1159 獄門剣・ヘル
「侵し穢せ! 顕現せよ、ヘル! 神剣開放!」
戦場を、強烈な魔力の波が奔り、魔力が荒々しく唸り声を上げる。
迸る魔力の柱が、こちらの陣中から立ち上っていた。敵か味方か分からぬほどに、猛った魔力。
戦場にいる全ての者が、動きを止めてしまうほどの凶悪な力だった。
マレフィセントが手にする石の剣が、姿を大きく変えていく。
数瞬の後に現れたのは、巨大な石製の盾であった。いや、盾なのか?
サイズはラージシールドほどだが、形状は正方形で、まるで両開きの門か扉の様に切れ目が入っている。よく見たら、取っ手みたいなものもないか?
獄門剣の名前の通り、それは小さな門であった。
兵器とは思えない姿も驚きだが、それ以上に驚きなのがマレフィセントが所持していたという点だ。
『マレフィセントが、神剣使い、だと?』
しかも、ヘル?
闇奴隷商人の元締めで、セリアドットの仇だっていう毒使いが所持しているっていう神剣だぞ?
いつの間にか、所有者が変わっていた? それとも――。
「サモン・ジェノサイドサーバントッ!」
戦場が驚愕と混乱に包まれている中、マレフィセントが動いた。
彼が魔術を使用すると、手に持った巨大な四角い盾が真ん中から観音開きとなり、中から無数の何かが飛び出す。
やはり、門だったらしい。
出現したのは、緑色の蜂だった。生命力は感じられない。毒液で作られた、小型のゴーレムみたいな存在なのだ。それを、1000近く同時召喚したらしい。
「いけっ!」
マレフィセントの短い命令に応え、緑の蜂が天へと飛び出していった。その速度は、まるで弾丸のようだ。
あっという間に、天龍に追いつく蜂たち。雲霞の如く群がる蜂によって、天龍の動きが阻害されていた。
アンデッドなので毒は効かないだろうが、天龍の体を攻撃して、ダメージを与えているらしい。あの小さな蜂で何ができるのかと思ったが、想像以上に凶悪だったのだろう。
天龍の動きが鈍る。
その間に、マレフィセントはさらに魔力を練り上げていた。そして、ヘルを突き出すように構え、叫ぶ。
「生贄を逃すな! 繋げ、門よ!」
再び、ヘルが開く。だが、先程のように何かが飛び出してきたわけではなかった。逆に、吸い込んでいる。
周囲の景色が大きく歪んで見えるほど、空間自体が歪み、門の中に吸い込まれていくように見えた。すると、天龍が転移するように、戦場へと戻ってきたではないか。
多分、狙った対象を自分の目の前に引き寄せるような能力があるんだろう。
何が起きたのか分からず、ネームレスたちは身構えたまま動けない。その間に、全ては手遅れとなっていた。
「蝕め!」
「グオオオォォォ!」
殺気の籠ったマレフィセントの叫びの直後、天龍の全身が黒く染まる。
「消えろ! 下等なヘビモドキが!」
「グオォ……」
天龍の肉体が腐るかのようにグズグズと溶け、最後には崩れて消え去った。灰とも違う、黒い残骸だけがその場に残っている。
俺たちでも、何が起きたのか分からない。それはつまり、自分たちがあの力の対象になった時に、防ぐ術がないということだ。
ヘルの能力は、毒と悪魔召喚だって聞いていたが……。神剣なんて、俺たちには想像もできないような途轍もない力が秘められているんだろう。
「アンデッドども……死ねないことを、心底後悔させてやる!」
「散開せよ!」
ネームレスが焦ったように声を上げるが、彼らが散るよりも早く、漆黒のドームがマレフィセントやネームレスたちを包み込んだ。
ペルソナやハイドマンの姿も、ドームに呑み込まれて見えなくなってしまう。中の状況を探ろうにも、凄まじい魔力に全ての情報が遮断されてしまっているのだ。
戦場全体に、沈黙が流れた。敵も味方も、突如現れた暴虐を前にして、ただただ身構えていることしかできなかったのだ。
しかし、すぐに強者たちが動き出す。
「退がるわ!」
「うむ。者ども! 退避だ!」
ローザとロブが、赤騎士たちに撤退の指示を出していた。マレフィセントの神剣を見て、勝てないことを理解したんだろう。
できるだけ被害を減らして、退却することに目的を切り替えたのだ。
こちらも、一度砦へと下がる方がいい。俺はそう思ったんだが、フランが何かを決意した表情を浮かべた。
(師匠。本気で行く)
『どうするつもりだ?』
(ここで、赤騎士団長のどっちかを倒す!)
『待て! 相手はまだ奥の手を残してる! 危険だ!』
(奥の手を出す前に、宝具を壊す。師匠なら、できるでしょ?)
『そりゃあ、まあ……』
カーマインフレイムを共食いしたみたいに、ここにいる団長たちの宝具も食っちまおうってことか。
実は、俺もそれは考えた。しかし、不安点がいくつもあるのだ。
1つが、絶対に共食いできるかどうかわからないこと。同じように宝具と呼ばれていても、その出所や性質が同じとは限らない。
カーマインフレイムは運よく共食いできたが、カーディナルフラッグやブラッドメイデンを食えるかどうかは分からなかった。
2つ目に、奴らの奥の手が不明であること。首尾よく片方を共食い、もしくは破壊できたとしても、残った方の奥の手に襲われるかもしれない。
3つ目は、フランのことがレイドス王国にバレてしまうということ。
すでに艦隊潰しなんて異名が付き始めているフランだが、宝具を消し去れるとなれば完璧に目を付けられるだろう。
その危険度が上方修正され、レイドス王国全体から狙われることとなる。凶悪な陰謀国家に、敵認定されるのはかなり恐ろしいことだ。
もう遅いのかもしれないが、それでも慎重になってしまうのである。
だが、フランは決意の顔だった。
(ここであいつらを片方でも倒せれば、みんなの被害が減る!)
『……そう、だな』
相手は神剣の力を目撃して、確実に焦っている。確かに、ここはチャンスだ。それをみすみす見逃して、仲間を危険にさらすフランではなかった。
『……よし! どっちを狙う?』
(旗の方!)
『了解だ!』




