1166 老いた子供たち
戦場だった場所から、数キロほど離れた山肌。
そこに張り付くように、大きな施設が存在していた。結界で隠されていたことを考えるに、何らかの重要施設なんだろう。
「ふぅぅぅ。見つけたぞ!」
マレフィセントが、ヘルの開放を終了する。一瞬ふらついたが、そのまま空を飛んで発見した施設に突っ込んでいった。
その行動に、迷いはない。まるで、最初からあの施設を探していたかのようだ。
どうする? 追うか? だが、マレフィセントの邪魔をするのは……。
(師匠! 追う!)
『え? 追うの?』
(ん!)
フランは俺の返事を待たずに、駆け出す。どうやら、ペルソナが心配であるらしい。ウルシも合流し、俺たちは謎の施設へと急いだ。
黒い光線によって壁の一部が破壊され、中に入ることができる。マレフィセントも、ここを通ったのだろう。
中に入るとすぐ、毒で殺されたのだと思しき、泡を吹いた兵士の死体が倒れていた。
気配を頼りに、砦を駆け抜けるフラン。すると、少し開けた場所でマレフィセントに追いついた。
そこでは、マレフィセントに相対するように、10人以上の老人たちが武器を構えている。人なんだが、腕や足、顔の一部が鱗や毛で包まれていた。
獣人ってわけでもなさそうだが……。
理性が飛んでいるって感じではない。ただ、狂信的というか、話を聞いてもらえそうな雰囲気ではなかった。
マレフィセントの前に倒れているのは、研究員か何かか? 白衣を着こんだ、若い男だ。
マレフィセントが、苛立った様子で呟く。
「……あの時、徹底的に破壊してやったのに、また稼働させたのですね」
やはり、この場所を元々知っていたようだ。
「楽にしてあげましょう」
「うおおぉぉぉぉ!」
「死ねぇ!」
咆哮をあげながらマレフィセントに跳びかかった数人の老人が、マレフィセントに触れることなく倒れ伏す。
すでに毒を散布していたんだろう。フランに影響がないように、障壁をさらに重ねておこう。
ただ、マレフィセントもペルソナも、とても悲しそうだ。
「……哀れな子供たちです」
「……」
子供たち? どう見ても老人だが?
マレフィセントの言葉の意味は、老人を鑑定すると分かった。どの老人も、年齢が18歳以下だったのだ。
「なんで……?」
「オン?」
「この男から吸い上げた記憶によると、彼らはレイドスの実験の失敗作だそうです」
人間に対して失敗作だなんて、胸糞悪い言葉だ。どう考えても、まともな研究は行われていなかっただろう。
「人に魔獣の因子を植え付け、その力を得るための実験。ですが、因子の暴走によって急激に老化が進んでしまったようですね。しかし、洗脳されているせいで、自分たちの境遇のおかしさに気付けていない」
「……」
実験体にされ、老化が早いがために失敗作扱いとなり、最後は洗脳されて敵へとけしかけられる。
何とも言えない感情が湧き上がる。憐れみ、悲しさ、怒り。そして、レイドスへの殺意。俺もフランも、マレフィセントによって次々と殺されていく老人たちを見て、せめて冥福を祈ることしかできない。
故に、レイドスへの敵意が嫌でも増していく。
だが、それ以上に苛立っている存在を前にしてしまっては、黙るしかなかった。
「……逃げるつもりですか? ふん。逃がすわけがないでしょう」
自分たちに向けられていないのは分かっているが、マレフィセントの放つ凄絶な殺気に震えがくる。ウルシは、怯えた様子でマレフィセントを見つめていた。フランも息を殺している。
「クゥン」
「……」
ペルソナがいなければ、とっくに逃げ出していただろう。
「サモン・ジェノサイドサーバント!」
戦場でも一度使用した、毒の蜂を呼び出す魔術である。今回は、数が多い。1体1体の戦闘力を下げる代わりに、とにかく数を増やしたのだろう。
「いけ! 全てを殺し尽くせ!」
この施設にいる者を、1人も逃すつもりはないようだった。研究者は当然だが、実験体も助けるつもりはないようだ。
「……」
「大丈夫ですよペルソナ。少し、昔のことを思い出しただけです」
「……」
「ふふふ。私がここで実験動物扱いされていたのは、本当に大昔のことですから」
マレフィセントは、ここの実験体だったのか! そりゃあ、色々と複雑だろう。怒りも悲しみも、俺たちより数段深いのは当然だ。
俺たちは、研究所の中を進む。マレフィセントはこちらを無視しているが、ペルソナはこちらを見て頷いてくれた。多分、大丈夫だという合図なんだろう。
時折、倒れている研究者の頭に手を当てて、マレフィセントが何かをやっている。どうやら、死体から記憶を吸い出すスキルを所持しているらしい。
考えてみれば、マレフィセントがどんな能力を持っているのかもまだ理解できていないんだよな。
「……ペルソナは、ローレライ?」
「……だとしたら、どうだというのですか?」
「……毒を使う男を、探しているローレライがいる」
「ほう? それは私のことでしょうね。あの国を滅ぼしてやりましたから。それで? あなたは何が言いたいのですか?」
「……わかんない。セリアドットには助けられた。でも、ペルソナは友達」
「……!」
「ペルソナ……。分かっています。黒雷姫殿とはできる限り敵対しませんよ」
ペルソナにぺちぺちと腕を叩かれ、苦笑いするマレフィセント。本当に、彼女の言うことはきくらしい。
だが、その眼は笑っていない。
もしペルソナにとって害悪であるとマレフィセントが判断すれば、その毒牙を突き立てることに躊躇しないだろう。




