなく、限界を超える動きに、内臓が耐えきれていないのだ。再生ですぐに治ってはいるものの、少しずつ吐く血の量が増えていた。
それに比例して、フランの動きが鈍ってくる。消耗が蓄積してきたのだ。
「くぅ、あぁぁぁぁ!」
『フラン! 少しペースを落とせ!』
(でも、それじゃ村が!)
フランの不安も分かる。半蟲人たちもいるが、この超人兵を何百も相手にできるほど強くはない。村人たちだって戦う気満々だったが、やはり超人兵と戦えるほどの実力はなかった。
1体2体ならともかく、飛行タイプ数十体に抜けられてしまえば、確実に被害が出るだろう。
それに、超人兵たちの魔力が、増しているのが感じられた。倒せば倒すほど、生き残りの超人兵たちが強化されていく。
『死んだ仲間から、力を吸収してるぞ!』
(ん……)
こちらはジリジリと体力を消耗していくのに、敵はドンドン強くなる。だが、倒さないわけにはいかない。そうしなきゃ、あの村の人が死ぬかもしれないから。それが、仲良くなった子供たちかもしれないから。
だが、そんなフランの想いに水を差すように、邪魔する者がいた。
「っ!」
「くははははは! 頑張るじゃないかぁ!」
突如発生した爆発に、フランの動きが一瞬止まる。
『刃鷹っ!』
「貴様、何者だ? 声がおかしいじゃないか。その仮面、はぎ取って見てやろう!」
遂に、刃鷹が動き出したのだ。その攻撃は、羽根を矢のように飛ばしてくるという物だった。
しかも、奴の意のままに、魔力が膨張して爆発を起こすのだ。厄介な攻撃だった。
フランが反撃を行おうとするが、刃鷹は距離を取りながら余裕の表情で叫ぶ。
「おっとぉ! 失敗作どもを放っておいていいのかな?」
「!」
フランは殺気を抑え込んで、飛行タイプを追った。刃鷹の攻撃を躱しながらも、再び超人兵を倒す。
「だああぁぁぁぁ!」
だが、フランの気合とは裏腹に、その動きがさらに鈍っていた。
消耗して俺もフランも限界を超えているのに、濁流のように押し寄せる敵の勢いは変わらないのだ。完全に、手が回らなくなってきている。
(負け、ないっ!)
気力で、戦い続ける。しかし、気力だけではどうにもならないこともある。血も吐いた。骨も砕けた。意識も段々と朦朧とし始めている。満身創痍とはこのことだ。
敵から与えられたダメージは、ほぼない。刃鷹が仕掛けてくる攻撃も、俺が防いでいる。まだ本気ではなく、こちらの消耗を煽るための牽制なんだろう。
命を削るようにして、全力全開を維持したまま敵を倒し続けるフラン。
破綻が近づいているのが分かった。
「……!」
『?』
何か聞こえたか?
「……れー!」
やはり聞こえる。
超人兵たちの咆哮とは違う、誰かの声が聞こえた。
「お姉ちゃん! がんばれー!」




