1182 クランゼル王国の考え
半蟲人たちとともにナイトハルトの救出に向かいたいフランだが、それはかなり厳しい。
クランゼル王国軍を抜けることも難しいし、少数でレイドス国内に潜入するのは余りにも危険なのだ。すでにフランは、レイドス王国に目を付けられているしな。
だがジャンは、フランがナイトハルト救出作戦に同行することに賛成なようだ。
「問題ないのではないか?」
「ほんと?」
「うむ」
ジャンが、自分の考えを語る。
クランゼル王国軍は、これまでの戦いで想定以上の被害を受けてしまった。今後、大きく後退するしかないだろう。場合によっては、クランゼル国内まで撤退するかもしれない。
折角奪った拠点や物資も破棄するしかないし、最も怖いのがレイドス王国からの追撃だ。その追撃を止めるには、相手の国内で混乱を起こすのが手っ取り早かった。
高位冒険者によるゲリラ戦は、まさに混乱を起こす手段に最適だろう。クランゼル王国からは、歓迎される可能性が高かった。
「それに、フランたちがしばらく身を潜めて騒ぎが起こらなかったとしても、いずれ何か起こしてくれるなら損にはならんだろう」
ジャンの説明を聞いて、フランのやる気ゲージが急上昇だ。
(師匠!)
『まて! フラン! 本当に危険なんだぞ!』
(……分かってる。でも、助けに行きたい。お願い!)
『なんでだ? ナイトハルトと、そこまで親しいわけじゃないだろう?』
(ナイトハルトは、仲間のために頑張った! だから……だから!)
多分、フランはナイトハルトに報われて欲しいのだろう。ナイトハルトは仲間を助けるためだけにレイドス王国へと向かい、命を懸けて本当に仲間を助けてみせた。
その行動が、黒猫族のことを考える自分と重なっているのだ。
人と普通に接した経験が少なく、多くの悪意に晒されてきたフランは、自分がシンパシーを感じた人間に甘くなる傾向がある。
好き嫌いが極端と言えばいいのだろうか?
今回のナイトハルトに対しても、そうだろう。どう考えても、止まらない。
(それに、ペルソナの情報も手に入るかも。師匠)
『はぁぁ。俺にとっては、フランが一番大事だ。だから、本当に危険だったら無理にでも逃げるからな?』
(ん!)
俺もフランに甘いよなぁ……。
ただ、行くことを決めたなら、まずジャンを通じて許可を取ってみよう。勝手に飛び出すのはマズいし。
すると、許可は簡単に下りた。ジャンの予想通り、クランゼル側からしてもフランがレイドス国内に残るのはありがたいことだったのだ。
それどころか、潜入せよという依頼まで出してくれた。国の面子的に、レイドスに被害を与える依頼を貴族が出したということにしたいらしい。
依頼料が前払いで結構出たので、有難く依頼は受けておいた。さらに、クランゼル王国の諜報部――というか、エスメラルダの支援を受けられることになった。
彼女が持っている情報を全て教えてもらえるだけではなく、今後彼女の得た情報を定期的に届けてくれるそうだ。
エスメラルダの砂の鼠を1体、袋に入れて連れて行くように言われた。
これがあれば、こちらの居場所がちゃんと伝わるらしい。
「まずは、我々に対し友好的な村へと向かいます」
「友好的な村? そんなのあるの?」
「はい。そもそも、レイドスの辺境にある各村々は生きることに精一杯ですので、国への忠誠心とかは薄いですね。助けてくれる相手が正義という感じです」
反クランゼルの洗脳教育が行き届いていない場所もあるってことらしい。クランゼル王国で捕まえた兵士や土魔術師も、国に疑問を持っているみたいだったし、国土全域が完全な洗脳状態ってわけでもないようだった。
「フランよ。ウルシよ。気を付けて行ってこい」
「ん。ジャンも頑張って」
「オン!」
ジャンはこれからクランゼル王国軍の殿で、撤退支援だ。俺たちよりもよほど危険な可能性もある。
「ふははは! 互いに気を付けなければならんということだな!」
「ん」
「オンオン!」
最後にジャンと握手をして、フランは踵を返す。さあ、ここからは半蟲人たちとレイドス旅だ。まあ、同行するのは3人だけなんだが。
目立たないように、少数に分かれて行動するのが基本らしい。俺たちと一緒にいくのはリーダーのクイントに加え、蝗のララー、海牛のホッケンの3人だ。
ララー、ホッケンともに、普段はほとんど人と同じに見えるタイプだな。
クイントは、ほぼ黒に少しだけ赤茶が混じった長い髪を結い上げた、できる女風。眼鏡を掛けたらさぞ似合うだろう。
雰囲気はエリアンテと似ているが、あちらが実はポンコツであるのに対し、こちらは本当に仕事ができそうだった。身につけている茶色の革鎧は、ところどころパーツが無かったり、スリットが入っていたりする。
特注というよりは、自分で改造した感じだ。これは他の2人も同じで、戦闘形態へと移行した時に、鎧が壊れないように工夫しているんだろう。
一番露出が多いクイントが、最も異形となるということだ。
ララーは、おっとりとした村娘風の雰囲気である。黒髪のショートボブで、体もやや華奢だ。一見すると戦闘者には見えないが、足さばきを見ればしっかりと戦えることが分かる。
彼女は足を生かして動き回りながら弓で敵を狙う、移動砲台型の弓兵らしい。蝗なわけだし、脚力も飛行能力もあるんだろうな。背中が大きく開いているので、翅が生えることは間違いなさそうだった。
ホッケンは、誰にでも怒鳴り散らかしそうな、非常に厳つい顔の壮年男性だ。常に怒っているかのような、眉間に皺の寄った表情をしている。
ただ、性格は穏やかで、怖い顔は生まれつきであるそうだ。
身長は170ちょいだろうが、筋肉のお陰で横幅が凄い。腕がフランの胴体ぐらいあるのだ。彼は純粋な盾役で、触角と甲殻でも上位の打たれ強さがあるらしい。
バランスの取れた3人に、フランとウルシだ。良いメンバーなんじゃなかろうか?
「それでは、いきましょう」
「ん!」
ナイトハルト救出へ、出発だ!




