1171 オンスロート
「さて、ずっと話しているわけにもいきませんし、とりあえず軍と合流しましょう――おっと」
「マレフィセント、だいじょぶ?」
歩き出そうとしたマレフィセントが、体をふらつかせる。
顔は平静そうに見えるが、やはり神剣を使ったら凄まじく消耗するんだろう。
「今回は、少々長めにヘルを開放してしまいましたからねぇ。悪魔の力を宿しているので、体力には自信があるのですが、それでも少々疲れました」
フランの視線が、マレフィセントの頭に向く。そこには、今まで存在していなかった角が生えていたのだ。
ドナドロンドのような鬼人族とも違う、捻れたドリルのような短い角である。
「ヘルの代償です。段々と、肉体が悪魔に乗っ取られていくのですよ」
「! 悪魔になっちゃうの?」
「最終的には、ですね。ですが、私にはペルソナがいますから」
「……!」
ペルソナが胸の前で両手をグッと握り締め、任せておけとでもいうように頷く。
ペルソナの能力で、悪魔化を防げるってことか? それとも、永久の忠節の強制力の方が、悪魔の意思よりも強い? ともかく、今のマレフィセントは悪魔に支配されているようには見えない。
「ウルシに乗って」
「オン!」
「……それでは、お言葉に甘えましょうか」
「……」
その場に伏せたウルシの背に、ペルソナを抱いたまま飛び乗るマレフィセント。全く動けないほどではないようだ。
「しかし、遂に神剣のことがバレてしまいましたね。面倒なことです」
「……」
マレフィセントとペルソナが、同じタイミングで肩を落とす。やはり、意図的に隠してきたんだろうな。
だが、これでマレフィセントが神剣使いであるという事実が広まるだろう。多くの兵士に目撃されてしまったからな。
それに、その神剣がヘルだと知られれば、マレフィセントの素性に気付くものが出るかもしれない。
今はペルソナのお陰で穏やかになったとはいえ、元々犯罪組織の長だ。フランの様に、見逃す者だけではないだろう。
だが、口止めのしようがない。
ペルソナの能力なら何とかなるかもしれんが、それだけ大人数に影響を及ぼせば、確実に消耗する。それも、命を削るレベルの、取り返しがつかない消耗だろう。
この世界のスキルや魔術は、強ければ強いほど、反動や落とし穴があるのだ。
少しだけ力を使っただけで倒れ込んでいたペルソナが、耐えられるとは思えない。
「……逃げる?」
これは、フランなりの気遣いだ。逃げるなら追わないし、黙っているという。
しかし、マレフィセントは首を横に振る。
「ここで逃げたところで――おや?」
「なんかいる!」
会話の最中だったが、マレフィセントもフランも一気に臨戦態勢に移行した。あと少しで辿り着くクランゼル王国軍の簡易陣の中に、何者かの気配が出現したのだ。
しかも、凄まじい邪気を放っている。
「ウルシ! 急ぐ!」
「オン!」
ウルシが空を駆ける速度を上げるが、その前にさらなる異変が起こっていた。黒い塊のようなものが地面から滲み出したかと思うと、人型を取って周囲に襲い掛かり始めたのだ。
物理的な破壊力はほとんどない。爪を突き立てられた兵士は、血を出す様子もないのだ。だが、すぐに顔色を悪くして、その場に座り込んでしまった。
どうやら、生命力を吸われているようだ。それだけではなく、邪気を流し込まれてもいる。
兵士たちの状態が、邪気酔いになっていた。強い邪気に晒された場合にかかる状態異常だったはずだ。
「はぁ!」
「ガウ!」
陣地に到着した俺たちが魔術で攻撃すると、一撃で消滅する。能力自体は、さほど高いわけではなさそうだ。
だが、問題はその数だろう。
人型の邪気が、後から後から湧いて出ているのである。
どうやら、野営地全体で同じ現象が起きているようだった。
「冥道より彷徨い出でし哀れなる亡者たちよ! 我が槍となって敵を穿て! サモン・ソルジャースケルトン!」
冒険者に指示を出し終えたジャンの術によって、大量のスケルトンが湧き出していく。
「フランよ! よく戻った! だが、挨拶している暇はなさそうだな! 我はこの近辺を片づける!」
「わかった!」
何が起きているか分からないので、一緒に行動する方がいいんだろうが、手が足りていないからな。
俺たちは最初に出現した邪気に向かう。
すると、野営地の中央に、見覚えのある男が立っていた。ネームレスたちと一緒にいた、邪気の男だ。
ただ、昼間に見た時よりも、その身に纏う邪気が圧倒的に増していた。姿だけ同じの別人にさえ思えるほどだ。
そんな邪気マシマシの男が、フランを見てニヤリと笑う。
「きししし! きたなぁ! 黒雷姫!」
「お前は、誰?」
「この国じゃ、オンスロートなんぞと呼ばれている、しがない邪術士よ!」
やはりこいつがオンスロートか! だが、急に1人で現れたのは、なんでだ?
確かにこいつは強いが、フランやマレフィセント、ジャンがいる場所に単騎で突っ込んでこれるほどではないはずだ。
フランはその目的を聞き出そうと、敵意の籠った口調で尋ねた。
「これは、お前がやってる?」
「いい目で睨むなぁぁ! きししし! そのとおりだっ! だが、目的を済ませたら、すぐにでも引くけどなぁ!」
細マッチョの黒髪イケメンの男が、甲高い声で叫ぶ。地球にいれば王子様系のアイドルにでもなれそうな顔立ちで、世紀末の下っ端みたいな喋り方は違和感があるな。
鑑定では、全てが不明と出た。どうやら、既に邪人化しているようだ。
「目的?」
「その通りぃ!」
唾を飛ばしながら叫ぶオンスロートの目が、フランを見た。なんだ? フランに用があるとでもいうのか?
「きしししし! 黒雷姫! 俺は、お前が欲しい!」
『はぁぁぁ!?』




