1165 ロボの最期
あのネームレスが、あっさりと倒された。
ジャンと互角に戦う、死霊たちの王。俺たちだって、簡単に勝つことはできないだろう。それが、まるでそこらのスケルトンと同じように、神毒によって跡形もなく消滅させられたのだ。
改めて、神剣の脅威を見せつけられたな。
だが、俺たちの驚愕を余所に、戦闘はまだ続いている。レイドス側の人員が全ていなくなっても、ロボが動いているのだ。
やはり、誰かが搭乗しているってことか?
ロボから、巨大な獣の悲鳴のような甲高いエンジン音が響き渡る。
直後、その全身から真っ白い光が溢れ出すように放たれていた。ただの魔力ではない。あれは、神気だ。
レイドスの宝具関連の存在だと思っていたが、やはり神気を操る力があったか。カーマインフレイムと一緒だ。黒い霧に、白く光るロボが突っ込む。
ネームレスでさえ何もできずに呑み込まれた神毒が、ロボの光に吹き散らされる。圧縮している分、神気の方が優勢であるらしい。
さらに強大な排気音を上げ、ロボがマレフィセントに迫った。毒が効かないのであれば、ロボの方が有利か?
一瞬不安がよぎったが、全くの杞憂であった。
「神気使えるだけの紛い物が! 甘いんだよぉ!」
ロボの拳が、マレフィセントの張った障壁によって弾かれる。同時に、ヘルの門が開くと、再びロボ周辺の空間が歪み始めた。
いや、今までよりも歪みが大きく、かなり強烈だな。歪むというか、空間が捻れているように見える。
そして、ロボの胴体が耳障りな金属音を立てて凹み、捻れた。空間を操って転移を行うだけではなく、それを攻撃に転用できるのか!
溜めが必要なので速い相手には通用しないが、障壁で相手の動きを止めることで、時間を稼いでるのだ。
硬いはずの胴体が千切れ、内部が露わとなる。完全な空洞でもなく、アイアンゴーレムの様に金属が詰まっているわけでもない。
パイプとケーブルが走り、いくつもの細かい部品が組み合わさったその体は、まさに機械であった。まあ、作りが複雑な魔道具って感じなんだろうが。
完全にマレフィセントの勝利かと思われたが、ロボはまだ動いていた。上半身と下半身の断面からケーブルが伸び、互いに絡まって引き寄せ合う。
再生をしようとする姿は、どこか生物的であった。やはり、ただの機械ではない。
だが、マレフィセントが再生を許すはずもないのだ。
「これで止めだ! 沈めぇぇぇぇ! クソレイドスのクソッタレがぁぁ!」
マレフィセントの叫びと共に、ヘルから黒い閃光が放たれた。その光を浴びたロボは、その動きを止めてしまう。
その直後、ロボの銀のボディが黒く染まり、グズグズと溶け、崩れていった。天龍のアンデッドが倒された時と同じである。どうやら、神毒を広範囲にばら撒くのではなく、一体の敵に集中させるような攻撃であるようだ。
そりゃあ、誰であっても食らえばただでは済まないだろう。
崩れゆく、銀色の機体。その胸部には、やはり何者かが乗り込んでいた。体にフィットする卵型の椅子に身を沈め、手を魔石のようなものが埋め込まれた球形の装置に乗せている。
マジでコックピットじゃんか。じゃあ、あれがパイロットか?
ハイドマンでも、邪術士でもないな。
細身な、文官風の中年男性だ。その足や左腕が、黒に染まり始めているのが見えた。もう、助からないだろう。男性の呟きを、なんとか拾う。
「我が策を尽く潰したという黒猫族に、一矢報いるつもりだったが……! ここまでか」
黒猫族? フランのことか? 我が策って言ってるけど、何者だ?
「クランゼルの者ども! この戦場は、貴様らの勝ちだっ! うおおぉぉぉぉぉ!」
な、何をやっている? いきなり、自分の両目に左右の手を差し込んだぞ? 苦痛の悲鳴を上げながら、眼球を抉り出すパイロット。どうやら、どちらも義眼であったらしい。
「王よ! 我らが秘宝、お返しいたします!」
その直後、パイロットの手から眼球が消え、追うようにその肉体も黒に染まり崩れ落ちた。
ロアネスの最期に、少し似ている。あの時は俺たちが宝具を共食いしてしまったが、成功していればあんな風にどこかへ転移していたんだろう。
男がどこか満足げに笑うと、ロボのコックピットが大爆発を起こした。
キノコ雲が立ち昇りそうなほどの大爆発だったが、ヘルの前には無意味である。空間を圧縮する能力で抑えられ、ほとんど被害を出すこともなく爆風も火炎も高熱も、消え去ってしまう。
マレフィセントの完全勝利だ。
だが、マレフィセントはヘルを開放したまま、まだ臨戦態勢を解く様子がない。
(まだ敵いる?)
『俺にも分からんが……』
俺たちも周囲の気配を探るが、やはりもう敵の気配は感じられない。マレフィセントにだけ分かっている、隠れた敵がいるのか?
「……我らが父祖の切り拓いた土地を奪い、我が物顔で居座るクソ蛆虫どもが!」
手に持つヘルのサイズが、一気に巨大化した。それこそ城の城門かと思うほどだ。
一辺が10メートルを超える大きさとなったヘルの門がゆっくりと開くと、膨大な魔力がその内側から放たれた。
まるで、黒い光線だ。
ヘルから放たれた黒い魔力の奔流が狙っているのは――?
なんだ? 何もない山を攻撃した?
だが、そこには何もないわけではなかった。結界で隠されていただけで、大きな建造物が隠されていたのだ。
マレフィセントの攻撃は結界をぶち抜き、その施設を露わにしていた。
『あれは、なんだ?』