1137 超火球
(む?)
『砦からだ!』
朱炎騎士団の団長が、やられっぱなしで大人しくしているわけがなかった。
砦の屋上から、朱い魔力が噴き上がっている。ここからでも熱を感じるかと思うほど、火属性の強い魔力だ。
その朱い魔力の中心に、一人の青年が立っていた。副団長のイオネスとそっくりな、生意気そうな顔の青年である。兄弟? 双子? ともかく、血のつながりがあることは間違いないだろう。
『フラン、皆に注意を促せ!』
(わかった!)
相手は最強と言われる赤騎士団の団長だ。どんな攻撃をしてくるか分からないのである。俺はいつでも障壁を展開できるように魔力を練り上げながら、身構えた。
直後、屋上の魔力が、爆発するかのように一気に舞い上がった。
グングンと成長し、朱い炎の柱と化した魔力。次々と弾けたかと思うとプロミネンスのような炎の腕が幾つも天へと昇り、絡み合って巨大な火球が生み出されていく。
すでに、砦と同じくらいの大きさに育っているだろう。
アレはマズい。
しかも、再びアンデッドが出現していた。戦場の死体が、魔力に包まれたかと思うと次々と起き上がりはじめている。
『アンデッドを無視して、皆を下がらせるしかない!』
多分、アンデッドなんか無視して攻撃を打ち込んでくるだろう。黒骸兵団と赤騎士団は仲が悪いようだし、補充が利く戦力扱いっぽいからな。
「ドナド! ここ危険!」
「そうだなっ! みんな! 下がるぞ! アンデッドどもは放っておけ!」
「みんなも! 逃げる!」
「はい! 隊長!」
「アヴェンジャーはこっち!」
「巫女よ! 我らのことはぜひ死にぞこないとお呼びください!」
「死にぞこないども! お前らは私と一緒に殿!」
「ふはははっ! わかりましたぞ! 我が巫女!」
本当はフランにも一緒に逃げて欲しいけど、フランが冒険者たちを見捨てるはずがない。今回の任務のお陰で、フランは責任感を学んだ。自分が上級冒険者なのだという自覚も持っただろう。
それはいいことなんだが、こういう時には危険に自ら飛び込むようになってしまった。複雑な気持ちだぜ。
『いざとなったら、転移で逃げるからな?』
「ん」
冒険者たちが即座に移動を開始するが、貴族の軍団の動きは非常に鈍かった。そのせいで、冒険者たちの退路も塞がれてしまっている。
「何をしている! 下がらんか!」
「何を言っている! これほど離れているんだぞ!」
「馬鹿か! あれが見えんのか!」
「この距離で何を怖れるか! 臆病者めっ! クランゼル王国の人間として恥ずかしくはないのか!」
ちっ! 貴族どもが馬鹿すぎるぞ!
どうやら、実戦経験がなさ過ぎて、これだけ離れていれば砦からの攻撃は届かないと思っているようだ。強者にとっては、攻撃不可能ってほどの距離じゃないんだが。
それに、ここまで貴族とその配下はあまり活躍できていない。しかも、見下している冒険者の言葉だ。そのせいで、余計に意固地になっているんだろう。
騎士団長が説得に加わるが、貴族たちは不満顔である。一秒を争う場面で、グズグズしやがって!
ドナドロンドも、言い争っても意味がないと悟ったんだろう。貴族から視線を外すと、冒険者たちに再び指示を出す。
「馬鹿どもは無視して迂回しろっ! 付き合って自滅などする必要はない!」
「ば、馬鹿だと! 貴様!」
貴族たちが怒っているが、ドナドロンドは完全無視だ。騎士団長も、ドナドロンドに続く様子を見せる。貴族どもを見捨てることにしたらしい。
まあ、戦場では騎士団長に命令権があるはずなのに従わないってことは、命令不服従だからな。
また、騎士団長の行動を見たことで、本当に危険だと理解した者たちもいるんだろう。一部の貴族は、態度を変えて離脱をし始める。フランを認めたあの貴族なんかは、最初から逃走に移ってたしな。
そうなると、戦力が減ってアンデッドが調子づくので、結局は貴族たちも撤退を選ぶしかないんだが……。
少し遅かった。
『フラン! 障壁を張るぞ!』
「ん!」
砦の上空に生み出された超巨大な火球が、こちらに向かって打ち出されるのが見えた。
俺とフランは冒険者たちを守るように、全力で火炎魔術を使用して障壁を張る。だが、他にも冒険者を守ろうとした者がいた。
俺たちの生み出した火炎魔術の結界に重なるように、薄緑色の障壁が二重に張られたのが見える。しかも、かなりの広範囲だ。
マレフィセントたちが張ったらしい。支援系が得意なのは分かっていたが、これほどの障壁を張れるとは……。
さすがランクA。ペルソナも、その相棒に相応しい力を持ってるってことなんだろう。
そして、直径30メートル近い超火球が、着弾する。直撃したのは、既に戦場から離れ始めていた冒険者ではなく、残っていた貴族軍だ。軌道の制御が、あまりできないんだろう。
大爆発に備えたんだが、恐れていた爆風は襲ってこなかった。
俺たちの障壁は、冒険者やその周辺しかカバーできていない。離れた場所で焼かれる兵士や貴族を、見ていることしかできなかった。
そして、炎が溢れ、周囲を呑み込んでいく。触れただけで肉体を燃え上がらせる死の津波は、そのまま広範囲に被害をもたらしていった。
数千人近い兵士が生きた松明と化し、溢れ出た炎が冒険者たちにも一気に襲い掛かってくる。だが、俺たちやマレフィセント、他の魔術師たちが張った結界によって、何とか受け止めることができていた。
魔力がゴリゴリと削られているが、何とか耐えられている。
『ぐっ!』
「むぅ!」
物理的な圧力も相まって、かなりの負荷だ。だが、そこに心強い援護があった。白い光が俺たちを包み、魔力が回復し始めたのだ。
「ぬうううぅぅん!」
ドナドロンドが、再び光を発動していた。護ル鬼の固有スキル『守護の煌気』だ。僅かな自動回復が、今は本当に有難い。
『もうちょっとだ! 耐えろフラン!』
「ん!」




