1108 風の大精霊
アレッサの町の東側から立ち上る、光の柱。
「アレッサが!」
『領主館のある辺りだぞ!』
凄まじい魔力が放たれ、周辺に大きな被害が出ていた。
(声、聞こえる)
『声?』
(叫び声……)
俺には声なんか聞こえんぞ? だが、フランにはしっかり聞こえているらしい。もしかして、精霊の声か?
見守っていると、光の柱が次第に形を変えていく。その間にも周辺には暴風が吹き荒れているようだが、俺たちにはどうしようもなかった。
そして3分後。
「女の人の形になった」
『人の姿になれるのは上位の精霊だけだって話だが……』
巨大で人型。しかも、吹き荒れるのは暴風。ここまでくれば、俺たちにも分かる。
(クリムトの、大精霊?)
『間違いない。風の大精霊だ。だが、なんでこんな町中で?』
クリムトたちが襲われたのだとしても、大精霊で反撃したりはしないだろう。使えば、周辺も巻き込んで『災厄』が降りかかることは間違いないのだ。現在も、広い貴族街の半分近くが被害に遭っているだろう。
何か不測の事態が起きて、大精霊を出さざるを得なかったのだと思われた。
(どする?)
『どうするったって……』
大精霊はその場に留まったままだ。動く気配はない。だが、その場にいるだけで風が荒れ狂い、周囲への被害は増していた。
クリムトたちの気配は、感じる。大精霊の足元に、まだ留まっているようだ。動かないのか、動けないのか。そもそも、大精霊はどこまでクリムトの制御下にあるのか?
(いく)
『そうだな。あれをどうにかできるのはクリムトだけだろうなぁ……』
戦ってどうにかできるとは思えないし、少しでもあいつが暴れたらアレッサが消えてなくなる。穏便に抑え込まなくては。
「ウルシはここで待ってて」
「オン」
捕虜のことはウルシに任せて、俺たちは領主館へと向かうことにした。精霊に対してどこまで効果があるか分からないが、気配を消してゆっくりと大通りを移動する。
『こっちに気付いてはいないか……』
(ん……)
大精霊の視線はこちらを向かない。だが、精霊の視覚がどうなっているかは分からないからな。俺たちの存在を認識しているかどうか、よく分からなかった。
突然攻撃されることも考えて、警戒しながら近づく。
結果的に、それが良かったんだろう。
『フラン!』
「ん!」
咄嗟に跳んだフランが寸前までいた場所を、風の弾丸が抉っていた。まだかなり距離があるはずだが、もう攻撃されるのか!
『ちっ! やっぱバレたか! もう隠れる必要はない! 全力で走れ!』
「ん!」
隠密を解いたフランは、駆けることに全力を傾ける。無数の風の弾丸が襲い掛かってくるが、フランは全てを掻い潜ってひたすらに大通りを駆け続けた。
相変わらずこっちを見ている様子はないのに、その狙いはかなり正確だ。しかも、弾丸だけではなく、不可視の斬撃まで加わり始めた。
本当なら路地にでも逃げたいところだが、下手すると一般市民に被害が出る。幸い、狙いが正確なお陰で、大通りのフランの周囲だけが攻撃されているからな。
フランもそれを分かっており、最小限の動きと緩急、障壁だけで攻撃を躱し続けていた。
『もうちょっとだ!』
「ん……」
『どうしたフラン?』
「声、うるさい」
『精霊の叫びってやつか?』
「ん」
相変わらず俺には聞こえないのに、フランには顔をしかめるほどに聞こえているらしい。俺、精霊察知を持っているはずなんだがなぁ。微かな気配のようなものは感じるが、それは力が強い大精霊だからだろう。多分、少し強い冒険者なら俺と同じようなものは感じているはずだった。
遠めに見えてきた領主館があった場所は、酷い惨状である。
全壊と言ってもいい状態で、精霊の風によってほとんどが吹き飛ばされてしまっていた。まあ、領主館だけではなく、周辺の貴族屋敷も同様だが。
一般市民への被害はあまり出ていなさそうなことが、唯一良かった点だろうか?
貴族が逃げ出している気配があるが、精霊の攻撃を受けているようだ。生命力が一瞬で消し飛んでいく。
(師匠! あそこ!)
『クリムトたちだ!』
領主館の跡地に、クリムトたちがいた。
騎士団長のウルスも、領主のゼーノスも無事だ。だが、クリムトだけはそのローブを真っ赤な血で染め、地面に倒れ込んでいた。
左右の2人がクリムトを介抱しているが、応急手当以上のことはできていないようだ。逃げ出さないのは、クリムトが動かせないほどに重傷だからか?
もう少しで領主館跡地というところで、一際強力な攻撃が放たれる。突如巻き起こった巨大な2つの竜巻が、フランをすり潰そうとするかのように左右から迫ってきたのだ。
『フラン! このまま突っ切れ! 俺が防ぐ!』
「わかった!」
障壁だけじゃ心もとない。そう考えた俺は風魔術で2つの竜巻を作り出し、前方へと放った。大精霊の生み出した竜巻に対し、俺の放った竜巻がぶつかる。
こちらの竜巻の方が遥かに小さいが、完全に打ち消す必要はないのだ。
『よし! 少し弱まった! いけぇぇ!』
「たぁぁぁ!」
弱まったとしても、竜巻だ。俺の張った障壁がガリガリと削られる。しかし、フランの脚力であれば一瞬で暴風の柱を突き抜け、脱出できていた。
その先はもう、目的地だ。
「クリムト! いた!」
『おい! ヤバいぞ! マジで瀕死だ!』
高梨康治さんがパーソナリティを務められているラジオ、「アキバ鋼鉄製作所」第222回に、転剣の監督「石平信二」さんと、プロデューサーの「島田洋輔」さんがご出演されておりました。
少し前のことになってしまうのですが、まだ視聴することが可能ですのでぜひ聞いてみてください。
転剣のアニメについて、色々とお話されていますよ。




