1190 隣村の異変
現在のレイドス王国の内情を、半蟲人たちから教えられた翌日。今日もフランとウルシは子供たちと遊んでいる。
特にウルシは、この村にやってきてからはだらけ過ぎなくらいのんびり状態だ。仔犬モードか大型犬モードで、子供たちにモフモフされまくっている。
仔犬型の時にはへそ天で寝てたりして、野性はどこに行ったと言いたい。まあ、危険が迫ればすぐに起きるのだろうが、村人たちからは完全に愛玩動物枠に思われているだろう。
今も、大型犬サイズのウルシの背に頭を乗せて、フランとミーミが寝そべっている。
「あの雲、カレーみたい」
「えー? どれー?」
「あそこの。スプーン刺さったカレー」
「私は、骨付きのお肉に見えるなー」
「なるほど」
「オンオン!」
この村の子供たち、フランが提供した物資で食料事情は改善したとはいえ、ひもじい思いをした記憶は消えないらしい。ミーミだけじゃなくて、ほぼ全員が食いしん坊になってしまっていた。
少し離れた場所でリバーシで遊んでいた少年が、よだれを垂らしながら「俺は串焼きに見える!」と叫んでいる。そこからはみんなで、雲を食べ物に例える大会開催だ。
「あれは肉だ!」
「スープにも見えるよ」
「スープってなんだよー」
「スプーンとお皿みたいに見えるじゃんか」
いつの間にかウルシの周囲に集まってきて、原っぱに寝転がってフランたちと一緒に雲を見上げている。
「パンケーキだー」
「なるほど!」
「フランが食べさせてくれたパンケーキ、うまかったなぁ」
「だねー」
「俺はカレーが好きだ」
「僕も」
子供たちには、カレーとパンケーキを提供済みだ。
輸送部隊でも大量に配ったせいで、カレーは残りが心もとない。いや、普通なら、まだまだ大量なんだけど、フランとウルシだからね。
この2人からしたら、残量はレッドゾーンだろう。それでも躊躇なく振舞うのだから、余程この村を気に入ったのだろう。
その他の物資に関しても、この村には渡している。ただ、他の村への配布は、見合わせた。フラン的には敵国の人間どうこうではなく、目の前で困っている人を助けたいって気持ちだったのだが、戦時中ではなかなか難しい。
砂鼠を通してエスメラルダに、戦後のことを考えると敵国に与したと言われるような行為は避けた方がいいと言われたのである。まだ、クランゼルの依頼を受けて敵国に潜入しているという体だしね。
それに、魔獣によって寸断状態の今、物資を運ぶことも難しいのだ。
雲を見上げながらマッタリ中のフランたちだったが、俄かに村の入り口が騒がしくなった。兵士や大人が、走っていくのが見える。
行商人でもやってきたのかと思ったが、どうもそういった雰囲気ではなかった。魔獣や山賊がきたって感じでもなさそうだが……。
子供たちには遊んでいるように伝えて、俺たちは入口へと向かった。
「た、助けてください!」
「む、村がっ!」
そこにいたのは、見慣れない5人ほどの女性たちだ。この村の住人はだいたい顔を見たはずだし、5人ともかなり疲労した様子だ。ボロボロの身なりから見ても、外からこの村に逃げ込んできたらしい。
人垣の外から女性たちと兵士のやり取りに聞き耳を立てる。まだ、フランが姿を見せてよい相手かは分からないのだ。
そして、女性たちの口から凶報がもたらされる。
彼女たちは、隣村から逃げてきたという。彼女たちの住んでいた村が謎の軍勢に襲われ、滅んだからだ。
そう、魔獣に襲われたのではなく、明らかに武具を装備した軍隊に急襲されたというのである。クランゼル王国軍なのかと思ったが、違うということだった。
軍勢ではあったが、人かどうかが怪しかったらしい。外見は、剣や鎧で武装した人間であった。しかし、理性があるようには見えず、軍勢は獣のような咆哮を上げながら村を蹂躙したのだ。
彼女たちは命からがら村を脱出し、魔獣の恐怖に怯えながら隣村まで徒歩で逃げてきたのだった。
村の男たちも、その報告に慌ただしく動き出し始める。
フランはクイントに救護用のポーションを手渡すと、子供たちのところへと戻った。子供が怖がらないように、落ち着かせるためだ。
案の定、家に戻るように言われた子供たちは、不安げな顔をしていた。
「フランお姉ちゃん。何かあったの?」
「私もまだ詳しく知らない」
「また、魔獣が来るのかな?」
「かもしれない。でも、だいじょぶ」
「なんで?」
「私が、絶対に守る」
フランはそう言って、子供たちにぎこちなく笑ってみせた。たまに見せる、自然に出る笑顔ではない。
笑顔なのか引き攣った顔なのか分からない、酷い表情だ。だが、俺は不覚にもジーンとしてしまった。
だって、あのフランが子供を安心させるために、自分から笑顔を作ろうとしたんだぞ? こんな気遣いが、できるようになっていたんだな。
「オンオン!」
「ウルシもいる。だいじょぶ」
「そ、そうだよね。フランお姉ちゃん、強いんだもんね」
「そうだぜ。だって、冒険者って赤騎士様と同じくらい強いんだろ?」
「おー、それならきっと大丈夫だ!」
フランが短い間で築き上げた、子供たちとの信頼関係。
そのお陰なのか、彼らの表情から暗いものが消えたようだった。赤騎士は超強い。それと同じくらい強いフランがいれば大丈夫。
何の疑いもなく、子供たちは信じたらしい。もしかしたら、信じたいだけかもしれない。だが、彼らがフランを信じると決めたことは確かだった。
フランはその信頼を受けて、今度こそ本当に笑った。
「みんなは家にいて」
「うん!」
「お姉ちゃん、頑張って!」
「死なないでね? ウルシちゃんも!」
「ん!」
「オン!」
フランとウルシは最高の声援を背に、クイントたちのいる場所へと歩き出すのであった。




