1181 捕らわれのナイトハルト
「お願いがあります」
「団長を、助けて欲しい! この通りだ!」
クイントとボルドールがそう切り出すと、後ろにいた団員たちも一斉に頭を下げた。
「どういうこと?」
「団長は、レイドス王国に捕まってしまいました……」
「俺たちを逃がすために、1人で殿になったんです」
クイントたちが、この国に来てからのナイトハルトの行動を教えてくれた。
シビュラたちと共にレイドスへと入り込んだナイトハルトは、早々に彼女らとは離れたらしい。
別に喧嘩別れというわけではなく、元々その予定だったそうだ。
クランゼル王国内では、ナイトハルトが行動や情報収集を助け、レイドス王国ではその逆を行う。そういう契約だったそうだ。
また、国民に被害を与えない限り、ナイトハルトが自由に動くことは許されていた。ナイトハルトが奴隷となった仲間を助けるために、多少無茶をすることは、目を瞑る約束だったらしい。シビュラだけではなく、その上司である宰相からも許可する旨を伝えられていた。
そもそも、ナイトハルトと契約を結んだ時点で、捕らえられた半蟲人奴隷を差し出すよう、宰相から各領主に通達が下されている。
表向きは、半蟲人を戦力として有効利用するため。本来の目的は、ナイトハルトへの返還だ。
多くの所有者はその求めに応じており、もし応じていなければそれは反逆者という扱いになる。ナイトハルトが自力でそれを見つけ出し、制裁を加えてくれるのであれば手間が省けるという考えだった。
宰相は国外の情報を求めており、傭兵団を率いて世界を転戦するナイトハルトは、戦力としても情報源としても非常に有用なのだ。レイドスの敵国である、クランゼル、ベリオス、フィリアースの所属でないことも、ポイントが高いらしい。
そんな彼を引き込むためだったら、反抗的な貴族の首くらい幾らでも差し出すということなんだろう。
そんな中、ナイトハルトたちは宰相から重要な依頼を受ける。それは、南征公の秘密研究所の摘発だ。
その研究所には半蟲人が運び込まれたことも分かっており、ナイトハルトたちは依頼を快諾したという。
「宰相が、南征公の研究所を攻めろって言った?」
「宰相殿は、南西東の公爵たちをどうにかして掣肘したいらしい」
「命令違反を繰り返しているし、内心では反逆者にでもしたいのかもしれん。だが、内乱でも起きれば、国力が落ちる」
公爵ともなればそこらの貴族みたいに取り潰すなんてこともできないんだろうし、密かに力を削いで、言うことを聞かせたいんだろう。
クランゼル王国側から見れば悠長なことをと思うが、レイドス王国側から見て最悪なのは公爵たちを巻き込んだ大きな内乱が発生することだからな。
宰相が穏健派だとしても、他国に利するようなことは極力したくないのだろう。
「南征公のアジトに乗り込み、捕らえられていた奴隷たちを解放したところまでは順調だったんだが……」
「その研究所に――化け物がいたんだ」
研究所内には、不思議な敵がいたらしい。金属製のゴーレムのような、強敵だ。ナイトハルトがそいつらを何とか倒したんだが、そこにさらに異様な敵が現れる。
一見すると、金属の鎧を着こんだ大男に見えた。だが、そうではなかったらしい。着こんだり身につけたりしていたわけではなく、様々な魔道具が体に埋め込まれ、融合していた。
「その化け物こそ、南征公シギュラルドでした」
「南征公が、化け物みたいになってた?」
「はい」
南征公は全身の宝具から凄まじい力の攻撃を放ち、仲間数人が一撃で戦闘不能に陥ったという。
このままでは危険であると判断したナイトハルトが殿として残り、部下たちは脱出できたそうなのだが……。
「団長は、最後は大怪我を負って捕らえられた。そこは、遠見をできる仲間が確認したんだ」
「団長は、南征公と相打ちになって、連れ去られました。どうか、救出にお力添えを!」
南征公のアンデッドが生み出された原因は、ナイトハルトだったらしい。
クランゼル王国軍の情報は宰相から聞かされており、フランがいることもナイトハルトは知っていた。そして、クランゼル王国の中では話が通じる方なので、逃げる時には頼れと言われていたという。
勝手なことを言ってくれるぜ!
だが、フランは怒るよりも前に、ナイトハルトの言葉に違和感を覚えたらしい。
「ナイトハルトは、逃げろって言った? 助けてじゃない?」
「団長は、私たちには逃げろと言っていました。でも、それはできません」
「団長を見捨てて、逃げるなんて……!」
団員たちが一斉に頷く。ナイトハルトは余程慕われているんだろう。
(師匠)
俺の中でのナイトハルトのイメージは、仲間のためにクランゼルを裏切った反逆者という感じだ。仲間思いなのは間違いないが、それ以外には冷淡な印象である。しかし、フランは妙にナイトハルトを気に入っていた。今回も、フランは助けにいくと言い出すと思っていたのである。
それにペルソナたちのことも気になるし、できればレイドス国内に残りたいという思いがあるのだろう。
だが、そう簡単な話ではなかった。
『……ダメだ』
俺たちはクランゼル王国軍の一員だ。勝手に軍を離脱して、救出に向かうことなんかできない。
(この人たち、ようやく奴隷から解放されたのに、逃げないって言ってる……。それくらい、ナイトハルトを心配してる)
自分が奴隷であったからこそ、団員たちの覚悟の強さが分かるんだろう。多分、ここで俺たちが断っても、彼らは行動を起こす。
いくら強いとはいえ、フランやウルシにはかなわない。戦力的には厳しいだろう。
(死なせたくない……)
だが、それでも、無理である。ここで勝手な行動をしたら、敵前逃亡扱いだろう。そして、戦力を大きく減らしたクランゼル王国軍が、フランを手放すはずがなかった。
しかし、それまで黙って話を聞いていたジャンが、思いもよらない言葉を口にする。
「ふむ。話は聞かせてもらったが、問題ないのではないか?」




