1151 砦攻め
丘陵地帯から東へと移動した俺たちは、目的地であるエレント砦を視界に捉えていた。
『見えたな。あそこの砦だ』
「ん!」
「ふはははは! さすがウルシ! 凄まじい移動速度であったな!」
「驚きじゃぜ」
「本当にねぇ」
元ランクA冒険者たちも、ウルシの輸送力に目を見張っている。フラン、ジャン、サイサンス、ドーレ、マレフィセント、ペルソナ、他にも騎士や貴族数人という大人数を背に乗せて、山岳地帯を一気に駆け抜けたのだ。
普通の従魔では中々難しいだろう。
現在、落としたエレント砦を接収し、自分たちで破壊した施設を修復しながら休息中ってことらしい。
戻ったジャンたちは、すぐに各勢力のトップを集めて会議を開始した。そこで驚いたのは、いるとは思っていなかった人物がいたことである。
「エスメラルダ?」
「ひゃっひゃっひゃっひゃ。久しぶりだね嬢ちゃん」
「なんでここにいる? 王都はいいの?」
「ふん。あっちは部下共が何とかするさ。ゴミはあらかた処分したからねぇ」
短い間に、貴族やスパイの粛清を終えたらしい。ニヤリと笑う老婆からは、何とも言えない凄みを感じる。やっぱ容赦ないな、この婆さん。
ただ、砂の鼠の謎が解けた。いくらエスメラルダが凄腕とは言え、王都にいながらレイドス国内の各部隊の監視なんて、さすがに難しいんじゃないかと思ったのだ。
密かに同行していたらしい。大っぴらにしないのは、レイドス王国への諜報活動も担っているからだろう。
それに、広範囲に鼠を放っているせいか、エスメラルダはほとんど動けないようだ。砂の椅子に乗って移動することはできるが、戦闘は不可能だろう。
背後に護衛らしきものがいることからも、間違いはなさそうだった。
「ああ、こいつらは元々私の部下だったやつらだよ。戦闘能力だけはそこそこだから、連れてきたのさ」
「……」
「……っす」
どちらもほとんどしゃべらないな。ただ、無口ってことではなく、任務中だから黙っているだけっぽい。片方とか、挨拶しかけて慌てて口を噤んだし。
以前エスメラルダが言っていた躾の最中なのかもしれん。
「それでは、今後の我らの動きであるが――」
エレント砦に籠る部隊のトップは、貴族でも騎士でもなく、ジャンであった。全員が不満もなく従っていることからも、その実力がしっかりと理解されているんだろう。偉そうな貴族もいるが、ジャンが命令を出すことに不満がないようだ。
ジャンが、決定した今後の動きを責任者たちへと伝えていく。
「では、動きとしてはあまり変わらないということですな」
「うむ。我の死霊と兵士はいくらか丘陵地帯へと送ることになるが、フランたちが加わるのだ。むしろ戦力は増す」
「本来我々は囮。この先の砦を攻めつつも、無理はしない予定でしたが……?」
「それは変更となるな。確実に落とさねばならん」
そうして会議をすること1時間。全員の疑問も解消し、そのまま作戦開始へと向けて準備のために動き出す。
俺たちは、周辺地形の確認と偵察を兼ねた、見回りだ。
エレント砦を出発し、攻め落とす予定の小さな砦を見下ろす。レイドス王国が守っているマルス砦である。
『こっから急に道が狭くなるんだな』
「たくさんで攻めれない」
『ああ、かなり厳しい戦いになりそうだ』
クランゼル王国がこの小さな砦を攻めあぐね、都市と言える規模のラージヒルと天秤にかけた理由がよく分かる。
普通ならこの砦の方が数段攻めやすいはずだが、地形のせいで弱点が消されていた。谷間のようになっている山道を塞ぐように作られ、大軍では非常に攻めづらく、数を頼みにしたごり押しが難しくなっているのだ。
山を越えようとしても、マルス砦からの攻撃にさらされるだろう。しかも急な坂道の途中であるため、砦からの遠距離攻撃が圧倒的に有利な状態だった。
それに、ここにもしっかりと結界の気配がある。こちらが魔術を放っても、あまり効果はなさそうだ。
単騎で強者が乗り込んで、制圧する方がマシか? そう思ったが、相手にロアネス級がいたら、それも危険なのだ。なんせ、赤騎士団長たちの決死の一撃は、ランクA冒険者を殺し得るのである。
翌朝。
フランとジャンはエレント砦の壁の上にいた。
「フランよ。次鋒は任せるぞ」
「ん!」
「先陣は騎士たちである故、逸らずともいい」
ジャンがどれだけ認められているとはいっても、先鋒の誉れを冒険者やアンデッドに渡したりはしないらしい。
効率だけを重視するなら、アンデッドでの力押しが最適だろう。
だが、貴族や国の面子は無視できない。というか、今回の戦争の引き金は、正にそれなのだ。
「それよりも、左右の断崖からの奇襲を警戒しておけ。普通の兵が越えてくることは難しいが、ここは敵地。どのような隠しルートがあるかもわからん」
「わかった」
出撃していく騎士たちを見送りながら、ジャンと話をする。
今俺たちがいるエレント砦は山の麓にあり、攻める対象は山の中腹だ。狭い山道を縦一列になって登っていく騎士たちは、どれほど生き延びることができるだろうか?
治癒術士や盾兵などがいるものの、どこまで被害が抑えられるかは分からないのだ。
しばらく見守っていると、伝令がやってくる。先鋒の最後尾が、予定の場所を通過したんだろう。いよいよ、俺たち冒険者の出撃だ。
『フラン。1人で突っ走るなよ』
「ん!」
『ウルシは的にならないように小さい状態で戦うんだ』
「オン!」
戦争日和なんてものがあるのかは分からないが、暑くも寒くもない曇天が広がっている。
どこか不吉さを感じさせる灰色の雲は、クランゼルとレイドス、どちらの運命を暗示しているのだろうか?