1167 ペルソナとフランとマレフィセント
自分がローレライの国を滅ぼし、ペルソナを連れ出したとあっさりと認めるマレフィセント。口元は笑っているが、目は睨むように鋭い。
ペルソナがフランを気に入っているために、友好的ではある。しかし、その芯の部分では、ペルソナにしか興味がないのが分かった。
永久の忠節。
トリスメギストスが語っていた、嫉妬の原罪の使い手が、ファンナベルタから奪っていったというスキル。
間違いなく、マレフィセントがその奪った神剣使いだろう。そして、忠節の対象は、ペルソナだ。これも、ほぼ間違いないと思う。
以前聞いていた性格と全く違っているのも、それなら説明が付く。明らかに穏健派に思えるペルソナの意思と、嫉妬の原罪を失ったことによる感情の正常化。
それらが、彼の性格を極端に変えたのだ。
だが、元々の性格に、苛烈で残虐性の強い部分があったことは間違いない。それは消えたわけではなく、隠れているだけ。
だからこそ、俺はこの男に逆らうのは得策ではないと思うし、フランもそれは分かっているのだ。
しかし、確認せずにはいられないのだろう。圧倒的強者に蹂躙される弱小種族というのは、黒猫族に似ているからな。
「……なんで、滅ぼした?」
「気にいらなかったからですよ?」
性格が変わる前のマレフィセントなら、気分で国を亡ぼすくらいやりかねない。しかし、フランは納得していないようだ。
「ペルソナのためだったの?」
「違いますよ? 私が滅ぼしたいから滅ぼした。それだけです。勘違いしないでください。ただ、それがペルソナの願いと一致していた。それだけのこと」
マレフィセントが、ペルソナの身の上を教えてくれた。つまり、言霊を超強力にしたような能力を持ち、ローレライの国で酷い扱いを受けていたってわけか……。
そこをたまたまマレフィセントが滅ぼして、ペルソナを助け出した? クソ野郎だった時のマレフィセントが? 2人の会話を聞いたペルソナが、目を伏せた。やはり、ペルソナのためだったんじゃないか? でも、どうやってコンタクトを取る? うーむ、分からん。
フランも葛藤している。
ペルソナ、マレフィセント両者に対し、好意を持っているのは確かだ。特に、ペルソナのことは友人だと思っている。
だが、セリアドットには世話になったし、なによりマレフィセントは闇奴隷商人を束ねていた過去がある。
そこに対するわだかまりを、消すことはできないんだろう。ある意味、闇奴隷商人に対する憎悪は、フランのアイデンティティというか、一部になっているからな。
むしろ、毒の男だと理解したうえで、襲い掛からずに会話している時点で、相当譲歩しているのだ。
マレフィセントが直接、フランを闇奴隷にしたのではないというのもあるんだろうが。
「……マレフィセントが昔いた、闇奴隷の組織は、どうなった?」
「……抜ける時に、壊滅させましたが、生き残りが組織を再建させたようです」
ランクアップの試験官でもあるマレフィセントたちは、当然フランの過去を知っている。それ故、フランが抱く複雑な気持ちもある程度察しているんだろう。
「赦せとは、言いません。赦されるなどとは思っていない。私がレイドスを赦せないように、私を赦せない者がいることも理解します」
「……」
「ですが……私はまだ死ぬわけにはいかないのです。そのローレライに、私たちのことを教えてもいいですよ? どうせ返り討ちにするだけですから。あなたも、私の首を狙いますか?」
厄介なことになっちまったなぁ。セリアドットに黙っているのは不義理だが、教えても彼女の寿命が縮むだけな気がするし……。
フランはマレフィセントの物言いに、怒りを覚えたらしい。だが、斬りかかるほどの殺意ではない。
俺は、少しホッとしてしまった。いざとなれば、無理やり転移してでもマレフィセントたちと引き離さねばならないと考えていたのだ。例えフランが望まないとしても、ここでマレフィセントと敵対するのは駄目だ。
しかし、フランは自力で怒りを呑み込み、耐えた。俺は、それが素直に嬉しいのだ。
それに、今のマレフィセントが、ペルソナのためだけに存在しているからというのも大きいだろう。マレフィセントが死ねないと言ったのも、ペルソナを守るためだと分かってしまっているからだ。
自分の願望が欠片も入り込まない、正しさも善悪も関係ない滅私の忠誠心。そして、ペルソナはそんなマレフィセントに信頼を寄せている。
フランはギュッと拳を握り締め、俯いた。
「クゥン」
「ウルシ、ありがと」
ウルシがフランの手を舐めて、慰めるように喉を鳴らす。すると、ペルソナがマレフィセントの腕の中から飛び降りると、フランにトコトコと近づいてきた。
「……」
「ペルソナ……」
「……!」
涙を流しながらフランに抱き着くペルソナ。そんなペルソナをフランが抱きしめ返す。
「……」
「……ん。だいじょぶ。マレフィセントは、もう敵じゃない」
「……」
「ペルソナが悪いんじゃない」
互いに涙を流しながら、抱きしめ合う少女たち。
『フラン……』
(本当はペルソナも分かってる。ローレライの国を滅ぼしたのはやり過ぎだし、マレフィセントの過去の罪は償うべきだって。でも、ペルソナはマレフィセントに感謝してるし、大好きだから……)
ペルソナが本気で願えば、マレフィセントはその場で自害さえ躊躇わないのかもしれない。だが、ペルソナはマレフィセントに依存してしまっているのだろう。それは、見ていればわかる。
だから、色々な人に申し訳ないと懺悔しつつも、マレフィセントに罪を償わせることも、手放すこともできない。彼女にとっては英雄で、庇護者で、相棒だから。
ペルソナの生い立ちを思えば、仕方がないことだと思う。フランもそう思ったのだろう。だから、謝るように泣きじゃくるペルソナを慰め、自身の殺意を抑えたのだ。
フランはマレフィセントを見つめた。マレフィセントの目をジッと睨み、徐に口を開く。
「……これから先、闇奴隷商人を見つけたらそいつらを捕まえて。それで、今は見逃す」
「それはペルソナの意思でもあります。今後、我々は闇奴隷商人を今まで以上に狩り続けましょう」
最強の闇奴隷商人ハンターの誕生だろう。戦闘力的にも、やり口を理解しているという意味でも。
『よく我慢したな。偉いぞ』
(魔術学院で、失敗したから……。どれだけ憎くても、一度落ち着かなきゃダメ)
魔術学院で思わずゼロスリードに斬りかかってしまった経験を、しっかりと覚えて反省していたらしい。やはり、精神面でも少しずつ成長しているんだな。
(それに、ペルソナとマレフィセントは、私と師匠にちょっと似てる)
『うん? 俺たちに? そうか?』
(ちょっとだけ)
おっさんが少女を救い、相棒として行動を共にしているあたり、確かに似ているか。互いが互いを必要としているところとかも、近いと言えるかもしれない。
フランがシンパシーを感じるのは、確かに理解できる。
『そうか』
(ん。だから……だいじょぶ)
どこか悔し気な、しかし少しホッとしているようにも見える表情で、フランは頷いた。