1184 ヘルの影響
「どんな村?」
「そうですね……。上層部が腐っていて、本当に酷い村だったそうですよ」
これから向かう先について問いかけたフランに、クイントが意外な言葉を返す。
酷い村なんて、大丈夫なのか?
潜伏して情報が集まるのを待つと聞いているが、国へと密告されたりするんじゃないか?
だが、そうでもないらしい。まず、酷い上層部というのは、ナイトハルトやデミトリスが暴れたことで排除されていた。
ある日、彼らが村に現れて、ララーを解放するついでに村長とその配下を倒したそうだ。こういった村はレイドス南部、東部に非常に多く、ほとんどの村では歓迎された。
表向きは賊によって前村長が殺害されたと報告し、新たな村長が就任。裏では密かにナイトハルトたちを支援してくれている。
村人たちも馬鹿ではないのだ。
上層部から洗脳教育を施されようとも、その行いが腐っていることを見れば、信じようなどとは思わない。
レイドス王国が素晴らしい国? お前らみたいなのが出世できる国のどこが素晴らしいんだ?
クランゼル王国は邪悪な国だから、自分たちが支配して幸せな方向へ導いてやらなきゃならない? お前らに支配されている自分たちは不幸だけど?
そんな感じで、国に対する不信感を持ち、表向きは従いながら裏では舌を出してきたのだ。
「ララーのいた村は、特に村人の国離れが酷い村でした」
「そなの?」
「はい」
元々魔獣が少ない地域で、赤騎士との接触が少なかったことが一番の要因であるらしい。巡回する赤騎士は、民を守る盾であり、国の看板でもある。
民は魔獣を蹴散らす彼らの強さを見て、怖れ、敬う気持ちを抱くのだ。その畏敬は、国に対しても向けられる。
その機会が少ない上に、村長たちが到底尊敬できないクズとなると、自然と民の国への忠誠度は下がるらしい。
クイントと情報交換を兼ねた雑談をすること1時間。
何やら周囲を見回し始めた。
「どしたの?」
「魔獣がきます」
「?」
マジか? 俺もフランも、まだ――いや、地中か! クイントは地中の気配を探る能力に秀でているらしい。ホッケンの魔獣除けのフェロモンも、地面の下までは届かないのだろう。だからこそ、地中感知能力が高いクイントと組んでいるのだ。
フランもようやく気付いたようで、俺を掴んで立ち上がる。
かなり小さい相手のようだ。これを良く感知したな。
「……変ですね。かなり多いです」
「変なの?」
「この震動は、トンネルバグで間違いないでしょう。ですが、数が多すぎる」
トンネルバグは、主に地中に生息するカナブンに似た昆虫型の魔獣らしい。本来は数匹で群れを作る魔獣だそうだ。
気配を探った感じ、どう数えても50匹近い気がするんだが……。
「あの、黒く染まった大地の影響かもしれません。生息域が大きく変わったか、餌を求めているのか」
マレフィセントの攻撃は、生態系にまで大きな影響を与えたのか。
考えてみれば、あれだけの広範囲で動植物が死滅したのだ。
餌が取れなくなって、行動範囲が変わった魔獣もいるだろう。あとは、天敵が消えたことで、縄張りが広がったり?
連鎖的に影響が広がっていけば、国全体で異変が発生するかもしれなかった。
「ララー! ホッケン! 魔獣が近づいています! 起きなさい!」
「! ふぁい!」
「くぁ! この時間かよ!」
目を擦りながら、起き出す2人。仮眠を始めて1時間弱。睡眠が深くなり始めて、一番眠い時間帯だよな。
地面を掘りながらなのでさほど速いわけじゃないんだが、トンネルバグの群は一直線にこちらへと向かってくる。
「どうやって倒す?」
「土魔術師がいれば、地面から出てくる前に潰してしまうんですが……。それができなければ、攻撃するために飛び出してきたところを迎撃するしかありません」
「ん?」
「どうかされましたか?」
そう言えば、フランが魔術を使えることを知らないか? 外見は完全に剣士だし、魔術が得意そうには見えないだろう。異名から考えると、雷鳴魔術と火魔術、風魔術くらいしか使えないと思われても仕方がない。
「土魔術使える」
「え? そうなのですか? 攻撃が可能なほどのレベルで……?」
「大地魔術使える」
「あー。か、感知はできておいでで?」
「あっちから50匹くらい」
「はい、その通りです」
目に見えてクイントの緊張感が薄れたな。
『逃がさないように、少し広めを一気に攻撃しよう。フランが右側で、俺が左側だ』
(ん!)
「グラビティ・プレッシャー!」
『おらぁ! 潰れろ!』
重力で相手を潰す魔術だ。
数は多くても、所詮は雑魚。その気配は一瞬で消え去っていた。
地下を進めることが厄介なだけで、戦闘力はゴブリン以下なんだろう。
あっさりと決着がついた戦闘に、クイントたちが呆然としている。フランの魔術の腕前を完全に見誤っていたんだろうな。
そして、ホッケンが呟く。
「俺たち、寝ててもよかったんじゃないか?」
「確かにー」
うむ。俺もそう思う。
「寝直しますね」
「おやすみなさーい」
ホッケンとララーは寝袋に戻ろうとするが、そう上手くはいかなかった。
「また魔獣がきます。トンネルバグを追ってきたのでしょう」
『これは、俺たちにも分かるな』
「ん。おっきい奴、くる」
やはり、無視できない影響が発生しているらしいな。




