1194 戦う覚悟
偵察からホルナ村へと戻ったフランは、村の者たちに事情を説明する。
捕まえてきた指揮官の言葉もあり、すぐに信用してもらえた。
ただ、その後の動きが定まらない。村人たちも、こんな事態は初めてで、どう動けばいいのか分からないのだ。
「避難すると言ったって、どこにだ?」
「そりゃあ、西隣の……」
「無理だろ! あっちの村も、襲われる可能性が高いんだ」
「じゃあ、イチかバチか、北に逃げるか?」
「魔獣が増えてる場所を、女子供を連れてか? 無理だ!」
喧々囂々の相談が続くが、誰も良い案を出せない。というか、良い案なんてないのだ。どう動いたって、デメリットが勝る。
そうして行動指針が決まらないまま、村から見える位置まで東征公の軍勢が接近してしまっていた。
「大変だ! 敵がきた!」
「も、もうか?」
「早すぎるだろ!」
驚いているのは俺たちも同じだ。
どうも、俺たちが強襲した隣村からではなく、違う方面からやってきたようだ。いくつも部隊があるようだし、風狼の率いる部隊とは違う相手なんだろう。
しかも、敵の軍勢が現れたのは、西からだった。俺たちが通ってきた、山岳への抜け道が塞がれてしまったのだ。そちらにあった僅かな村も、もう蹂躙された後だろう。
東からは風狼の部隊がせまり、西からは謎の部隊。完全に挟撃され、逃げ場を失ってしまった。
1日2日の猶予があると思っていただけに、村人たちの動揺は大きい。絶望の表情を浮かべている者もいた。
もう、どうしようもないことが、分かってしまっているのだ。
避難は無理だ。どこへ向かおうとも、子供の足ではすぐに追いつかれる。
投降は? これもあり得ない。なんせ、敵の指揮官の口から、生贄目的だと言われている。投降は死と同義である。
結局、村に立てこもって迎え撃つくらいしか、選べる道はなかった。救援の当てもない籠城など、すぐに破綻することは誰もが理解している。それでも、これ以外に選択肢がない。
「フランさん。あんたは逃げるんだ」
「レイドスの問題だで」
「蟲の人たちとあんたなら、今からでも逃げられるだろう?」
思いもよらない言葉だ。
助けてくれではなく、逃げなさい。このままでは絶対に死ぬであろう自分たちのことを差し置いて、フランたちの身を案じてくれている。
ジーンときたのは、俺だけではなかった。
「……逃げない」
「何を言ってるんだ! ここは危険なんだぞ?」
「ミーミたちを残して、いけない」
「あの子たちと仲よくしてくれているんだね。ありがとう」
「でも、いいんだよ」
「よくない!」
フランが大きく頭を振ると、村人たちは癇癪を起す子供を見守るような、優しい顔をしている。
多分だが、反乱分子を匿うことを決めた時点で、村人たちはこうなることも覚悟していたんじゃないか? 今回は反逆者として処断されようとしているわけではないが、村が襲われ、自分たちが殺される覚悟をどこかに持っていたに違いない。
村人たちは取り乱したりせず、フランやクイントたちだけは逃げろと言い続けた。
「旅人さんが、自分たちの村のせいで死ぬことが悲しいんだよ」
「それに、死ぬって決まってるわけじゃない。きっと、赤騎士様が来てくれるさ」
「おお! そうそう! そうに違いない! 紅旗騎士団がきっときてくれる!」
村人たちも、本気で赤騎士が来るとは思っていないだろう。紅旗騎士団が動けるなら、他の村が蹂躙される前に動いているはずだ。
クランゼル王国との戦争の影響か。公爵と繋がっているのか。何らかの理由があって、紅旗騎士団は出動できないのだろうということは、村人たちも察している。
それでも紅旗騎士団の名前を出したのは、フランを少しでも安心させるためだ。しかし、逆効果だったな。
紅旗騎士団。フランがその団長を殺し、大損害を与えた相手だ。とてもではないが、この村まで助けに来るような余裕、残っていないだろう。
自分が、この地方の守護者を、叩き潰してしまった。フランの性格上、戦争だから仕方なかったなどとは思えないはずだ。
そのせいで、仲良くなった人たちに被害が及ぶとなれば、なおさらだ。
(師匠。ウルシ)
『……分かってる。ここで逃げろとは言わないよ』
(オンオン!)
ウルシに乗せれば、子供たちだけでも助けられる。だが、そんな真似をすれば、フランが気に病むだろう。逃げるにしても、それは最終手段だ。それに、俺だってこの村の全員を守りたいと思っている。
『兵士を防ぎつつ、敵の指揮官を探す。4人いるっていう軍団長だ』
(ん!)
何万もいる超人兵を皆殺しにするのは、現実的ではない。それよりも、兵士を操る笛を持つ、各軍団長を狙うのである。
『風狼の部隊が到着する前に、西の部隊を叩く。上手くいけば、ホルナ村の人たちを西に逃がせるかもしれん』
(頑張る)
(オン!)
フランもウルシも、短い間にこの村の人々のことが大好きになったのだ。キリッとした顔で、闘志を燃え上がらせている。
「私は、戦う」
「……あんたらも、馬鹿だなぁ」
「ほんになぁ」
村人たちが、優しい顔で笑う。フランの決意が伝わったんだろう。そこに、半蟲人のクイントが駆けこんできた。
「西の軍勢に対して、私たちとフランさんで対処します! 村の人たちは、防壁の守備に就いて下さい!」
逃げるつもりなんて欠片もないその言葉に、村人たちがさらなる笑い声をあげた。
「はははは! みんな馬鹿だなぁ!」
「はっはっは! だな!」
クイントは、急に笑い出した村人たちにキョトン顔だ。
「ど、どうしたのですか?」
「いやいや! なんでもないよ!」
「そうそう! おいみんな、いくぞ!」
「クイント、いこう」
「え? え?」