1102 いざアレッサ
「アレッサ見えた!」
闇夜の遠くに微かな街の明かりが見えたことで、フランが嬉しげに声を上げた。
中々戻ってくることができなかったアレッサに、ようやく来られたからだろう。実は、道中で少々不穏な噂を耳に入れ、少し心配もしていたのだ。
それは、食事を摂るために立ち寄った、とある町の食堂でのことだった。
「レイドス軍が国境を突破したの?」
「ああ、そうらしいぜ」
「北の国境には、強い冒険者がいっぱいいるはず」
「負けたってわけじゃなさそうだが、数に押されて後退させられたんじゃないか? こっちが優勢って話だったんだがなぁ……。お嬢ちゃんも北に向かうなら気を付けた方がいい」
「ん……」
それに、もう1つフランの気分を落ち込ませる原因があった。俺たちが悪魔と戦った、ゴブリンダンジョンについてだ。
あのダンジョンに入れるようになれば、ナディアが進化一直線である。ぜひとも、公開を急いでほしかった。だが、今回の戦争で、また調査に遅れが出たようだった。
アレッサで新しいダンジョンが公開されたという情報が、どこでも聞けなかったのである。
それにしても、アマンダやジャンがいるはずなのに、国境を突破されたのか? ハイドマンから得た、南征公の大きな企みに関係しているのだろうか?
「師匠、急ぐ!」
『お、おお。そうだな』
「ウルシ! 全速力!」
「オン!」
食事もそこそこ――ではなく、ちゃんと平らげ、フランは出発を急ぐ。早食いは体に悪いから、あまりよくないんだけどな。今は何を言っても無駄だろう。
街道から外れ、原野や山林を一気に突っ切って進み続けた結果、その日の夜にはアレッサの目前へと辿り着けていた。
ただ、空気が妙に騒めいている。戦時だからか?
いや、違う。アレッサに近づくと、理由が分かった。
ボォゴゴゴゴオオォォォンン!
暗闇の中に、爆炎の花が咲く。咲く。咲く。咲く。
衝撃で吹き飛ばされているのは、レイドス王国の兵士だろうか? いや、一瞬だけ闇の中に照らし出されたその姿は、まともな人のものではなかった。
顔面が腐り、眼球が零れ落ちている者。頭部が割れ、中身が見えている者。肉が削げ落ち、白骨が剥き出しの者。
そう、アレッサを襲っているのは、大量の死霊の軍勢であった。
未だに城門は破られておらず、城壁の上から反撃が行われているようだ。
『む?』
「いま、誰か見てた?」
『フランも感じたか』
ほんの一瞬だけ、視線を感じた。だが、すぐに気配が消えてしまう。アレッサからではなかったように思うが……。
「師匠!」
『今は向こうだな! だが、いきなり攻撃はするなよ? 死霊の軍勢だけなのか、アレッサ側の戦力が斬り込んでるかもよく分からん』
「ん」
俺たちはとりあえずアレッサに入ることにした。
ゴルディシア大陸での戦いで、指揮官の重要性はしっかり理解できている。勝手に戦うのではなく、しっかりと指示を仰がねば。
ただ、どう入ろうかね? いきなり城壁に近づいたら、混乱させてしまうかもしれない。
そこで、俺たちは光魔術で自分たちを光らせながら、あえて目立って近づくことにした。ウルシは陰に入っていてもらい、フランだけである。
ピカピカと光る美少女が、闇の夜空を歩いてくる光景は異常だが、即座に敵とは思われまい。それに、アレッサにはフランを覚えている者がたくさんいた。
すぐに正体に気づき、迎え入れてくれる。
「フランじゃねぇか! 援軍に来てくれたのか?」
「エレベント」
「こっちだ! 降りてこい!」
真っ先に声をかけてきたのは、ドワーフのエレベントだった。彼が南側の城壁の指揮を執っているようだ。
弱いわけじゃないが、確かランクD冒険者だぞ? もう少し上の指揮官がいないのだろうか? だが、これにも事情があった。
アマンダやジャンなどを主体とした迎撃部隊は、未だに国境線で戦いを続けているらしい。アレッサにやってきた死霊の軍勢は、そこを抜けた少数の部隊でしかないそうだ。
数千はいそうな死霊の軍勢が、防衛網をすり抜けた少勢扱いでしかないとは……。最前線ではどれほどの激闘が繰り広げられているのだろうか?
ただ、フランはそれを聞いても落ち着いている。ゴルディシア大陸で万を超える抗魔とやり合ってきたのだ。たかがアンデッドの数千、大した数ではないように思えているのだろう。
「エレベントよりも上のランクの人は?」
「それが、町の中に敵が入り込んでな。それを追っている」
「! それは大変!」
「ああ。かなりすばしっこいらしくてな。城壁の指揮を執っていたランクC冒険者が、追跡に向かってよ。仕方なく俺が指揮してんだ」
「なるほど……」
「領主の館が指揮所になっている。ギルマスもそこだ。急いで顔を出しちゃくれないか?」
「ここは?」
「なに、アンデッドどもの数は多いが、大した強さじゃねぇ。しばらくは問題ないさ」
「わかった」
「来てくれてありがとうな。高位の冒険者が救援に来てくれたっていうだけで、まだまだ戦えるぜ」
実際、エレベントの周囲にいる冒険者たちの表情も、さっきより明るい。主力は出撃しており、助けがくるかもわからない。しかも相手は未知数。
そこに、アレッサで名を上げた、高ランク冒険者の登場だ。小娘とは言え、その実力は間違いない。かなり不安が取り除かれたことだろう。
「アンデッドを倒す術、使う?」
「広範囲を浄化するような術、使えんのか?」
「ん」
「うーむ。いや、ちょっと待ってくれ。城壁の上にはこっちの仲間の死霊術師もいるんだ。そいつらの使役してるアンデッドまで、倒されちまう」
なるほど、ジャンはいなくても、他に死霊術師はいるか。
「そいつらを下がらせるから、先にギルマスんところに行ってくれ!」
「わかった」
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