1132 立派なゴブリン
レイドス王国の侵攻計画は、当初立てていた予定が大幅に崩れてしまっているという。特に西征公の進めていた作戦がほぼ全てが瓦解して、そちらからの援護が見込めなくなってしまったらしい。
色々聞いたら、八割くらいが俺たちのせいだった。
レイドスに抗うために必死に戦っただけなんだが、思いもよらぬところで西征公に大打撃を与えていたとは……。呪詛返しなんて、全く意識してなかったぞ。
そこで南征公は、クランゼル王国軍をあえて国内へと深く引き込み、叩く作戦を計画したという。
道中の村は抵抗せずにクランゼル王国へと降伏し、密かに情報を集めて南征公の手の者へと流す。
そうしてクランゼルの戦力を丸裸にし、南征公軍、黒骸兵団、朱炎騎士団が手を組んで殲滅する作戦だった。当然、黒骸兵団からも幹部級の者が投入されている。
というか、本来であればアヴェンジャーたちも召喚される予定だった。
「まあ、我らは支配を脱してしまいましたので、喚ばれることはないでしょうが」
黒骸兵団にはアンデッド軍団を一気に召喚、送還する儀式魔術が存在しており、それを使えば奇襲も思いのままであるそうだ。開発されたばかりでまだ実戦での試験中らしいが、問題なく作動しているという。
アレッサの町を襲ったアンデッドの軍勢は、試験の産物だったのだ。
「クランゼル王国の軍勢がどれだけ強かろうとも、さすがに今回は無理でしょうな。三方へ軍団を分けているようですし、各個撃破されるでしょう」
「……いく!」
『分かったが、ここはどうする? 義勇兵たちを置いていくか?』
ここで放置したらランクアップ試験は失格だろうし、義勇兵だけを置いていったら全滅するかもしれない。なんせ、敵地なのだ。
グールを護衛に置いていこうかと思ったが、俺から離れたら支配がどうなるか分からん。マレフィセントに守っておいてもらう? ただ、その考えを見透かされたんだろう。
「義勇兵の面倒を見るのは、雑用に入らないよ」
「むぅ」
これまで通りの飄々とした感じなんだが、どこか有無を言わせぬ迫力があった。彼を頼ることはできないだろう。
そこで、俺はあることに気付いた。今、軍勢はグールも併せて70人少々、あと30人いれば進軍の戦乙女が発動するんじゃないか?
「ねえ、アヴェンジャー」
「何でしょうか! 我が巫女!」
「足が速いアンデッド、呼び出せる?」
それから数時間。行軍は、過酷の一言であった。
草を掻き分け、最早崖一歩手前の急斜面を登り、道なき道をひたすらに進み続ける。しかも延々と駆け足で。
常に呼吸は苦しく、手足には擦過による傷が刻まれ、筋肉は悲鳴を上げ、口からは苦悶の声と「うぉぉぉ! カレー!」という叫びが漏れ続ける。
まあ、義勇兵たちは、だけどね。
フランやマレフィセント、アヴェンジャーたちは涼しい顔だ。
「もう少し。頑張る」
「カレェェ!」
「うらぁ! カレー!」
「ファイトォォ! カレェェェェ!」
正直、もう語尾にカレーってつけなくていいと思うんだけど、フランも義勇兵も慣れすぎちゃって自分たちのおかしさに気付いてないんだろう。
時には魔獣を追い払い、時には仲間同士で助け合い、時にはアンデッドに力を貸してもらい、義勇兵たちは誰一人脱落することなくやり遂げた。
3000メートル級の山を短時間で駆けあがり、尾根を越えることに成功したのだ。
アヴェンジャーから得たレイドスの地理情報によると、南部は山脈が縦横に走っており、山を避けて戦場へ向かうとかなり遠回りになるらしかった。
そこで、戦場への最短ルートである、山越えを敢行したのである。
事前から相当な無茶であることは分かっていたが、義勇兵たちからは一切の不満も戸惑いも出なかった。フランの命令にいつも通り「はい! 隊長! カレー」と応えるのみだ。数日前からは想像もできん姿だった。
山の尾根からは、戦場は見えない。その手前に、山地が広がっているからだ。後は下りだけなので、急な山地を延々と登り続ける必要はない。しかし、不安定な岩場を下り続けなくてはならなかった。
それでも、フランを先頭に義勇兵たちは進む。彼らの後ろには、50体ほどのアンデッドが追従していた。
ジェノサイド・グールだけではなく、彼らが生み出したスケルトンドッグたちの姿もある。あとは馬だ。人以外の者たちも、フランに従う意思があれば部隊の一員とみなされるらしい。
しっかりと進軍の戦乙女の効果が発揮され、アンデッドや馬たちにも恩恵が与えられていた。そのため、普通なら馬が進めないような場所も、スイスイと登っている。
回復魔術を使って足を治療しながら、ほぼ一直線に山を駆け下りた一行。目の前には丘陵地帯が広がり、この先にレイドス王国の砦が存在しているらしい。
(もう、戦いが始まってる)
『ああ。間に合わなかったな。だが、まだ手遅れじゃない』
(ん!)
両軍の上げる叫び声が丘陵に響き渡り、激しい戦闘が始まってしまっているのが感じ取れる。戦場の気配を目前に、フランは義勇兵たちを振り返った。
「整列」
「「「はい! 隊長! カレー!」」」
「お前たちはもう、出発した時みたいな役立たずのゴブリン以下じゃない。任務をちゃんとこなせるようになった。立派なゴブリン」
『そこはゴブリンじゃなくて、冒険者とか言ってあげて!』
「ん。もう立派な冒険者。もう語尾にカレーってつけなくても、頑張れるようになった」
「「「はい! 隊長!」」」
「これから、戦場に行く。でも、ちゃんと仲間同士で助け合えば、生き残れる」
「「「はい! 隊長!」」」
「それじゃあ、いく! 仲間を救う!」
「「「おう!」」」
そうして、フラン率いる義勇兵とアンデッドの混成部隊は、戦場へと突っ込んでいったのであった。