1191 隣村
村の入り口では、隣村へと救援に向かうかどうかの話し合いがされていた。この村のことを考えれば、守りに徹するべきだろう。
しかし、長年付き合いがあった隣村を見捨てるのは、精神的になかなかできることではない。中には友人や血縁者がいた者もいる。
だが、誰も口には出さないが、すでに滅んだとすら言える村を救うために、危険を冒すのは割に合わないだろう。
誰もが分かっているのだ。行ったところで、無駄足になる。それどころか、自分たちまで危険にさらされる。
しかし、隣村からやってきた女性たちがいる前で、それは口に出せない。
結果、何も決まらぬまま、時間だけが無駄に流れていた。
そんな重苦しい空気をぶった切ったのは、フランである。
「私たちが行く」
「オンオン!」
「お嬢ちゃん! だが、危険すぎる!」
「嬢ちゃんが強いのは分かっているが、いくら何でも単独じゃ……」
「よ、よし! 俺だって行くぞ!」
村の大人たちはフランだけでは危険だと心配するが、クイントたち半蟲人は賛成の声を上げていた。
「黒雷姫殿であれば、空からの偵察が可能です!」
「それに、メチャ強いですからなぁ」
「普通に隣村の敵、蹴散らせちゃうんじゃないですか?」
フランの強さを理解している彼らからすれば、ちょっと強い兵士くらい、相手にもならないと分かっているのだ。
傭兵である半蟲人たちが賛成したことで、村の大人たちもそんなものなのかと思い始めたらしい。
結局、フランとウルシが空から偵察するという案が認められるのであった。
隣村の位置を詳しく教えてもらい、すぐに出立する。
「じゃあ、いく」
「ご武運を」
「嬢ちゃん、危険なことはするんじゃないぞ?」
皆から口々に身を案じる言葉を投げかけられ、フランは嬉しそうに笑う。
「だいじょぶ」
「オンオン!」
『いやー、いい村だな』
「ん」
まずは村の周囲を飛び回ってみたが、謎の兵士とやらの姿は見えない。だが、隣村に近づくと、件の軍勢の姿が見えてきた。
逃げてきた女性が言っていた通り、遠目から見る姿は普通の兵士だ。大人しく門の前に立って番をしていることから見て、理性がないようにも思えない。
だが、村に何らかの異変が起きていることは確かだろう。村の中に、大勢の気配が有るのだ。村の規模から考えても、明らかに多すぎる。
空から村を観察する。やはり、兵士だ。相当な数の兵士が、村の広場で整列していた。着ている鎧は、戦場でも見かけたレイドス王国の一般的な鎧に見える。
村人は……いた!
『村の奥に、一まとめにされてるぞ』
(ん。でも……)
『ああ、もう死んでる』
墓地だと思うが、そこに村人たちの亡骸が無造作に積み上げられていた。まるで敬意を感じさせない、物扱いの所業だ。
『もしかして、皆殺しなのか……?』
(許せない)
(オン!)
『ああ。だが、レイドスの軍隊が、なんでこんなことを……』
(聞けばいい)
『ああ。どこかに、情報を引き出せそうなやつはいないか?』
とはいえ、兵士たちは一塊になっていて、そこから少人数を捕縛するというのは難しそうだった。
『周囲の警戒に出ている斥候部隊が狙い目だな』
(ん)
少数の奴らを叩いて、実力を測るとともに、尋問をして目的を聞き出すのだ。
(いく)
『ちょっと待った。試したいことがある』
(試したいこと?)
『ああ、まずはこうして――』
俺が思いついたのは、隠密系スキルの効果を高められないかということだった。普通にフランが隠密を発揮しながら、その体を変形した俺が覆い、さらに隠密を発動する。
この状態であれば、隠密の二重掛けになるのではなかろうか?
頭からつま先まで、形態変形した俺が鎧の様になってフランを覆う。少しデザインにも気を遣えば、全身鎧を着こんだ重戦士のようだった。
全身が隠れているので、変装にもなっている。種族も素顔も、パッと見では分からないだろう。
『どうせなら、このまま正体を隠して行動してみるか』
フランがまだレイドス国内にいるということは、相手に知られない方が動きやすいのだ。
『ウルシは、影の中で待機だ。ウルシのことも、相手に知られてるだろうからな』
(オン)
『あと、フランは喋らないでいい』
(?)
『俺が念話で話す。そうすれば、相手はフランを男だって思うだろ?』
(なるほど)
顔も見えないんだし、俺が鎧で覆っていることから――そう、決してフランが断崖絶壁と言っているわけではなく、俺が隠しているせいで、小型の種族の男性としか思われないだろう。後は、俺のスキルをぶち抜くほどのヤバイ鑑定能力を持っている相手が出ないことを祈るだけだ。
(雷鳴魔術も使わない方がいい?)
『お! そうだな! できれば、大地魔術あたりを主力で使って行こう』
(ん!)
完璧な変装を終えた俺たちは地上に降り立つと、すでに捕捉していた兵士たちへと向かった。スリーマンセルで村の周囲を巡回しているようで、数組の兵士たちが動いていたのだ。
『よし、いたな。殺すなよ?』
(ん)
俺たちは音もなく兵士たちに忍び寄ると、一気に襲い掛かった。1人をフランが殴り飛ばし、残り2人は俺とウルシの魔術で拘束だ。
土の蔦と、影の触手で絡めとられる兵士たち。だが、凄まじい膂力を発揮する兵士たちによって、拘束はすぐに破られてしまう。
「がああああああ!」
「ぐおおおおおお!」
あ、こりゃあ、理性ないっぽいね。




