1175 Side 冒険者と兵士
Side 元不良冒険者
『破壊セヨ! 破壊セヨッ! 破壊セヨォォォォ!』
黒い霧みたいなものを浴びてから、頭の中でナニかが喚いている。
誰だ?
よくわからない。
その叫び声のせいで頭が割れるように痛いのに、なぜか抗えない。むしろ、その甘美で強烈な声に、従わなければいけない気がする。
破壊?
いいだろう。破壊してやるよ。
むしろ、破壊したい。何を? 全てを! 目につくものすべてを破って、壊して、メチャクチャにしてやりたい。
「おおおおおおおぉぉぉぉ! こわせぇぇぇぇぇぇ!」
声に従うと、力が湧き上がってくる。なんて気持ちいいんだ。この快楽をもっともっと感じたい。
このまま全部壊せば、もっと気持ち良くなれるのか?
何か、壊し甲斐のある――。
いた。
子供だ。黒い髪に黒い猫耳の、とても美しい子供がいた。俺たちの巨大な仲間相手に、戦っている。
その子供の戦いは、まるで踊っているみたいだった。
壊し甲斐がありそうだ。あの、隊長みたいな子供を――。
いや、隊長みたいじゃない。隊長だ。さすが隊長。綺麗に戦う。壊し甲斐があるだろう。うん? なんで隊長を壊すんだ? そもそも、俺はどうしてこんなに何かを壊したがっている? 隊長を壊す必要なんて――というか、隊長に俺たち程度が勝てるわけがない。
あの人はすげーんだ。厳しいけど、優しいところもある。それに強い。あと、俺たちみたいなどうしようもない奴を見捨てずに、教育し直してくれたんだ。
俺はどこにでもいるチンピラだった。勉強も、真面目に働くのも嫌で、好き勝手してたら村に居づらくなって……そのまま逃げるように冒険者になった。
だが、冒険者は甘い職業じゃない。結局、素行不良のせいでランクもD以上には上がらず、各町で問題を起こしては逃げ、流浪する日々だ。戦争に参加したのも、国のためなんかじゃない。報酬がいいのと、相手の国で略奪し放題って聞いたからだった。
しかし、俺たちは何故か輸送部隊に配属され、そこで隊長に出会ったのだ。
あの行軍は地獄のように厳しかったなぁ。
最初はなんで俺たちがこんなって思ってたけど、今は感謝している。あのおかげで、俺たちは変われたんだ。
俺だけじゃない。あの時の輸送部隊員は、全員が隊長に感謝してるだろう。
『破壊セヨ!』
しねーよ! なんで恩人である隊長を壊さなきゃなんねーんだ! ていうか、お前誰だよ!
『破壊セヨ!』
「だから、やらねーっつってんだろ!」
お? 声が消えたな。なんだったんだ?
というか、周りのやつらどうした? なんか目が虚ろなんだが……。とりあえずこいつらの目ぇ覚まさせて、隊長の加勢に入らねーと!
「うぉぉぉぉ! カレェェェー!」
「カレー!」
「隊長! カレェ!」
ははは! 俺以外にも元輸送隊員がいやがるなぁ!
Side クランゼル王国の一般兵士
『破壊セヨ!』
謎の声に従い、俺は駆ける。
破壊する。全てを破壊するんだ! なにもかも――。
「おい! 正気に戻れや!」
なんだ? こいつは? 確か、冒険者部隊にいた変なやつだったか? たまにだが、語尾に、「カレー」とかいう変な言葉を付ける癖がある男だ。
何で殴られた?
あれ? ここはどこだったか? 急に頭がスッキリしたぞ? あ、痛い! 急に殴られた頬が痛くなってきた!
「な、なんで俺は殴られたんだ?」
「正気に戻ったか! とにかく! 周りの奴を取り押さえてぶん殴れ! 隊長に迷惑かけんな!」
隊長? ああ、あの黒猫族の少女のことか。あんな小さいのに、ランクB冒険者だって話だ。
疑っちゃいない。なんせ、目の前で見せつけられたからな。
あの子、すげーんだよ。あんな小っちゃいのに強くて、頑張ってて。戦場でも、あの子がいなかったら俺たちは死んでいたかもしれない。俺の娘と、同い年くらいなんだよな……。
あの子が頑張ってるんだったら、俺たちも頑張らないと。大人の俺たちが、守られてるだけなんて格好悪すぎる。
「おい! 何か知らんけど、とりあえず目ぇ覚ませ!」
「ぐぇ!」
「や、やり過ぎちまったか?」
「……ここ、どこだっけか?」
俺が殴りつけた同僚が、目をパチクリさせながら周囲を見る。
よかった、目が覚めたみたいだ。どうも、ここいらにいた兵士たちが、変な力で操られているらしい。
あの変な声のせいだろう。だが、強い衝撃があれば、目を覚ますこともできるようだった。
「おい! 俺たち、怪しげな術で操られてたみたいだぞ。あそこの黒猫族のお嬢さんに絶賛迷惑が掛かってる!」
「なんだと! そりゃいけねぇ!」
お嬢さんが目に入った瞬間、同僚が急にシャキッとする。こいつは、黒猫族のお嬢さんのファンだからな。
「俺みたいに、ぶん殴って起こしてやればいいんだな!」
「おう! 遠慮なくやってやれ!」
「勿論よ!」
兵士の中には、実はあのお嬢さんのファンがたくさんいる。可愛くて、強くて、それでいて健気だからな。昔、闇奴隷だったと聞いて、憤っている者も多い。
彼女が目の前にいれば、すぐに正気に戻るだろう。
「ほら! 目を覚ませ!」




