115 訪問者たち
4月1日。
奉納の儀式を見た翌日。俺たちは数人の来訪者を迎え入れていた。
「よう、お嬢ちゃん。売り子の候補を連れて来たぜ」
コルベルトと、彼に連れられてきた3人の女性冒険者たちだ。彼女たちが売り子の候補らしい。
「こんにちは」
「どうもー」
「ちわ」
フランが子供だからと言って侮る様な態度ではない。自分たちの雇い主と認め、きちんと頭を下げているし。
「こいつらはランクDパーティ、緋の乙女だ」
名称:ジュディス 年齢:24歳
種族:人間
職業:戦士
状態:平常
ステータス レベル:21/99
HP:118 MP:103 腕力:61 体力:55 敏捷:60 知力:61 魔力:41 器用:40
スキル
火炎耐性:Lv1、危機察知:Lv1、剣技:Lv2、剣術:Lv4、剛力:Lv1、盾術:Lv3、商売:Lv2、料理:Lv3、気力操作
称号
なし
装備
黒鋼のショートソード、妖樹の小盾、鋼鉄蟻の甲鎧、鋼鉄蟻の脚甲、罠蜘蛛の外套、耐毒の腕輪(微)
名称:マイア 年齢:23歳
種族:半獣人・赤犬族
職業:斥候
状態:平常
ステータス レベル:23/99
HP:93 MP:95 腕力:41 体力:51 敏捷:69 知力:60 魔力:34 器用:60
スキル
火炎耐性:Lv1、弓術:Lv3、気配察知:Lv3、交渉:Lv2、短剣術:Lv2、柔軟:Lv2、算術:Lv3、料理:Lv3、罠解除:Lv2、罠感知:Lv2
称号
なし
装備
毒鼠の短剣、妖樹の弓、黒犬人の革鎧、黒犬人の外套、下位亜竜の靴、探知強化の腕輪
名称:リディア 年齢:19歳
種族:人間
職業:魔術師
状態:平常
ステータス レベル:20/99
HP:71 MP:144 腕力:37 体力:33 敏捷:48 知力:71 魔力:70 器用:36
スキル
火炎耐性:Lv3、杖術:Lv1、火魔術:Lv3、算術:Lv4、薬草知識:Lv3、調合:Lv3、魔法陣:Lv3、知神の加護、魔力操作
称号
なし
装備
妖樹の杖、魔蚕の服、黒犬人の外套、牙猪の靴、妖熊革の魔術帽子、耐麻痺の腕輪(微)
ランクDパーティか。冒険者にはソロランクと、パーティランクがある。ソロはフランなどが持っている、個人でのランクを示したもの。
対してパーティランクは、複数人で組んだパーティの戦力を示したものだ。パーティでランクDという事は、個々はランクEやFかもしれないな。
最近知ったのだが、このパーティのランク付けは冒険者ギルドが行っており、個人のランクや、パーティのバランスを見てランクが付けられるらしい。
以前アレッサのダンジョンでの合同依頼で出会った、イケメンのクルスはソロもパーティもCだったが、あれはパーティの人数が3人と少数だったためBとは認められなかったんだろう。ソロCが3名いても、ソロBランク1人には及ばないという判断だ。
ツンツン頭のクラッド君率いる竜の咆哮も、パーティランクがEで、クラッド君のソロランクもEだった。それに、パーティメンバーは5人いたはずだ。ただ、部下のランクがFだった上、全員が槍使いと言う偏りがあったため、パーティランクはE止まりだったのだと思われる。普通に考えたら、ソロEが所属していて、残りの4人のメンバーもFランクだったら、パーティランクはDでもおかしくはないし。まあ、素行が悪かったのも関係しているのかもしれないが。
ソロとパーティを比べた時、同ランクだったらソロの方が強いのかと言えば、そう言う訳でもない。個々では劣っても、それぞれの得意分野を生かすことで、ソロ以上の実力を発揮することも多々あるからだ。
彼女たちは前衛後衛のバランスが良く、それなりに実績があるんだろう。個々ではクラッド君をしのぐ能力値だし。
それに、全員が商売か算術を持っている。冒険者には珍しいな。
「リーダーのジュディスです」
青い長髪の女性が、フランに握手を求めてきた。
「父が行商人なので、幼い時は父に連れられて経験を積んでいました。商売、料理のスキルは一応持ってます」
なるほど。物心ついた時から行商人の父親の仕事を横で見てれば、商売のスキルが手に入るかもな。それに、旅をしていれば料理をする機会もあるだろうし。何より、美人で礼儀正しい。これは売り子としては十分なんじゃないか?
「マイアですー。パーティの雑用を一手に引き受けてますー」
赤いショートボブの女性が、頭を下げる。なんかゆっくりとした話し方なのだが、そのスキルは印象とは真逆の盗賊系だ。話を聞くと、食料の仕入れや、備品や装備の管理、ダンジョンでの料理等も全て担当しているらしい。スキルは器用貧乏っぽい感じだが、交渉に算術、料理と求めるスキルは完璧だ。顔も良いしね。合格である。
「リディア」
最後の少女は、ちょっとフランと似ているかもしれない。黒髪、白い肌、動かない表情。髪が腰までと長いが、それ以外の外見的特徴はフランにそっくりだ。まあ、フランの方が可愛いけどね!
魔法陣のスキルは、紙などに陣を書いて遅延発動させたり、罠の様に使えるというスキルだ。面白そうだな。俺も欲しい。
「……」
「……」
しばし見つめあうリディアとフラン。互いに表情が全く動かず、妙な間が流れる。
「……」
だが、フランがコクンと小首を傾げた瞬間だった。
「……負けた!」
いきなりリディアが両手両膝を地面に突き、ガックリと項垂れた。
「ちょ、リディア? 何してるの?」
仲間の突然の行動に、ジュディスも驚いているな。
「負けました。彼女は私のようなキャラづくりの偽無表情ではなく、本当の無表情キャラです」
「あ、そう……」
「しかも、魔剣少女の噂が本当ならば、私よりも年下なのに、剣の達人で、火炎魔術まで使いこなすとか」
へえ、そこまで知れ渡ってるのか。俺たちが思っている以上に、有名になっているのかもな。良いのか悪いのか……。
「私は完全に下位互換の女。私のアイデンティティーはもはや髪の長さだけ」
「し、身長も勝ってるじゃない?」
「魔剣少女が成長したら、あっと言う間に抜かれる差です」
「で、でも、ほら。あなたには知神様の加護があるじゃない! 彼女は知神の加護っていうスキルを持っているんですよ?」
これは魔術や知識系スキルの熟練度が上がりやすくなるという加護らしく、冒険者たちからしたらかなり有用なスキルらしい。
このリーダー苦労してるな。フランに説明しつつ、リディアを褒めて持ち上げている。
「魔法陣には算術が必須ですので、計算は出来ます。料理は出来ませんが、調合は出来ます」
「と、とにかく頑張りますから!」
「私もー」
まあ、頑張るという言葉に嘘はないし、コルベルトの推薦もある。雇ってもいいかな。
話し合った結果、報酬は期間中の食事と、1人5000ゴルドという事になった。安いかとも思ったが、危険の少ない仕事でこれなら、悪くない報酬額という事だった。俺達もランクDなんだが、上位の魔獣を狩りまくってるしな。金銭感覚がマヒしてる感は否めないのだ。
それに、彼女たちは3日間の食事の方が目的な様だった。コルベルトに俺の料理の腕を散々吹き込まれたらしい。コルベルトと仲が良いだけあって、全員が食道楽なんだと。まあ、それで張り切って働いてくれるなら、こっちとしても有り難い。
コルベルトがメチャクチャ羨ましそうに3人を見ていた。
「な、なあ。売り子はできないが、他に手伝うことはないか?」
そんなことを言い出す。いや、どうだろうな。今のところやって欲しいことは特にないが……。
「こっちが手伝いたいって言ってるんだし、報酬はいらないぜ? しょ、食事だけでいい」
まあ、ランクB冒険者を食事だけで雇えるなんて破格だし、色々と雑用をやってもらえばいいか。
「わかった、雑用係でいいなら雇う」
「ほ、本当か? やった!」
「私たちもよろしくお願いします!」
という事で、売り子も含めた手伝い4人をゲットしたのだった。
料理キングコンテストの準備は佳境に入っていた。
すでに生地は完成している。中に包むタネも完璧だ。あとは、包んで揚げるだけだ。まあ、この包んで揚げるのが一苦労なんだが。
長時間同じ作業を集中して続けるのは、フランには無理だ。なので、俺がやり続けるしかなかった。
フランは土間でウルシと修行中だ。激しく暴れたりは出来ないので、放出した魔力で立体的な絵を描くという、半分遊びみたいな修行であるが。というか、フランには修行と言う感覚はないかもしれないな。だとすると、完璧にお遊びだ。オヤツでも差し入れてあげようかな。
『ん?』
フランのためにクッキーとジュースを用意していたら、不意に気配を感じた。フランたちも感じたようで、修行を止めて周辺の気配を探っている。
『お客さんだな』
それも、招かざる。何せ複数の人間がこの家を囲む様に、気配を殺しながら近づいてきているし。それとは別に、普通に歩いてくる気配もある。
「捕まえる?」
『うーん。でも、こっちに何かしてきたわけじゃないしな』
目的も分からんし。1人だけ近づいてくる気配は、裏口に向かってくる。とりあえずこいつに接触してみるか?
そう思っていたら、普通に厨房の裏口がノックされた。さて、どんな奴だろうか。フランが警戒しつつ、声をかける。
「誰?」
「夜分遅くに申し訳ない。少々お願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい、話を聞いていただきたいのですが」
ふむ。とりあえずのぞき窓から相手の姿を確認してみた。
いかにも商人風の男が立っているな。見た感じ、悪人には見えない。だが鑑定してみると、外見とは全く違うと分かった。
職業が詐欺師。恫喝に虚言のスキルまである。完全に黒だろう。戦闘力は低いが、違う意味で嫌な相手だ。
「何?」
「できれば中に入れて頂きたいのですが」
「そこじゃだめなの?」
「少々込み入った話でして」
フランが適当に対応している間に、俺は窓から外を覗いた。闇に紛れて隠れているつもりなのだろうが、暗視に気配察知を持つ俺には丸見えだ。
まあ、ほとんど雑魚だな。職業は強盗。やはり強奪や窃盗のスキルを持っている。1人だけ、Lv25の暗殺者がいるが、注意するのはこいつくらいだろう。
ぶっちゃけ悪人なんだし、理由とかどうでもよくないか? ここで片づけとく方が世のため人の為だ。俺たちに敵対する確率が高いし。いや、ほとんど確定的だ。むしろ、すでに攻撃されていると言っても過言ではない。ここで攻撃するのは、正当防衛と言えなくもないんじゃなかろうか? 情報を得るのは詐欺師が居ればいいし。
『逃がす方が厄介だし』
という事で、外の奴らは始末することにした。
『フラン、そいつを逃げられない様に中に入れておけ。その間に、外のお掃除をするから』
「ん。分かった」
「おお、分かっていただけましたか!」
「入っていい」
「では、失礼いたします」
詐欺師が中に入ってくる。そして、即座にウルシが後ろに回り込み、入り口の前に寝そべった。小型化しているとはいえ、戦闘力のない詐欺師にはそれなりの脅威だろう。さすがに表情を変えることはしないが、ウルシをチラッと見たのを見逃さなかったぞ。
「はは、可愛いワンちゃんですね?」
「ん」
とか言いつつ、フランがさらに扉に鍵をかけた。詐欺師への圧力倍増だ。
俺は詐欺師に見つかる前に、さっさと外に向かう事にした。時空魔術のショートジャンプで暗殺者の真後ろに転移。サイレントで音を消しつつ、首を撥ねる。そして、即収納だ。奇襲されることなんか考えてないんだろう。危機察知を持っていたのに、反応さえできていない。思った以上に簡単だったな。
さて、ちょっと急ぐか。他は雑魚ばかりとは言え、気配察知は持っている。仲間の気配が消えたことに直ぐに気づくだろう。
俺は1人目をやった手順を繰り返し、襲撃者たちをガンガン消していく。簡単すぎるお仕事だ。
さすがに4人目を収納した時点で残りの2人も異常に気付いたようだった。僅かに気配に乱れがある。だが、逃げるかどうするか迷っている間に、俺の餌食となったのだった。
俺はすぐに部屋に戻る。まあ、詐欺師に見られない様に、店舗部分への転移だが。
「――を譲ってほしいのです」
どうやら、詐欺師が本題に入っているようだな。
「薬箱?」
「はい。あなたが海賊のアジトで、薬箱を手に入れたということは分かっています。それを譲ってほしいのですよ」
「何のこと?」
「しらばっくれても無駄ですよ。あなたのことは調べさせてもらったので。どうです? 1万ゴルド出しましょう」
おいおい、ケチくさいな。中に入ってた薬品全部合わせたら100万ゴルド以上の価値だぞ? それを1万? フランを舐めてるのか、そもそもまともに交渉する気がないのか……。
多分後者だろうな。部下を潜ませていたことからも明らかだし。いざとなったら力ずくでってことなんだろう。
「何のことか分からない」
「さっきも言いましたが、調べは付いています。誤魔化しても無駄ですよ」
「知らない」
「はぁ、強情ですねぇ。大人しく売っておいた方が、あなたの為だと思いますが」
お? ちょっと雰囲気が変わったな。商人っぽい感じから、ちょっと威圧感を出してきた。
「これ以上は話すこともない。帰れ」
「まあまあ、そう言わず。私としては、薬箱をいただかないことには帰れないのですよ」
これってもう脅しじゃないか? 普通の少女だったら、かなり怖いはずだ。
「知らないって言ってる。バカなの?」
「……調子に乗るなよ小娘。たかがランクD冒険者が、我らに逆らえば怪我では済まんぞ?」
ついに本性が出たな。
「それはこっちの台詞。詐欺師如きが調子にのるな」
「いいだろう。その言葉後悔させてやる!」
そう言い放ち、男は踵を返した。外の男たちを使うつもりなんだろう。まあ、たかが小娘と侮り、無警戒に家に入ってきたこいつの負けだが。
「グルル……」
「おい、何のつもりだ?」
「そもそも、この家から出れると思ってる?」
「なっ! 私が戻らなければ、部下たちが黙っておらんぞ」
「呼べるものなら呼んでみたらいい」
「良いだろう。おい、お前ら! 仕事をしろ!」
たとえ家の中からでも、この大声だったら問題なく外に聞こえているはずだ。男は、部下たちが雪崩れ込んでくる様子を想像しているのだろう。
だが、いくら待っても何も起こらない。当たり前だが。
「な、何故だ……」
「外の奴らは師匠が片づけた」
「仲間がいたのか! 馬鹿な、そんな話聞いていないぞ!」
そして俺達は雷鳴魔術で麻痺させ、詐欺師を拘束する。あとは情報を引き出さないと。普通だったら詐欺師相手に尋問とか難しいんだろうが、俺には虚言の理があるからな。嘘は無駄なのだ。
「何をする気だ」
「私の情報をどうやって手に入れた?」
「さて? どうでしょう――ががががっ!」
フランが転がっている男に弱い電撃を流す。悲鳴を上げながら、数秒間痙攣した。厨房で血を流したくないからな、素手か電撃が有効なのだ。
「はぁはぁ」
「もう一度聞く。どうやって私の情報を手に入れた?」
「私にこんなことをし――がががががっ!」
今度はちょっと長めの電撃だ。さらに、手をグリグリと踏みつけながら、質問を繰り返す。
1時間後、憔悴しきった男は涙を流しながら、知っていることを全て話していた。結局涙と唾液で床が汚れちゃったな。後で浄化しておかんと。
「じゃあ、錬金術師に仕えている?」
「はいぃぃ」
聞き出したことをまとめると、こいつらはゼライセという錬金術師に雇われているらしい。何か問題を起こして錬金術ギルドを追われたはぐれ錬金術師で、今はスポンサーを得て非合法な研究をしているんだとか。
あの薬箱は元々ゼライセがどこかから仕入れた薬が入っていたが、運送中に海賊に奪われたのだ。もう一度用意するのは不可能な薬ばかりで、行方を捜していたらしい。
ゼライセの居場所を聞いたが、詐欺師は今いる場所は知らされていなかった。結局下っ端ってことなんだろう。他の部下を通して、命令が下されるらしい。ただ、拠点にしている場所の1つを聞き出すことには成功した。
なんと、以前ウルシが見つけてきた、孤児院にちょっかいをかけていたチンピラが逃げ込んだ屋敷がそうらしい。
どういうことだ?
領主が関係しているかもしれない謎の屋敷。孤児院を脅してレシピを手に入れようとしているかと思えば、はぐれ錬金術師の拠点でもある? スポンサーとやらが、領主なのか?
うーん、情報が少なすぎるな。でも、貴族に関係している場所に踏み込むのはリスクが大きすぎるしな~。
「も、もう、知っていることは全部話しました!」
「ん」
「か、解放してくれぇ……」
まあ、見逃すわけもなく。俺は念動で男の首を思い切り捻じった。首が180度回転し、真後ろを向く。
『さて、色々と面倒なことになってきたな』




