1156 エレント砦での戦闘
ドーレに聖浄魔術を使うことで、赤騎士たちも迂闊に攻められなくなっている。死ぬことは恐ろしくないのだろうが、今のままでは無駄死にになるからな。
しかも、赤騎士たちを浄化すると、その動きが鈍った。赤い霧が消えたことで、なぜか身体能力が下がったようだ。
ドーレの無双がさらに加速する。
茜雨の矢がより激しくフランを狙い始めたが、俺たちの防御を破ることはできない。簡単に躱しているように見えるだろうが、俺たちは一切気を抜いていなかった。
『普通の攻撃が通じないと悟れば、奥の手を使ってくるかもしれん』
(ん)
カーマイン・フレイムの神炎励起級の攻撃だったら、1発で戦況を変えてくる可能性もあるのだ。
だが、異変は正面にあるレイドスのマルス砦ではなく、背後のクランゼル側で起きていた。
エレント砦の内部に、多数の死霊が出現する気配があったのだ。
例の大量召喚の術式か、それとも元々何らかの仕掛けがしてあったのか、数百以上の死霊が突如現れていた。
死霊のことはジャンに任せていれば大丈夫だとは思うが……。
先ほどのゴーストたちといい、今回の死霊といい、レイドスの死霊召喚はかなり強力であるようだ。黒骸兵団がきているのか?
ウィッカーマンがこの近辺にいるのは分かるが、ネームレスはどうなのだろうか?
そんなことを考えていると、エレント砦の内部で大きな爆発が起きた。
ドン! と大きな音がエレント砦最上階で発生すると、窓から煙が溢れ出す。
その後は、激しい戦いの音が鳴り響き続けていた。ジャンが、全体の指揮を執っている部屋のあたりだ。
遂には内部から壁が砕かれ、その戦いの激しさがよく分かる。
大丈夫なのか? 嵐槍のサイサンスが護衛についているはずだが、あれほどの戦いを繰り広げなくてはならない相手に、侵入されたってことだろう。
すると、さらにエレント砦の壁が弾け飛び、内部で戦う者の姿が露わになる。
(あれ……!)
『ネームレスだ!』
黒骸兵団の頭領、デミリッチのネームレスであった。以前浮遊島で戦ったリッチに姿も雰囲気もそっくりな、高位の不死者である。
侵入者の正体は、ネームレスだったのだ。ジャン相手に戦ったのだから当然だが、無事な姿ではない。
その髑髏は半分ほどが消滅し、左腕も失っている。相対する者――ジャンとの戦いで受けた傷なのだろう。
両者はついに砦を飛び出し、空中で激しく戦い始めた。空中跳躍ではなく、明らかに飛んでいるな。
ネームレスはその全身から、黒いオーラのようなものを撒き散らしている。その中に、髑髏のようなものが浮かび上がって見えるのは気のせいではないだろう。あれは、具現化した怨念だ。浮遊島でも似たものを見たのである。
しかも、その全身が急激に変形をし始めていた。再生するだけではない。腕が幾つも生え、足が触手の様にバラバラになっていく。
数秒後には、多腕多脚の異常な姿のスケルトンが出来上がっていた。あれが、奴の真の姿ってことなのだろうか?
対するジャンも、またいつもとは違う姿だ。以前紹介してくれた、鎧型アンデッドのマークを着込み、まるで戦士のような出で立ちだ。
マークの特徴は、全身を包み込む白い鎧の部分と、背中から生えた長い4つの腕だろう。それぞれの腕に剣を構え、ネームレスと正面から切り結んでいる。
しかも、近接の攻防をマークに任せることで、ジャンは魔術に集中できているようだった。どうやら、死霊を支配し、操る術をネームレスに放っているらしい。
あれほどのアンデッドを完全支配することは難しいが、動きを鈍らせ、集中を乱すことはできているのだろう。
結果、近接型のネームレス相手でも、有利に戦いを進めている。しかも、ネームレスと戦っているのは、ジャンだけではなかった。
白い肌の小柄な子供が、ジャンを援護するようにネームレスの背後から攻撃を仕掛けている。それは、浮遊島で消滅したはずのステファンであった。
生きていたといういい方は当てはまらないだろうが、何らかの方法で再召喚されたらしい。
ステファンは、死霊喰らいという対アンデッド戦に特化したアンデッドである。いかなネームレスとは言え、死霊喰らいは無視できないようだった。
明らかに、嫌がっている。
ただ、ステファンの雰囲気は以前と違うな。前はもっと凶悪というか、攻撃的な魔力を身に宿していた。性格は穏やかでも、抱える怨念の強さが圧迫感になっていたんだろう。
その強い圧迫感が、ほとんどなくなっている。むしろ今は、包み込む頼もしさのようなものすら感じさせるのだ。元のままのステファンではないんだろうな。
「ふはははは! 我が新たなる僕、マークの強さを見よ!」
「貴様ぁ! その鎧は……!」
「浮遊島にいた、レジェンダリースケルトンの骨を利用している! そう言えば、あのリッチの記憶を受け継いでいるのだったな? では、かつての配下ということかね?」
「ぐぬぅ! ふざけた真似を!」
狙っているのかいないのか、ジャンがいい具合にネームレスを挑発して引き付けてくれているようだ。
空中ではジャンとネームレスが戦い、砦の中ではまた別の戦いが繰り広げられていた。激しい魔力のぶつかり合いが感じられる。
姿が見えないサイサンスと、ネームレスの仲間が戦闘しているんだろう。ただ、仲間の援護に向かうことはできない。
茜雨の矢だけではなく、赤い霧が戦場に降り注ぎ始めたのだ。
赤騎士たちの後ろに、茶髪を後頭部でお団子にまとめた、細身の壮年女性が立っていた。
俺たちの前に立ち塞がったのは、見るからに優し気な、気品のあるマダムという感じだ。
だが、身につけているのは毒々しい色合いの赤いドレスアーマーであった。八割くらいは赤で、袖や首回りなどは紫だ。
スカート部分が長く、袖も膨らんでいるので、本当にドレスっぽくも見える。
顔の上半分を覆う赤いベールの向こうからは、意志の強そうな大きな瞳がこちらを見つめている。睨んでいるわけではない。悪意も敵意も感じない。
しかし、強い殺気があった。
『間違いない! あの女が血死の団長だ!』
「ん!」
「おほほほほ! あなたはここで私とティータイムよ?」
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