1145 邪神の欠片とお話
共食いの成果の確認が終わると、アヴェンジャーが前に出た。
「そろそろ時間のようですな! 我が神よ! 我が巫女よ! 我の力が必要なれば、いつでも呼び出してくださいませ!」
アヴェンジャーが大げさに礼をすると、その姿が透けていく。アヴェンジャークラスの魔獣となると気軽に召喚はできんだろうが、いざという時には頼りにさせてもらおう。
でも、邪気だけでも周りに疑われるのに、アヴェンジャーに巫女とか呼ばれているところを視られたら、絶対に変な目で見られるよなぁ。
人前で召喚するのは最後の手段だな。
ただ、アヴェンジャーなどよりも気にしておかねばならない、問題児がいる。むしろ、こいつが元凶と言ってもよいだろう。
『邪神の欠片の封印が、機能してないんじゃないか?』
元々はフェンリルさんに喰われて、その肉体ごと俺の中に封じられていた邪神の欠片。だが、フェンリルさんと分離したことで、封印が緩んでいる気がする。
とは言え、俺に対して敵対するような素振りは感じられない。まあ、俺が破壊されれば自分も滅ぶらしいし、邪魔できないって言う方が正しいんだろう。
むしろ、こちらを助けるような動きをしているようだ。
だが、今後も勝手に邪気を放ったり、邪人を眷属化されても困る。場合によっては、フランが邪神信奉者扱いされかねないからだ。
それに、相手は邪神。奴の善意が、俺たちにとってはマイナスに働く場合もあるかもしれん。理想はもう何もせずに大人しくしつつ、俺が邪気を欲しい時だけ力を分けてくれることなんだが……。
それだと邪神を一方的に利用してる扱いになるか? 意外と線引きが難しそうだ。それでも今のままがマズいということは間違いなかった。とりあえず、それだけは分からせよう。伝えてどうにかなるもんかは分からんが。
俺は邪気征服を発動しながら、内部に深く集中した。俺自身の奥深く、底の底。
今までであれば入るのが恐ろしいと感じていた、黒いモノが押し込められたその場所に、降りていく。
意識が邪神の封印された領域を感知すると、強大なナニかが俺の精神を包み込んだ。
間違いない。邪神の欠片だ。その意識が俺の意識を呑み込まんと、蠢いている。いや、そう思えるが、邪神の欠片にこちらを害する意思はもうないだろう。
ただ、そこにあるだけで、こちらを攻撃してしまうのだ。触れただけで侵食し、言葉を投げかければ狂わせる。
そんな存在だった。
不意に、邪神の欠片が大きく蠢く。まるで心臓が大きく鼓動したかのように、ドクンと跳ねたのだ。
そして、俺を包み込む力が強まる。ただ、怒って攻撃しようとしているという感じではなかった。むしろ、巨大なペットが喜びのあまり突進してくるみたいな?
そう感じた大きな理由は、伝わってくる感情の奔流だろう。明確な感情ではないんだが、喜びや楽しさなどがゴチャ混ぜになっているようだった。
なんというか、懐かれている? いやいや、相手は邪神の欠片だぞ?
疑問に思っている間にも、邪神からはプラスの感情ばかりが流れ込んできていた。やはり、懐かれている。
だが、なんでだ? 好かれる要素なんぞない気がするんだが……。
ともかく、俺は邪気征服を使い、邪神の欠片に意思を伝える。
『邪神の欠片! 聞け!』
『……!』
邪神の欠片を排除するつもりはないこと。しかし、今回のように好き勝手に動かれると有難迷惑になるかもしれないこと。もう少し大人しくしていてほしいこと。
最初はガツンと言ってやるつもりだったんだが、こうも懐かれてしまうと少し可哀そうにもなってしまう。俺が意志を伝えている間にも、邪神の欠片から悲しみの感情が伝わってきてしまうから猶更だ。
自分でも、邪神の欠片相手に何言ってるんだって思うが、僅かでも哀れに感じてしまったのだから仕方がない。
『と、とにかくそういうことだから! いいな!』
『……』
邪神の欠片は、明らかにしょんぼりしている。邪神なんだろ! もっと太々しく振舞えよ!
『あー、そのー』
ええい! なんで俺が邪神の欠片相手に、罪悪感を覚えなきゃいかんのだ? だって、仕方ないじゃん!
『あと、静かにしてろって言っておいてあれだが、ピンチの時にはお前の邪気を借りるかもしれん』
我ながら、酷いことを言っている自覚はある。だが、邪神の欠片の反応はこちらの想定を超えていた。
『……!』
なんと、力を借りると伝えた瞬間、邪神の欠片がなぜか喜んだのだ。はしゃいだ様子で、純粋な喜びを示す。そして、強力な邪気を放つと、それを俺に絡みつかせた。
『ちょ、まて! 今邪気を渡されても、意味ないから! 落ち着け!』
とりあえず、邪気を借りるのはオッケーってことらしい。
『今回は助かったが、あまり勝手に動くなよ』
『……!』
了承の意思が伝わってくる。まあ、信じるしかないだろう。邪神の欠片がどこまで信用できるかは分からんが。
(師匠? へいき?)
『お、おお。ちょっと、邪神の欠片とお話ししてただけだよ』
(……へいき?)
まあ、フランが不安がるのも分かる。だが、分離なんてできない以上、上手く付き合っていくしかないのだ。
『大丈夫だ……多分』




