1118 黒子と白紙
クリムトに俺のことを明かして、少し気が楽になったらしい。フランは明るい顔で、狩りに勤しんでいた。ずっと、気になっていたんだろうな。
そして、アレッサにさらに肉を提供した翌日、フランは率いる予定の物資輸送部隊と顔合わせを行っていた。
アレッサの広場には、完全装備の冒険者や傭兵風の男たちがひしめいている。結構強そうなやつもいるな。全部で50人以上いるだろう。
義勇兵と言われたので、もっと民間人的な人々を想像していたんだが……。現役冒険者や、レイドスに恨みがある傭兵たちなど、戦闘力のある人間が多いようだ。
一応、集合日時に遅れずにやってきたってことは依頼に参加する気はあるんだろうが、やる気に満ちているとは言い難そうだ。
下品な雰囲気で雑談している彼らを観察していると、2人組の男女がこちらに近づいてくるのが見えた。
男の方は、強い魔力を放つ槍を担いだ小柄な戦士だ。
どうやら、人間であるらしい。顔は金属兜のせいで隠れてしまっているが、爪も角も尻尾もないし、耳も丸い。身長は160センチくらいで、かなり小柄だ。
痩せ型で一見すると後衛だが、身に着けた武具は前衛の物だった。身長よりも長い槍に、急所を補強した革鎧。そして、目の辺りに三本の横スリットの入った、仮面タイプの頭装備。
ただ、全体的に曲線を多用した優美な形状をしており、武骨さは一切なかった。筋肉の付き方を見れば、男性であることは分かるが、力強さはあまり感じられないだろう。
強者と言えるような雰囲気もないが、妙に存在感がある。勘でしかないが、かなり強そうだった。
女性――というか、少女の方も、人間かな? 長く美しい金髪はエルフっぽいけど、耳は丸い。こちらも、仮面をつけているせいで顔が見えなかった。
身長は130センチほどで、手足も細く小さい。大人ではなさそうだ。
白いローブや木製の杖を持ち、こちらの少女は後衛に思える。実力はどうかな? 武術もそこそこやりそうだ。
仮面が似ていることからも、この2人が仲間であることは間違いないだろう。黒い肌をした男と、白い肌をした少女の対比は、不思議と絵になっている。
「やーやー、どーもどーも」
「?」
「黒雷姫のフラン殿ですよね?」
彼らは一直線にこちらに近づいてくると、気軽な様子で声をかけてきた。まあ、喋るのは男性ばかりで、少女は静かに控えているだけだが。
「私は、今回の案内役を務めさせていただく者です」
「変わり者の高位冒険者?」
『ちょ、フランさん? ネルさんはそんな感じのことを言ってたけど、本人に言っちゃダメ!』
すると、フランはハッと何かに気付いた様子で、首を振った。
「ちょっと違ってた。変とは言ってなかった」
そうそう。今ならまだ誤魔化せるぞ!
「色々とアレだけど、悪い人じゃないって言ってた」
『変わってないー!』
だが、男性はカラカラと笑っていた。苦笑いとかではなく、本当に楽しげである。
「ははは、これは手厳しい。ですが、これでもランクA冒険者の中ではマシな方と言われるのですがね」
「ランクAなの?」
まじで? だとしたら、かなりうまく実力を隠している。しかも、自分が多少は変なことを自覚してるの? 確かに、ランクAの中ではマシな方かもしれん。
「はい。この国の所属ではありませんがね。マレフィセントと名乗っています。『黒子』やら『消し屋』やら『野次馬』やらと、変な呼ばれ方をしておりますね」
黒子のマレフィセント! アースラースが言っていた、相手のスキルを消滅させる、スキルイレイザーを持ってる冒険者だ!
「アースラースの知り合いの、マレフィセント?」
「そうですよ? あの人のことですから。どうせ私の悪口言ってたでしょう? 鬱陶しいとか粘着質だとか陰気だとか」
「? 言ってない」
「本当ですか? あの人も丸くなったものですねぇ。まあ、いいです。道中よろしくお願いしますね、黒雷姫殿」
「ん。よろしく」
なんか、胡散臭い感じのやつだな。ランクAの癖に超腰が低いし。悪意は感じないけど、態度が軽すぎて戸惑う。
フランの視線が、マレフィセントの後ろにいる少女へと向いた。すると、マレフィセントが少女を紹介してくれる。
「見ての通り無口なので、私が紹介させていただきますね。彼女はペルソナ。私の相棒です」
「……」
「これでも、『鑑定殺し』や『白紙』の異名を持つ、ランクB冒険者ですよ」
本当に無口なようで、少女は何も言わぬまま静かに頭を下げた。こちらからも敵意は感じられないが、顔が仮面で隠れているせいで表情が分からないな。
「鑑定殺し?」
「ええ。彼女はエクストラスキル持ちでして。彼女の周辺では自動的に鑑定系のスキルが阻害されるのですよ。白紙というのも、鑑定系の魔道具が何も写さないことからつけられた異名です」
仲間にも効果があるというのは、かなり便利だろう。自分たちの戦力を一切漏らさずに済むってことだからな。
まあ、自動で発動してしまうみたいだから、メリットだけではないだろうが。試しに自分を鑑定してみるが、鑑定不能と表示されるだけだった。エクストラスキルなわけだし、かなり強力なんだろう。
「……」
「……」
フランとペルソナが無言のまま見つめ合う。すると、フランも相手に挨拶するように、コクリと頭を下げた。なんだろう。無口同士、通じるものがあったのだろうか?
「へぇ! ペルソナがこれほど気を許すなんて、珍しいですね!」
これで気を許してるの? 全然わからん!
ただ、これだけで信用できんし、とりあえず気を抜かないようにしよう。




