1152 赤い矢と赤い霧
フランが背後にいる500人ほどの冒険者たちを振り返る。
「みんな。出番がきた。がんばろ」
「うす! 了解でさぁ!」
「「「おう!」」」
昨日の時点で、つっかかってきたランクC相手に実力を示したので、冒険者たちは大人しかった。
そいつはこれまでのまとめ役だったらしく、倒したフランは完全な格上認定だ。
ああ、昨日ボコった冒険者も、ちゃんと癒してやったよ? そこから妙に懐かれて、今も一番初めに叫んでいる。
フランの横に赤いモヒカン頭の巨漢が舎弟面して並んでいる姿は、どこか滑稽で笑いを誘うよね。俺、結構ヤバいもん。
「しゅつげき!」
「「「うおぉぉぉぉ!」」」
フランを先頭にエレント砦を出る冒険者たちだったのだが……。
「むぅ!」
「あ、姐さん! ありゃ……」
突如現れたのは、死霊の軍勢だった。2000ほどのスケルトンたちが、先鋒と冒険者部隊の間に立ち塞がる。
だが、この程度で止まるフランたちではない。
「このまま突っ込む!」
「うす! 野郎ども! いくぜ!」
こちら側には盾を持っているスケルトンが多い。多分、冒険者の足止めが目的なのだろう。その間に、先に出撃した騎士や兵士たちを、マルス砦と挟み撃ちにするつもりなのだ。
実際、後方の槍持ちのスケルトンたちは、反転してマルス砦の方向へと駆けていく。
「盾持ちは、後ろからくるジャンの死霊に任せる」
「俺たちは奥の槍持ちっすね!」
「ん!」
「オン!」
今まで通りであれば、冒険者の足止めにはこれで十分だったのだろう。しかし、強者が1人加わっただけで、部隊の突進力は全く変わる。
フランとウルシが盾持ちスケルトンを力任せに薙ぎ払い、空いた穴を突っ込んだ冒険者たちがさらにこじ開け、広げていく。
こちらはほとんど減速することもなく、スケルトンの軍勢へと突入することに成功していた。乱戦になるが、スケルトン自体は大して強くはない。
俺たちが浄化をばら撒きつつ進めば、ほとんど苦戦することもなかった。まあ、この戦法が使えるのは、ジャンが死霊を呼び出すまでだが。呼び出した後だと仲間の死霊まで浄化してしまうのである。
冒険者たちは順調にスケルトンを破壊し、槍持ちのスケルトンに到達していた。このまま殲滅してやるつもりだったんだが――。
「うがっ!」
「ぎゃぁ!」
突如マルス砦から放たれた矢が、冒険者たちを捉えていた。
顔か心臓、そのどちらかに夕焼けのように赤い矢が刺さっている。恐ろしい精度であった。
さらに放たれた矢を、フランが切り払う。触れた瞬間に弾け、周囲に衝撃波を撒き散らす赤い矢。即死するほど強くはないが、傷と衝撃のせいで隊列が乱れた。
『間違いない! 茜雨だ!』
アヴェンジャーから事前に聞いていた情報にあった、茜雨騎士団長の宝具だろう。遠距離攻撃という点で朱炎のカーマイン・フレイムに似ているが、こちらはより遠距離攻撃特化であるらしい。
実際、まだ1キロ近くあるのに、凄まじく正確な狙撃を行ってきている。こちらからも魔術を撃ち返したが、砦の結界に防がれていた。
安全な場所からの一方的な狙撃。単純だが、やられる方が最も嫌な戦術であろう。
連射もできるようだが、フランが対処可能な範囲に収まっている。もう少し速くなっても、俺が手を貸せば防げるはずだ。
周囲の守りをウルシに任せて、俺たちは茜色の矢に注視する。
すると、矢がフランに集中した。弧を描く矢や、天から降り注ぐ矢など、様々なタイプの攻撃を間断なく仕掛けてくる。
だが、それでもフランを傷つけることはできなかった。以前、矢を放ってくる敵とは、戦ったことがあるからね。
あの時のワルキューレの攻撃に比べたら、まだましだ。いや、こちらの方が速いし、威力も強い。しかし、距離が開きすぎている。どれだけ凄腕だろうと、これだけ離れていれば見切れてしまうのだ。
すると、今度は矢が散らばり始めた。フランを倒すことができないと悟り、瞬時に戦略を変えやがったのだ。
狙いは、冒険者たち。フランが彼らを護るために力を割くことで、スケルトンへの被害を減らそうというのだ。
赤騎士なんてプライドが高い生き物だと思っていたが、及ばないことをすぐに認めるとは。理想は、むきになってフランだけに矢を撃ち続けてくれることだったんだがな……。
膠着状態だが、茜雨騎士団長を引き付けているだけでも先鋒の援護になる。そう考えていたのだが、それは敵を舐め過ぎであった。
「赤いの、出た」
『なんだありゃ……?』
マルス砦に取り付くクランゼル王国軍目がけて、赤い霧のようなものが降り注いだのだ。その直後、数十人の兵士が、一斉に血を吹いて倒れ込んでいた。
『あれは……血死!』
こちらもまた、赤騎士団の1つ、血死騎士団の団長の攻撃で間違いないだろう。赤い霧に注意しろとは、アヴェンジャーの言葉だ。
アヴェンジャーでも詳しい能力は秘されていたが、赤い霧を使って、相手を内部から破壊する効果があるらしい。クランゼル王国軍を覆う赤い霧と、倒れる兵士たち。
間違いないだろう。つまり、赤騎士団が2つ、あの砦に結集しているということだった。
『間違いなく、作戦が漏れてるなぁ』
「ん」
エスメラルダの砂による諜報は、砦の結界によって防がれてしまい、こちらの情報は何らかの方法で筒抜け。
やはり、敵地での戦っていうのは難しいもんだな。




