1138 焼けた戦場
砦から放たれた超火球を防ぎ続けること十数秒。
熱の放出が止んだ後、周囲の状況は一変していた。
一面の焼け野原から、未だに煙と陽炎が立ち昇り、人間だった黒いものが無数に転がっている。灰になるほどの熱量ではなかったんだろうが、人の形を残している方がより凄惨さが際立った。
地獄というのはまさにこんな光景を言うのだろう。
冒険者たちは悲惨な光景を前に声も出ないといった様子で、茫然と立ち尽くしている。
逃げ遅れていた貴族の軍は全滅だ。上から下に至るまで、例外なく平等に、焼き尽くされていた。
たった1回の攻撃で、5000人近くが命を落としたのだ。
対して、冒険者と一緒に離脱を始めていた貴族たちや騎士団は、半数ほどが生きているだろう。まあ、熱波による火傷で、半死半生の者も多いが。炎が直接届いていなくとも、熱のせいで全身が焼けただれ、火傷で喉が腫れ上がって塞がってしまっているのだ。
「むぅ……」
「ドナド?」
「スキルの範囲を広げようとしているのだが、上手くいかん!」
守護の煌気を生き残った兵士や騎士にも使おうとしたようだが、失敗したらしい。薄く光ってはいるんだが、冒険者たちを包む強い光に対して、非常に弱々しいのだ。
回復の効果もあまり強くはないらしい。これでは多少の延命効果くらいしか見込めないだろう。
冒険者だけをあえて守っていたわけではなく、スキルが冒険者にしか通用しないってことらしい。
なんでだ? 冒険者ギルドに登録している者だけに効果が発揮されるスキルなんてないよな?
それに、騎士の一部や、貴族軍の兵士の中にも、白い光に包まれている者がいるのだ。
そう言えば、俺たちが戦場に到着したばかりの時は、白い光には包まれていなかったような? その後、冒険者たちに合流して戦い始めた頃、いつの間にか守護の煌気の恩恵を受けることができていた。
なにか切っ掛けがあるはずなのだ。
『うーん……?』
(師匠?)
『ドナドの白い光。あれが効果があるやつとないやつ、何が違うと思う?』
(簡単)
『え? フラン、分かってるのか?』
(ん。ドナドのことをボスって思ってるかどうか)
『あー! なるほどな!』
言われてみるとそうかもしれない。フランが持つ進軍の戦乙女と似ているのだろう。ドナドロンドが自分の命令下にあると感じ、相手もそれを受け入れているのが鍵かもしれん。
騎士や兵士の一部にしか効果がないのも、内心でどう思っているかが違っているからではなかろうか?
ただ、マレフィセントには僅かな延命措置で充分であった。その時間で術を完成させた仮面の冒険者によって、超広範囲回復魔法が発動する。
「ワイドレンジ・マキシマムヒール!」
優しい光が戦場を包み込んでいた。マキシマムヒールを広範囲に使用する術によって、死にかけていた者たちが息を吹き返していく。
回復まで可能だとは! マレフィセントは、本当に何でもできるな。俺のようにスキルを収集するような特殊なスキルを持ってるのか?
そうでもなきゃ納得できないほどに、多彩なスキルを持っていた。
兵士たちを回復させながらマレフィセントを観察していると、不意にアヴェンジャーたちが駆け寄ってきた。そして、砦の方向へと向かって、障壁を展開する。
「ぬおぉぉぉ!」
「巫女を守るのだぁ!」
一瞬、何をしているのか理解が及ばなかったが、すぐに俺とフランも同様の行動をとった。
閃く赤い光。
その光を視認した直後、グール2体が障壁ごと蒸発していた。その後ろにいたアヴェンジャーの脇腹も円形に抉れ、俺たちの障壁に凄まじい衝撃が襲い掛かる。
それは、砦からの狙撃だった。レーザーのような炎で、狙われたのだ。あまりにも速過ぎて、アヴェンジャーたちが庇ってくれなければヤバかったかもしれない。
「砦から攻撃っ! みんな、もっと離れる!」
「フランの言う通りにしろ! さらに距離を取るぞ!」
本当に厄介だな! 赤騎士!
砦からの狙撃が降り注ぎ、撤退するクランゼル王国軍を追い立てる。フランを狙撃した一発よりは弱いものの、貴族や騎士、兵士を殺すには十分だ。すでに何人も命を落としている。
俺たちやドナドロンドが攻撃を防ぐこともあるが、間に合わないことも多いのだ。
しかも、途中でアンデッドが再び湧いて出る。砦からの超火球でアンデッドたちも全滅したように見えたが、スケルトンたちが急に現れてクランゼル王国軍を襲い始めた。
超火球で焼け死んだ兵士たちだ。彼らが死霊術で復活し、スケルトンと化したのである。あの凄まじい炎で肉は炭化したが、骨は健在だったのだろう。
しかも、厄介なことに撤退方向からもアンデッドが襲ってきていた。数は多くない。しかし、赤い鎧を着た、超強力な首なし騎士たちである。
そう、それはフォールンドによって倒された、赤騎士たちのアンデッドであった。
イオネスの死体だけは収納してきたんだが、赤騎士の死体はそのままだったのだ。そいつらが、高位のアンデッドであるデュラハンとして復活し、いつの間にか回り込んでいたのだ。
完全に前後から挟み撃ちにされてしまった。しかも、砦からの攻撃は続いている。
このまま退却するのは、難しいかもしれない。アンデッドに追撃されて死人が増えれば、そいつらも敵に回る。時間が経つほど、こちらが不利になる状況だった。
ジャンが戦場で怖れられるわけだ。
『アンデッドを、完全に排除するのは難しいぞ……』
(だったら、大元を排除する!)
『うーむ。それしかないか』