114 ?????とジェスチャー
奉納の儀式を見終わった俺たちは、露店を冷かしながら貸家に戻ってきた。
『さて、リフレッシュもできたし、ここからはスピードアップで行くぜ。フランたちはもう休んでいいぞ?』
「だいじょうぶ。手伝う」
「オン」
『そうか? じゃあ、もう少しだけ手伝ってもらおうかな』
「ん! 任せて」
「オン!」
『じゃあ、フランは野菜の下ごしらえの続きな』
「わかった」
『ウルシは……またコレだ』
「オ、オゥン……」
もう1樽あった牛乳をウルシに渡す。またまたヘドバンのお時間である。さっきは1樽から3kgくらいのバターが作れたからな。もう1樽をバターにすれば、計6kgだ。今回のカレーパンに使う分は十分に確保できるだろう。
バターはかなりの高級品らしく、市販の物を買ったらかなり高いからな。これなら牛乳の代金だけだ。味も無塩な上にフレッシュで、かなり美味しい。一石二鳥なのだ。
『ほれ、頑張れ』
「オウン!」
ウルシは観念したように樽を咥えると、天井が高い元店舗部分に移動する。そして、再び首を上下に振り始めた。
『じゃあ、俺は生地の準備をするかね』
2時間後。
すでにフランとウルシは宿に戻って就寝している。睡眠が必要のない俺は、このまま徹夜で準備を進めるのだ。
『もう日付が変わるな』
きっと、俺がこの世界にやってきた日の様に、巨大な銀の満月と、6つの小月が天に輝いているんだろうな。下手に外に出て人に見られたら騒ぎになるので、直接目にすることは出来ないが。
いや、分体を使えば平気なんだが、そんなことにスキル使うのもね。
でも、もう3ヶ月も経つのか。地球に居た時じゃ考えられないくらい、時間が経つのが早かった。そう考えたら、充実していたってことなんだろうな。
そんな事を考えていたら、急に視界が暗転した。
『おわっ?』
な、なんだ? え? 視覚系の機能がバグった? 故障か? そもそも、俺の視覚ってどういう原理なのか分からないしな。ある日突然故障するとか、絶対に無いとも言い切れないか?
グルグルと色々なことを考えていたら、闇に光が差し込んでくる。そして、周囲を白い空間に囲まれていた。
どうやら視覚に異常があったわけじゃないようだ。良かった。いや、良くないな。一体ここは何処だ? 地面も空も、果てしなく白い。あれだ、精神と〇の部屋とかそんな感じだ。もしくは、異世界転生モノの1話で主人公が神様とかに出会う感じの空間か。え? いや、今のフラグじゃないよな? ここで再び異世界召喚されるとか、どんなクソラノベだ。中途半端にも程がある。俺たちの冒険はこれからだエンドよりも中途半端だ。やり残したことありすぎるし。フランが一人前になるまでは、絶対に見守るからな! もしもーし、もし本当に転生展開だったら、断固拒否しますよー! 神様か召喚士か分からんけど!
そうやってプチパニックになりつつキョロキョロと周囲を見回していたら、10メートル程離れた場所に急に人影が浮かび上がった。
おっさんだな。いや、おじさまっていう方がしっくりくるかな。輝くような銀髪をオールバックにし、着流し風のローブを纏った、壮年の男だ。痩せているが、その体は筋肉に包まれ、引き締まっているのが分かる。
ただ、こんなに存在感のある姿をしているのに、気配が全く感じられないな。まるで幻影を見ているかのようだ。まあ、神様っぽくはなさそうだ。
もっと近づいて観察しようとしたんだが……。
『動けん』
俺の体はピクリとも動かなかった。向こうが近づいてくることもない。
『誰だ?』
男は俺の疑問に答えることもなく、何やらジェスチャーをし始めた。
『何でジェスチャー?』
「――――」
『え? 何? 聞こえないんだけど』
「――――」
『あ、もしかして喋れない?』
どうやら正解だったらしい。「そう!」とでも言う様に、俺をビシッと指差した。だがそれでも俺に伝えたいことがあるみたいで、再びジェスチャーを始める。
どうやら転生展開ではないらしい。ちょっと安心しつつ、俺は男の動きをじっくりと観察してみる。
男は両手を使い、空中に何やら逆三角形の形を描いた。何だ? 男は逆三角形を描きつつ、それを前後させたりしているな。
『逆さのピラミッド?』
「――」
違うか。男が首を振っているし。いやー、全然わからんな。
そんな俺の気配が伝わったのだろうか、男は新たなジェスチャーを始めた。
急に虚ろな表情をすると、口を半開きにして、両手を前に突き出す。そのまま、ゆっくりと前に歩く動作をした。
これは分かるぞ。
『ゾンビか?』
男がグッとサムズアップする。正解だったようだ。
男はゾンビと、宙を動く逆三角形を繰り返した。ゾンビね~。俺にとってゾンビと言うと、浮遊島のダンジョンが思い出されるんだがな。いや、待てよ?
『なあ、その逆三角形、もしかして浮遊島のつもりか?』
「――」
どうやら合っていたようだ。再び親指を突き上げている。
『次は何だ?』
男が両手を腰だめに構え、軽く腰を落とすと、全身に力を込めるかのようにプルプルと震え始めた。そして、男の体から魔力のような光がうっすらと立ち上る。
『カイオウ〇ン?』
「――」
まあ、違うよね。
『クリ〇ンのことかー!』
「――」
はい違うと。でも、どう見てもカイ〇ウケンか、狩人×狩人のオーラにしか見えないんだよな。
男が再度同じジェスチャーを繰り返す。
『うーん。なんかこう、凄い力を発揮する的な?』
お、どうやら悪くない答えらしい。ただ、正解じゃないみたいだな。音の聞こえない指パッチンをして「おしい!」的な素振りをしている。
『秘めた力を解放するとか?』
その答えに、男が俺をビシッと指差す。これが正解か? 浮遊島で、秘めた力を解放する?
『あ、潜在能力解放!』
はい、ベストアンサー出ました。男が嬉しそうに親指を立てる。その次は口の前に持ってきた右手をグッパーさせて、喋る様なジェスチャーだな。
潜在能力解放で、喋る?
『リッチ?』
男は両手でバッテンを作る。間違ったみたいだ。
『うーん……潜在能力解放中に喋った相手? リッチ以外だと……アナウンスさん?』
またまたバッテンだ。
『あ、そう言えば謎の男の声がしたな。アナウンスさんのことを色々と教えてくれた人だ!』
これが正解だったか。男がコクコクと頷いている。だが、すぐに拝む様なポーズで頭を下げ始めたな。なんか謝っているみたいだ。
喋るジェスチャーからのバッテン。そして平謝り。それを繰り返す。
多分、あの時の会話に関して、何かを謝っているんだと思うが……。あの時何を喋ったかね? 俺は会話を思い返してみた。
『なあ、あんた誰なんだ?』
『うーん、俺の正体を明かすのは本当はもうちょっと後にするつもりだったんだが……。実際、あと1ヶ月もしないで、会える予定だったんだぜ? まあ、念話でだけど』
『えー、もったいぶらずに教えてくれよー。今教えてくれればいいじゃん』
『なんか、お前軽いな……』
『いや、なんか他人って感じがしなくてさ~』
『まあ、いい。教えてやろう、俺の名前は――』
そこで会話が途切れたはずだ。謝られるとしたら……。
『もうすぐ会える?』
コクリ
『つまり、もうすぐ会えるって言ってたけど、それがダメになったってことか?』
コクコク
『正体を明かしてくれる約束だったけど、喋れないし、難しい?』
コクコクコク
そういうことね。でも、どうして今日は会話ができないんだ?
男は潜在能力解放ポーズから、自分を指差し、今度は両膝をついて舌を出して喘ぐような顔をする。
『潜在能力解放の影響なのか?』
どうやら、アナウンスさんと同じで、俺が発動させた潜在能力解放がこの男にも影響を与えたようだ。
『あんたは俺の中にいるのか?』
コクリ
『あんたは、転生初日に声をかけて来た人なのか?』
コクリ
やっぱりそうなのか。
なら、聞かないといけないことがあるな。
『あんたは誰なんだ?』
俺は、最も気になっていた疑問を口にした。
だが、男は難しい顔で首を横に振っている。まあ聞いてはみたものの、喋れないんじゃ無理か。
『また会えるのか?』
すると、男が何や大きな円を頭上に描く。その周りに、小さい円を6つ。これはすぐに分かるぞ。
『銀の月と、小月だろ?』
でも、なんで今のタイミングで月?
いや、潜在能力解放の影響を抜かせば、俺がこの男と会話したのは、初めてこの世界に転生した日。つまり、前回の月宴祭の時だったはずだ。そして、今日も月宴祭。
『月宴祭が関係してるのか?』
合っている様だ。そうか。という事は……。
『次の月宴祭には、また会えるのかね?』
男はニヤリと笑う。そして、グッと親指を突き上げた。そのまま、男の姿がなんか薄くなっていくな。あれ? もう終わり?
『ちょ、まだ聞きたいことが色々あるんだけど!』
だが、俺の叫びに男が再び謝罪ポーズをすると、あっと言う間にその姿はかき消えてしまうのだった。時間切れってことか……。
そして、視界が再び暗転する。
『はっ、ここは……厨房か?』
どうやら戻ってきたみたいだな。時間はまったく進んでないな。なんか、狐にでも化かされた気分だ。
『次の月宴祭は3か月後か。おっさん、次は色々と教えてもらうからな』
俺の中にいるって言ってたし。聞こえてるかね?




