1173 シギュラルド
オンスロートと戦っていると、マレフィセントたちが援軍に駆けつけてくれた。
「黒雷姫殿! この化け物は?」
「オンスロート。なんか、変な奴」
「きしししし! 手厳しい! だが、本当のことだしなぁ! それにしても、化け物とは酷いですなぁ! 王子ぃ!」
「!」
珍しく、マレフィセントが動揺した様子を見せる。まあ、本当に僅かだが。
「……何者ですか」
「俺たちが近い境遇というだけだ! お前は因子の覚醒、俺は因子の注入だけどな!」
「あの研究所の実験体か」
「それだけじゃないぜぇ? 俺も生まれはソフィアードだ! まあ、あんたは王族で、俺はスラムの犯罪者っていう違いはあるがよぉ!」
なんと、マレフィセントとオンスロートは同じ国の出身か! 国が滅んで何年もたってから、こんな場所で再会するとは……。
「レイドスに与しているのは、何故です?」
「きしししし! レイドス王国に契約で縛られて、奴隷にされているんですぅ! とでも言えば、敵対しないのかよ?」
「それはありませんね。そもそも、邪人は奴隷契約で縛れない」
「そうなの?」
「ええ。体内の邪気が、契約を歪めてしまうのですよ。短期間であればいざ知らず、年単位では縛っていられないでしょう」
「なるほど」
もっと上位の邪人に支配されていたりする可能性はあるが、オンスロートが言うような奴隷契約で言うことを聞かせられているというパターンはあり得ないようだった。
「俺は、レイドスを利用しているだけだ! こここそが聖地だからな!」
オンスロートがそう叫び、全身の触手をうごめかせる。その表情には、狂おしいほどの歓喜が浮かんでいた。
「感じないか? 邪神様の息吹を! どの神も、俺たちを救ってはくれない! 俺に力と安息を与えてくれたのは、邪神様だけだ! その邪神様のお体が眠るレイドスの地こそ、まさに我らが聖地! そして、聖女よ! お前ならば、その身に邪神様を降ろすことも可能なはずだ! 喜べ! 邪神様を宿した貴様を、我が伴侶としてやる! そして、この地を邪悪なる聖地に変えるのだ! きしゃしゃしゃしゃしゃぁ!」
はぁぁ? フランを、伴侶にするだと?
『ぐぬぬぬぬ!』
(師匠?)
許さんぞぉ! そんな触手まみれのキモキモな外見の癖に、フランみたいな美少女を嫁に貰えると思うなよ! イケメンだったとしてもフランはやらんけどな!
相変わらず、俺を怒らせてくれる奴だぜ!
マレフィセントが、ペルソナを攫われて激高した気持ちがよく分かる。
『あのクソキモ触手野郎は許さん! 何度も何度もふざけたことを言いやがって! 絶対にぶったおす! 何が何でもな!』
(ん!)
だが、だからこそ、俺は勝手に飛び出すような真似はしない。それでは、フランが困る。
冷静になるのだ、俺! こういう時こそ、冷静さを失うな!
怒りでカタカタ震える俺の刃を、フランがそっと撫でる。その顔は、妙に優しい。というか、嬉し気だ。
(師匠。ありがと)
『うん? どうした?』
(私のために怒ってくれてる)
そう言って笑ったフランが、俺を構えて大きく頷いた。
「オンスロート、倒す!」
『おう!』
「きししししし! 聖女に王子! さすがに強そうだ! こちらも、出し惜しみはしねぇぞ! 出てこい、豚ぁぁ!」
豚? 邪人繋がりでオークでも呼び出すのか?
だが、オンスロートの体内からズルリと這い出してきたのは、オークではなかった。人のアンデッド――でもないか?
『なんだありゃ?』
「金属?」
「オン」
身長は2メートル無いくらいか? 鎧を着こんだ肥満体型の大男かと思ったが、よく見るとそうではない。右腕は金属製だし、肉っぽく見える左腕も金属のパーツが埋め込まれている。
そして、頭部には巨大な鉄仮面のようなものが貼り付いているようだ。
しかも、オンスロートとよく似た邪気を放っている。
アンデッドに、邪気とレイドスの宝具を同化させている?
「ブハハハァ! これがアンデッドの躰であるかぁ! 素晴らしいな!」
「豚! 奴らを食い散らかせ!」
「元主に向かって、不遜であるなぁ! 邪術士オンスロートよ! だが、今は貴様に従ってやろう!」
オンスロートの元主?
俺たちの疑問は、すぐに解決した。アンデッドが、堂々と名乗りを上げたのだ。
「頭が高い! クランゼルの劣等種どもよぉぉぉ! 我は南征公シギュラルドなるぞ! 首を垂れて、我が糧となれぇぇぇい!」
は? 南征公? え? 南征公なの?
アンデッドってことは、死んでる? しかも、オンスロートに支配されちゃってるっぽいんだけど!
西征公に続いて、南征公までいつの間にか死んどったぁぁ!
『いや待て、本物か?』
鑑定を使う。だが、身につける宝具と、シギュラルド自身が邪気を纏っているせいで、上手く働かない。
それでも名前は見えた。間違いなく、シギュラルドとなっている。これが偽装されていないかどうかなんだが……。というか俺、南征公の名前知らなかったわ。
ええい、考えていたって仕方がない。問題なのは、この南征公(仮)が非常に強いということだ。
「黒雷姫殿。オンスロートをお任せしても?」
「だいじょぶ?」
マレフィセントは神剣開放を連続で使用し、相当消耗しているはずだ。それすら見越して、襲ってきている可能性もある。今の状態で、ペルソナを守りながら戦えるか?
マレフィセントは南征公から視線を外さず、頷いた。
「歴代の南征公こそが、我がソフィアードの仇敵。奴らこそが、ソフィアードを直接攻め滅ぼした相手……。逃げることはできないのです。それに、アンデッド化した南征公の中で、怨念が渦巻いているのが分かります。我が祖国の民たちの怨念が……」
南征公がアンデッドとなるために使われた怨念が、奴の一族に攻め滅ぼされたソフィアードの民のものであったらしい。
そりゃあ、許せないよな。お前が言うなとも思うが、それを言い出したらキリがない。
「師匠、私たちはオンスロート」
『おう!』
「きしししし! 手足もいで、泣かせてやるぁぁぁ!」
「お前には無理!」