1135 護ル鬼
朱炎騎士団を壊滅させた俺たちは、力を使い果たしたフォールンドをウルシに任せ、背後のアンデッド軍団へと向かっていた。
その身を包む白い護りの光のおかげで、冒険者たちが奮戦している。ただ、貴族の兵士たちはどこか戸惑っているな。
急に冒険者だけが強化されたからか? そう思っていたら、それだけではなかった。
「なんで同士討ちしてるんだ?」
「ど、どっちも攻撃しちまえ!」
「い、いいのかよ?」
俺たちが引き連れてきたアヴェンジャーのせいだった! アンデッドを攻撃するグールを見て、困惑しているらしい。
だが、それでもアンデッド軍団は劣勢に陥り始めている。
「アヴェンジャー! 貴様、裏切ったのかぁぁぁ!」
「ふははは! 我らは、新たなる神の啓示を得たり!」
「元から正気ではなかったが、より狂ったかっ! 我らを生み出したレイドス王国への忠誠はどうした!」
「元から操られておっただけで、レイドスなんぞに忠誠心の欠片もないわ! むしろ、我らの抱える怨念は、そのレイドスが生み出せし怨念ぞ!」
アヴェンジャーは、上手くスカベンジャーというアンデッド軍団の指揮官を排除してくれているらしい。
このスカベンジャーは戦闘能力が低い代わりに、強力な死霊作成能力と、ハイドマンを研究した末に生み出された肉体同時操作スキルを持っているそうだ。
いくらでも自分を増やすことが可能な、無限に増殖して指揮を執り続けることをコンセプトに生み出されたアンデッドであった。
スカベンジャーもアヴェンジャーも、幹部たちよりも総合力では劣るが、一点においては凌駕する尖った性能を持っているらしい。
だが、こいつは小隊長や中隊長的な存在であり、司令官ではなかった。アンデッド軍団を率いているのは、一際大きな体を持った、大きなアンデッドである。
頭部に2本の角が生えた、全裸の鬼だ。鬼人ではなく、オーガのアンデッドだろう。ただ、その肌は炭のように黒く、生殖器などは特に見当たらない。そのせいで、人形っぽさもある。
こいつこそ、黒骸兵団の幹部、第5席『黒焦げ』のチャードマンだった。爆炎を操る、戦闘特化のアンデッドである。まあ、指揮官とはいっても、実際に指揮をしているのはスカベンジャーたちだが。
ただ、先頭に立って戦うチャードマンのせいで、アンデッド軍団が勢いづいていることは間違いない。
それを排除するつもりだったのだが――。
「ぬおおぉぉぉぉ! 爆炎拳!」
「どらぁぁぁぁぁ! 嚇怒旋回舞撃!」
2匹の鬼が、殺し合っていた。
漆黒の死霊鬼に対峙するのは、白い光を纏った鬼人である。
チャードマンとドナドロンドが、足を止めて攻撃を応酬し合っていた。躱して斬るような、技巧戦ではない。
互いに1撃を交互に叩きつけ、再生能力で傷を癒し、相手が生き残ったことを確認して再び攻撃をぶつけ合う。アンデッドと冒険者の只中にできた奇妙な空白の中心で、そんな原始的な命の取り合いが繰り広げられていた。
「いい加減! くたばれやぁ! てめぇの体は、有効活用してやるからよぉぉ!」
「負けぬ! 仲間たちのために、絶対に負けんぞぉぉぉ!」
チャードマンは、事前に聞いてたよりも巨大で、戦闘力も高いんじゃなかろうか? アヴェンジャーでも知らない何かがあるらしい。
その体に火炎を纏い、殴る度に爆発が起きている。さらに、攻撃の際に自身の背後で爆発を起こして、その反動で加速しているようだ。
武器は拳だが、一撃の威力は巨岩を粉々にできるレベルだろう。
そんな攻撃を正面から受けて多少の怪我で済んでいるドナドは、いったいどれほど強くなっているのだろうか?
連携をするにも、どんな能力を得ているか分からねば難しい。そう言い訳しつつ、俺はドナドロンドを鑑定した。
名称:ドナドロンド 年齢:47歳
種族:鬼人・護ル鬼
職業:斧戦士
ステータス レベル:49
HP:991 MP:436
腕力:421 体力:568 敏捷:198
知力:141 魔力:293 器用:139
スキル
威圧:Lv4、運搬:Lv3、回復速度上昇:Lv8、完全障壁:Lv3、危機察知:Lv5、教導:Lv4、気配察知:Lv3、高速再生:Lv3、剛力:Lv5、護衛:LvMax、再生:Lv6、指揮:Lv2、守備:LvMax、瞬歩:Lv3、土魔術:Lv2、投擲:Lv6、毒耐性:Lv7、伐採:Lv4、斧技:Lv8、斧術:LvMax、斧聖術:Lv1、咆哮:Lv3、斧強化、起死回生、気力制御、筋肉鋼体、自動HP回復、腕力小上昇
ユニークスキル
鬼神の祝福
固有スキル
護鬼、守護の煌気
称号
ギルド教官
装備
重錬鋼の大斧、黒鋼巨犀の全身鎧、暴牙虎のマント、石竜の靴、剛力の腕輪
『変異ってやつか!』
鬼人族は進化しない代わりに、変異というものを起こすことがあるらしい。アースラースが暴走の引き金でもある狂鬼化スキルを手に入れたのも、禍ツ鬼という種族に変異してしまったことが原因だった。
この変異はレベルなどではなく、様々なことが引き金になると聞いていたが……。ドナドが変異するとは思っていなかった。しかも、見た感じ、アースラースのような危険な変異ではなさそうだ。
ステータスがメチャクチャ上昇しているし、再生などのスキルも上昇している。初めて出会った頃のドナドロンドでは、チャードマンに瞬殺されていたはずだ。
それが、正面から戦えている。
しかし、次第に形勢はチャードマンに傾きつつあった。名前やスキルからして、ドナドロンドの護ル鬼ってやつは、仲間を守るための力を持った種族だろう。
守備力に比べて、攻撃力の上昇はさほどでもなかった。いや、こっちも数段強化されているが、それでもチャードマンを倒せるほどではないらしい。
フランは、ドナドから見える位置に移動した。そして、俺を軽く構えて見せる、それだけで、俺たちが援護に加わろうとしていると、ドナドには伝わったんだろう。
すると、ドナドが軽く首を横に振った。
援護はいらないというのか?
フランとドナドが、一瞬見つめ合う。そして、フランはチャードマンではなく、周囲のアンデッドに襲い掛かった。
『いいのか?』
(ん。ドナドに何か考えがある。だから、だいじょぶ)
『そうか。じゃあ、せめて戦いやすくなるように、アンデッドどもを駆逐してやろう』
「ん!」
俺たちがアンデッドを倒していると、遂にドナドロンドとチャードマンの戦いの均衡が崩れた。チャードマンの放った拳がドナドを吹き飛ばし、そこに爆炎の魔術が追い打ちとして炸裂したのだ。
「おらおらおらぁぁぁ! これで終わりだ! 粉々にぶっ飛べやぁ!」
何とか起き上がろうとしているが、膝に力が入らないドナド。このままでは、止めを刺されてしまう! そう思った直後であった。
「……反鬼の法」
「ぐがぁぁぁぁぁぁ!」
ドナドが何か呟いた、その瞬間である。何の前ぶれもなく、チャードマンの体に無数の穴が開いていた。
「な、にが……くそ、がぁ……」
チャードマンが悪態をついた直後、その体が爆発四散した。あれではもう、再生もできないだろう。アンデッドたちを束ねる暴威の塊の、あっけない最期であった。
いや、何があった? ドナドが何かしたのは確かだと思うが……。
「ドナド、すごい!」
『あ、ああ』
ともかく、意外なほど一瞬で、決着がついてしまっていた。




