1192 超人兵
遭遇した兵士たちは、まともに話を聞ける状態とは思えなかった。
「うがあああああ!」
獣のように叫び、フランに跳びかかってくる。武芸のレベルは低いが、ステータスは相当高いだろう。
速さも相当なものだし、槍が叩きつけられた地面がベコリと陥没しているのだ。
暴走状態で、リミッターが外れているのか?
攻撃しても中々意識を失わず、最後は深い落とし穴に落とした。登ってこようとしても、叩き落して閉じ込める。
『おい! 俺は正義の騎士グレイ! お前たちは、何者だ!』
「がああああ!」
「うおおおおお!」
やはり、話が通じない。
だが、疑問が1つ。
こいつら、明らかに3人1組で巡回をしてたよな。理性がない状態で、そんな行動できるか? どう考えても、何者かに操られているだろう。
スキルを使って、男たちを調べる。すると、色々なことが分かった。
まず、この男たちは超人という種族となり、実験体という称号を持っていた。どうも、レイドスの研究の被験体であるらしい。
しかし、その実験は失敗し、ステータスが上昇する代わりに理性を失ったのだろう。状態が支配となっているので、何者かに支配されていることは間違いない。
理性が薄い分、支配はしやすそうだ。
このまま放置では逃げ出すかもしれないし、ここで仕留めておくしかないだろう。俺は飾り紐を糸化して、穴の底の兵士たちに巻きつけた。ついでに、村に来る途中で手に入れたスキルも試しておく。
収納で密かに回収しておいたトンネルバグの魔石や、道中の数体の魔獣から、補強粘液、艶消し、甲殻棘化というスキルをゲットしていたのである。
補強粘液は速乾性で、掘った穴を補強するための液体を分泌するスキルだ。糸から粘液を生み出せば、拘束力が増すだろう。
艶消しは、甲殻の艶を消して光らないようにするスキルらしい。昼間だとあまり意味ないけど、夜なら糸をより目立たなくさせることができそうだった。
甲殻棘化は、その名の通り殻を棘のようにとがらせるスキルである。糸を棘状に変化させるのが、少しやりやすくなったのだ。
まあ、意外と使えそうなスキルばかりだったな。棘化させた糸で超人兵に止めを刺し、俺たちはこの後の動きを相談する。
『うーん。村には、こいつらを操っていた上位者がいるか?』
(潜入する?)
『そうだな。この兵士たちくらいの相手なら、隠れていけそうだしな』
(ん)
『ウルシの鼻も頼りにしてるからな』
(オン!)
魔術とスキルで気配と存在感を消し去り、壁を飛び越えて侵入する。
気づかれてはいないだろう。兵士たちの動きに変化がないのだ。
(村の人、いない)
『ああ、全員殺されたのか?』
家の中をのぞいても、誰もいない。兵士たちが暴れたようで様々なものが散乱しているが、そこに人の気配はなかった。
『うん? あそこにいる兵士。いや、兵士か? 明らかに装備が違うぞ』
(確かに)
広場に集まっている兵士の端の方に、少人数だが違和感があるものたちがいる。どうやら、指揮官であるようだ。
少しだけ豪華な鎧を着こみ、数人で話し合っている。
明らかに、自分の意識を持っている。暢気な様子で会話をしているあいつらと、理性を奪われただ整列しているだけの兵士たちの対比は、吐き気がするほどの気色悪さを感じさせた。
フランも怒りを感じたらしい。
(あいつらやっつけて、話を聞き出す)
『俺もそうしたい気持ちは同じだが、もう少し待て』
奴らの会話を聞きたいのだ。
フランにもう少し近寄ってもらい、魔術で声を拾おうとする。
兵士たちは気づいていない。だが、相手の戦力はこれだけではなかったのだ。
「そこにナニか潜んでいるぞっ!」
『見つかった!』
小屋の中から、大きな叫び声が聞こえた。俺たちのことを見ずして、発見しているのは間違いないだろう。
同時に、ピーッという甲高い笛の音のようなものが聞こえた。音に魔力が乗っていたのが分かる。すると、兵士たちが一斉にこちらを見たではないか。
笛の音で兵士を操っているのか?
ともかく、今の俺たちを発見するような相手がいる部隊と、その場の勢いで戦闘に入るのは危険すぎる。
『フラン! 脱出する! 村に情報を持ち帰るぞ!』
(わかった)
え? 逃げるって言いながら、そっちは――。
「うぉぉぉ! は、離せぇ!」
指揮官の襟首掴んで、引きずっとるぅぅ!
「ぎゃあぁぁ! 足が!」
「うるさい!」
足の痛みに悲鳴を上げる敵指揮官を、風の結界で遮音して黙らせる。
フランは未だに暴れる指揮官を引きずりながら、兵士たちの間をすり抜けて、見事村の外へと脱出することに成功していた。
兵士が驚くほどの速度で追ってくるのが見えるが、フランやウルシには勝てない。数分ほどで、完全に包囲網を抜けたようだった。
『既に発見されたとはいえ、力技で敵を攫ってくるとは……』
(ふふん)
ドヤ顔のフラン可愛い。
違った。現実逃避は止めよう。とりあえず、ずっと引きずってきた指揮官は、足がちょっとまずい感じになっている。
途中で靴が脱げて、地面で踵が削れて血だらけだ。しかも、右は折れているだろう。どこかで岩にぶつけた時に大きな悲鳴が聞こえたが、多分あの時かな?
すでに叫ぶ気力もなくし、フランにされるがままである。いや、時おり悲鳴を上げているが、風魔術で声が遮断されているだけか。
転移とダッシュで村から完全に離脱したことを確認し、俺たちは足を止めた。
ヒールを軽くかけてから、男を地面に投げ出す。骨はまだ治っていないので、逃げ出すことはできないだろう。今も地面に足を打ち付けた痛みで、悶絶してるしな。
『さて、手早く尋問をしちまうか』
(ん!)
フランの気配の変化が感じられたのだろう。
「ひ、ひぃ!」
男は、恐怖による悲鳴を上げていた。




