1162 ヘルの力
神剣を開放したマレフィセントと、巨大な機械人形が暴れる戦場。
兵士たちが逃げ惑う中、マレフィセントの声が響き渡る。
「死にたくなければ、逃げなさいっ! 私の意識が憤怒に塗りつぶされる前にねっ!」
怒りに震えているが、やはり正気を失うほどのブチギレではないようだ。ただ、このままでは正気を失うかもしれないってことか?
いや、ただの精神的な話ではなさそうだ。
(マレフィセントの頭、角生えてる)
『悪魔の魔力が感じられるな……』
ヘルの使い手は、悪魔の力を身に宿すとか言ってたよな? ただ悪魔を操れるってだけじゃないのかもしれなかった。
『おい! 小娘! 剣!』
「!」
『は? マレフィセント……?』
『とっとと逃げろ! 貴様らが死んだら、ペルソナが悲しむからな!』
え? 俺のことバレてる? いや、ずっと疑問ではあったのだ。
ロアネスとの戦闘時、俺は咄嗟に念話で呼びかけてしまった。当然、マレフィセントたちには聞こえていたはずなのだ。
しかし、その後何も言ってはこなかった。慌ただし過ぎて忘れたのか、空耳だとでも思ってくれたのか。そう思うしかなかった。
いや、さすがにそれは都合よすぎだと思うよ? でもさ、こちらから「さっきの声、聞こえてました?」とか「この剣、インテリジェンスウェポンだって気が付いてます?」とは聞けないじゃん?
結局、マレフィセントたちに確認することもできず、流してしまっていたんだが……。
やっぱり忘れているわけがないよな。しかも、俺のこともしっかり分かっている。何で黙っていたのかは分からないが、今はそこじゃないだろう。
(ペルソナ、だいじょぶ?)
『ああ、大丈夫だ』
この返答の時だけは、怒りを感じさせない柔らかい声に聞こえた。だが、すぐにその様子は一変する。
『あぁぁ……! もう抑えらんねぇ! いいから、いけよっ! ブチ殺すぞ!』
これはいよいよヤバそうだ。
(最後! サイサンスは!)
『あの爺さんなら、銀色を呼び出すための道具に食われた!』
まじか! ロボを呼び出すための生贄になったってことか? 確かに。姿が見えないと思っていたんだが……。転移によって攫われたんだと思っていた。
『いいからもう行け!』
『フラン、いくぞ!』
「……ん」
巻き込まれたら最悪だ。俺たちは流れ弾に警戒しながら、エレント砦へと退く。だが、それで安心はできないだろう。
「ジャン! この砦も危険!」
「うむ、分かっている。冒険者たちには、さらに下がるように伝えてくれ。我は、貴族たちに通達する」
「だいじょぶ?」
この問いかけは、貴族が言うことを聞くかという意味だ。一部の貴族の馬鹿さ加減は、フランさえ不安にさせるほどだったのだろう。
「ふははは! 任せておけ。いざとなれば騎士と兵士だけでも逃がすさ!」
「分かった」
ジャンが実力行使に出れば、貴族が喚いたところで意味ないしな。
それから5分も経たず、クランゼル王国軍はエレント砦から脱出を開始した。さすがの貴族たちも、今回ばかりは文句を言わなかったらしい。
どれだけボンクラでも、マレフィセントとロボの戦いを見れば砦など意味がないことは分かるんだろう。
砦の壁を破壊して脱出路を作るとともに、動けない者は範囲回復で応急処置をして、無理矢理にでも歩かせた。可哀想だが、死ぬよりはマシだろう。
そして、遂にエレント砦に大きな被害が出始める。ロボの放った光線が壁を破壊し、マレフィセントの毒が周囲の山々と共に砦の一部を溶かしたのだ。
「ぎゃぁぁぁ!」
「た、たしゅけ――」
退避が間に合わずに巻き込まれた兵士たちの、悲痛な悲鳴が響く。
その後も流れ弾による犠牲を出しながらも、クランゼル王国軍は何とかエレント砦から脱出することに成功していた。
殿を任された俺たちは、少し離れた場所から戦いを見守る。
ヘルは毒の神剣だと思っていたが、驚くほどにその能力が多彩だ。
まずは毒。腐食や酸の効果を持つ毒もあるらしく、周辺の崖がドロドロに溶けて、煙を上げているのが見えた。もう、あれだけでも普通の人間は近づけない。
防御面で強いのが、反射能力である。盾としての能力なんだろう。物理も魔術も、どちらも防いでいた。
もう一つ目立つのが、空間操作能力だ。しかも、相手を引き寄せたり、逆に遠ざけたりと、ただの転移ではない。天龍を引き寄せたものと同系統の力だろう。
その名前と形状にあるように、門としての特性なのかね?
さらに、驚きなのが召喚能力だろう。マレフィセントの持つ獄門剣・ヘルが縦横五メートルほどに巨大化したかと思うと、その中央の扉が再び開き、中から30体近くの影が飛び出してきたのだ。
(悪魔!)
『ああ。でも、あまり強くはないな』
そりゃあ、悪魔なんだから脅威度C級ではあるんだが、悪魔としては下級の能力だろう。同じ悪魔召喚能力を持ったディアボロスに比べると、少々期待外れだった。
まあ、あっちは悪魔召喚に特化していて、ヘルは多種多様な能力の内の1つでしかない。その差なんだろう。
だが、レイドス側も負けていなかった。
ロボが強い。普通にヘルの攻撃に耐えて、攻撃を返している。有効打を放つことはできていないが、正面から神剣とやり合えるだけでも恐ろしいのだ。
空こそ飛ばないものの、足裏のローラーで地面を滑るように駆け、光線をばら撒く。右腕から飛び出すチェーンソーブレードに、左腕の魔導砲。その姿はまさにロボだ。
ネームレスたちはロボと連携しているが、悪魔に邪魔されてうまく動けていないな。
「砦!」
『マレフィセントがいよいよ周りを気にしなくなってきたな!』
毒の津波が、砦に叩き付けられ、グズグズに溶かしていく。マレフィセントが本気になってきたのだろう。
『いつでも逃げられるように、準備しておくぞ』
「ん」
本日は転剣原作15巻発売日です!
コミカライズ13巻、スピンオフ6巻もよろしくお願いいたします!




