1164 神毒
前話が、普段とは違う時間の更新でした。
まだお読みでない方は、そちらもお読みください。
神剣使いとロボの戦いは、段々とマレフィセントが有利に進めるようになっていた。やはり、防御力に秀でる神剣を突破するには、同レベルの存在が必要なんだろう。
ロボの光線も火炎も雷撃も、全て封殺されていた。
対して、ヘルの放つ毒は、ロボの銀色の機体を少しずつ削っていく。いや、時には腕などを溶かし落とすんだが、すぐに再生してしまうのだ。
ただ、再生する速度よりも、ダメージが与えられる速度の方が勝ってきていた。ヘルの毒の恐ろしいところは、その場に残るところだろう。
足元に落ちる毒を操作することで、マレフィセントの攻撃範囲や空間制圧力がどんどんと増していくのだ。
それでも、俺やフランには、マレフィセントが本気を出していないように見えていた。
毒は確かに恐ろしいが、過去に見た神剣たちに比べて、その破壊力は数段劣っている。あれが、ヘルの本気の力ではないだろう。
神剣というのは、使っている間にも装備者から力を吸い上げ続ける。実際、マレフィセントから発せられる魔力が激減しているのが分かった。
凶悪な分、長時間の戦闘に向かないものなのだ。どう考えても、最初に本気の一撃をぶちこんでしまう方が楽なはずだった。
なぜそれをしないのか?
フランは分かっていないようだが、俺には分かる。ペルソナだ。
マレフィセントが未だにその腕の中に保護する、仮面の少女。彼女に欠片も被害が及ばないように、あえて本気を出さずに戦っているのだろう。
高出力の攻撃の場合、神剣であっても必ず隙が生まれるからな。その瞬間を狙われるリスクを考え、あえて防御に偏った戦い方をしているのである。
どれだけ怒っていても、最優先はペルソナ。それは変わらないらしい。
マレフィセントには、俺やフランにペルソナを預けるという選択肢だってあった。しかし、彼はそれを選ばなかった。
信用しきれなかったのだろうし、自分で守る方が確実だとも考えたのだろう。その気持ちは、よくわかる。
俺だって、マレフィセントと同じ状況だった場合、フランを他人に預けられるかと言われたら、できないだろうからな。
ペルソナを優しくその腕に抱きながら、凶悪な攻撃をレイドスに叩き込んでいく。
「腐れ落ちろっ!」
「防げ! アイスマン!」
「ヌオオォォォ!」
アイスマンと呼ばれたワイトキングが、氷の盾で毒を防ぐが、飛び散った毒でローブに穴が空いてワタワタしている。
相変わらず、邪気の男とハイドマンの姿はない。ネームレスと、ワイトキングだけだ。
というか、やつらはどうしてマレフィセントと戦い続けているんだろうな? どう見たって、勝ち目がないことは間違いない。
それでも逃げずに戦うには、何か理由があるはずだ。
レイドス王国軍の撤退を援護するためかとも思ったが、向こうも既に本隊は砦から脱出しているだろう。それでも戦い続けるのは、なぜだ?
追撃をさせないため? それはあり得るだろうが……。
ただ、戦闘を観察していて、何となく分かった。奴らは、ペルソナを執拗に狙っているのだ。聖母の器とか言ってたか? どうやら、ペルソナをかなり重要な存在だと認識しているらしかった。
しかし、相手が悪すぎるだろう。
もしかしたら、あえて消耗させる作戦なのかもしれないが、ついに限界が訪れる。再度召喚された悪魔たちによって、ワイトキングが倒されたのだ。
悪魔殺しの武器を持っていたようだが、数の暴力の前には意味がなかった。
それに、時間を稼いでいたのは、マレフィセントも同じであった。
「神の毒よっ! 全てを殺せっ!」
マレフィセントの周囲に、黒い霧が生み出される。それを見た瞬間、俺は転移を発動させてフランをさらに後退させた。
しかし、フランは俺の行動を疑問に思うことなく、頷いている。
(ありがと、師匠)
『あの黒い霧、ヤバいぞ……』
(ん)
『ウルシ、あれを毒無効で防げると思うか?』
(クゥン)
クランゼル王国軍の撤退を援護しているウルシも、あの黒い霧の脅威を感じ取っているようだ。怯えた様子である。
毒なのだと思うが、見ているだけで逃げ出したくなるほどの悍ましさが感じられる。無機物である俺がそうなんだから、フランやウルシが感じる命の危険はその比ではないだろう。
マレフィセントは、神の毒と叫んでいた。つまり、神気を含んだ毒なのだ。
「このようなもの……!」
ネームレスが、魔力を放って霧を掻き消そうとするが――。
「無駄なんだよ!」
「!」
霧に触れる瞬間、ネームレスの攻撃が掻き消されていた。さらに数度魔術が繰り出されるが、全て消滅する。
ただの凶悪な毒というだけではなく、神気によって相手の妨害を無効化してしまうってことなのだろう。
黒い霧は風に乗って、拡散していく。
「死にぞこないどもの邪魔をしてやれ!」
「ぐっ! 寄るな!」
マレフィセントの命令により、悪魔たちがネームレスに群がる。
そうして足止めをされている間に、黒い霧が悪魔ごとその骸骨の体を呑み込んでいた。悪魔も当然毒を浴びる。
毒が触れた場所からボロボロと崩れ、消滅していく悪魔たち。しかし、マレフィセントは気にした様子もなく、哄笑を上げている。
「ふははははは! そのまま消え去れ!」
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
ネームレスが全力を込めた魔力弾の弾幕を張る。相手が竜でも殺せるんじゃないかと思えるほどの、凶悪な攻撃だ。
だが、その暴風雨のような攻撃も、神毒によってあっさりと掻き消されてしまう。
「くそぉぉぉぉ!」
その叫び声が、ネームレスの最期の言葉であった。