1139 マレフィセントとペルソナの能力
「アヴェ――死にぞこない! アンデッドを操ってるのは、誰? スカベンジャー?」
「いえ、違いますねぇ! 奴らはほとんど討ちました故! そして、オンスロートならば邪気交じりの死霊となるはず。ならば、黒骸兵団第三席、身代わりのウィッカーマンでありましょう!」
「身代わりのウィッカーマン」
「その異名の通り、配下のアンデッドを身代わりに仕立て上げる能力を持った、中々にしぶとい奴ですなぁ」
戦場に来る前にも説明を受けているが、盾技などを使ってダメージを移し替えるタイプであるらしい。しかも、自分で配下を延々生み出せるとなると、まじで厄介だろう。
他の冒険者に周知するためか、フランがもう一度説明させる。すでにアヴェンジャーの腹の穴は塞がっていて、元気に動き回っているのだ。問題ないだろう。
「ああ、それと、ウィッカーマンの身代わりという異名は、能力のことだけではありませんぞ!」
「どういうこと?」
それは俺たちも初耳だぞ。
「あれは第一席であるネームレスの影武者でもありますぞ! 鑑定偽装系の能力も持っておりましてな! 成り済ますというわけです! 姿形もよく似ておりますので、見破るのは難しいかと。まあ、ここでバレてしまいましたがなぁ! ふははははは!」
砦から飛んでくる火炎魔術を防ぎながら、楽しそうに笑うアヴェンジャー。だが、これって結構重要な情報じゃないか? 敵の能力だけじゃなくて、敵のボスの影武者情報が暴露されちゃったんだけど?
「朱炎騎士団の総数も300ほどだったはずですので、砦内にはほとんど残っておらんでしょう」
つまり、あの砦で注意しなきゃならないのは、朱炎騎士団長と、ウィッカーマンだけ? やはり、ここを誰かに任せて、砦を攻めるべきだな。
「マレフィセント!」
「私たちも一緒に行きますよ!」
「……」
フランが何か言う前に、マレフィセントが真剣な顔で言い放つ。ペルソナも一緒にコクコクと頷いていた。
ただ、デュラハンが大量に湧いているこの戦場を、マレフィセント抜きで支えきれるか? ドナドロンドは消耗が激しくて、もう守護の煌気も使えていないのだ。冒険者たちも頑張っているが、相手が悪すぎた。
しかし、マレフィセントもただ我儘を言っているわけではなく、ちゃんと考えがあるらしい。
「要は、この場に残せる戦力があればよいということですよね? ということで、少々お待ちを。ああ、ペルソナは、フォールンドさんを回復させてください」
「……」
「フォールンドさんの力も必要です。それに、あの砦は……お願いします」
「……」
ペルソナが何かを問いかけるように、相方を見上げる。そんな彼女に対し、マレフィセントは何故か頭を下げていた。
念話を使っている様子でもないんだが、通じ合っているんだよな。
すると、ペルソナがフォールンドに近寄っていった。フォールンドは奥の手の消耗が激しく、剣による派手な攻撃はできていない。デュラハンを相手になんとか戦えてはいるんだが、それ以上の戦果は望めそうもなかった。
そんなフォールンドの後ろに立つと、祈るかのように両手を胸の前で組むペルソナ。当然ながらアンデッドが襲ってくるが、障壁が全てを防いでいる。やはり、ペルソナは結界系のスキルレベルが高いんだろう。
そんなことを思いながら見守っていると、驚きの光景が繰り広げられる。
「あー……」
「! ペルソナ喋った!」
『あ、ああ。しかも、ヤバイ量の魔力が!』
喋ることができないと思っていたペルソナが、か細くも可憐な声をその口から発したのだ。その直後、彼女の周辺を膨大な魔力が覆っていた。
まさに渦巻くという言葉がしっくりくるような、うねり荒れ狂う魔力。制御しきれるのか不安になるほどだ。
「らーらーあー」
歌、なのか? 平坦で抑揚がない、それでいながら神秘的で不思議な魅力を感じさせる、ペルソナの声。
ほんの数秒。彼女の声が戦場に響き渡り、魔力がその歌に反応して舞い踊る。そして、フォールンドが光に包まれた。
「これは……」
フォールンドの体内に、魔力が満ちていくのが分かる。
ソフィの魔曲を思い出した。回復魔術などとは違い、相手の根本的な疲労や消耗まで癒すことができる力だ。ペルソナも同じ系統の力を持っているらしい。
ただ、気軽に使わないのにも、理由があるようだった。
「……」
「ペルソナ、大丈夫ですか?」
「……」
ペルソナが一瞬ふらつき、それをマレフィセントが受け止めて抱きかかえる。どうやら、立っていられないほどに消耗したようだ。その首筋に浮かぶ滝のような汗を見れば、彼女の疲労度合いが良く分かった。
たった数秒でこれとは……。普段喋らないのも、何か理由があるんだろう。
「ペルソナも頑張ったのですから、私も頑張らねばなりませんね」
ペルソナを抱えたまま、今度はマレフィセントが前に出た。
「さて、と……」
「!」
戦いながらも彼らを見守っていた周囲の全員が、驚きに息を呑む。なんと、マレフィセントが自身の手首に徐に噛み付くと、荒々しく食いちぎったのだ。
当然ながら、大量の血液が流れだし、足元を赤く濡らす。しかし、それこそがマレフィセントの目的だった。
彼の血は大地に沁み込むことはなく、不自然に流れて模様のようなものを生み出したのだ。それは、直径3メートルほどの魔法陣であった。
「我が血を捧ぐ。呼びかけに応えよ、偉大なる悪魔よ! 召喚!」
なんと、マレフィセントは悪魔を使役できるらしい。血の魔法陣の中から、強い魔力を纏った存在が出現しようとしているのが分かった。