1101 エスメラルダの異名
ハイドマンと名乗ったアンデッドを倒した俺たちは、一度王城へ戻っていた。デリクに、ハイドマンの情報を聞き出すためだ。すると、そこでは懐かしい顔が待っていた。
「フラン!」
「エリアンテ!」
王都のギルドマスター、エリアンテだ。
ただ、ちょっと怒ってる?
「まったく! 王都にきたなら、まず私のところに顔見せなさいよね」
「この後いくつもりだった」
「仕方ないのは分かってるわよ! でも言いたいの!」
挨拶に行く前に、王城でエスメラルダからの依頼を受けてしまったからね。エリアンテもそれは分かっているようだが、ついつい愚痴が出てしまったらしい。
「だいたい、あの妖怪ババァの依頼を断るなんて、できるはずないし。今回の依頼の参加者にあなたの名前が急遽追加されて、驚いたわよ」
「エスメラルダのこと、知ってるの?」
「そりゃあ、元ランクA冒険者だしね。私がギルドマスターになった頃にはもう引退してたけど、伝説は色々あるし。王家に仕えてからも、伝説だらけだし?」
裏の頭領であるため、エスメラルダが自分から前に出ることは少ない。だが、聞く者が聞けば、エスメラルダの仕業だと分かる様な事件や伝説が、いくらでも存在しているらしい。
「一番有名なのは、異名のもとになった、血鼠かしらね?」
「血鼠? エスメラルダの異名、座陣じゃないの?」
「有名な冒険者や傭兵、騎士になると、いくつも異名がある場合も多いわ。あなただって黒雷姫だけじゃなくて、黒猫聖女とか魔剣少女とか、色々あるじゃない。ああ、バルボラだと、『艦隊潰し』とか呼ばれ始めてるみたいだし」
え? 艦隊潰しって……マジ? いや、確かに艦隊を潰したけどさ。でも、フランが戦う姿は冒険者たちに見られているし、レイドスの艦隊を撃沈したことも、報告してある。
それを知った冒険者たちがそう呼んでも、おかしくはないだろう。なんせ、水竜艦を擁する大艦隊を撃破したのだ。俺たちが思っている以上の、大戦果なのだろう。
「エスメラルダさんの異名でも特に有名なのは、貴女も知っている『座陣』。自身は一切動かず、砂を使って超広域を支配することから名付けられた異名ね」
冒険者だった時には、大発生したコボルトの集団を町の中にいるまま殲滅したこともあるらしい。密偵となってからは、その能力で王都中を監視し、犯罪者や間者を次々と検挙していった。そのことから、座陣の異名が知られるようになったという。
「で、もう1つ有名なのが『血鼠』。こっちはエスメラルダさんを嫌ってる奴らが呼ぶ蔑称でもあるけどね」
エスメラルダは、時には殺しも行う。暗殺といって良いかどうかわからないが、現行犯の重犯罪者を遠隔で処理してしまうことがあるらしい。貴族などにも容赦なく、危険な人物として嫌われていた。
その殺害方法が、砂の鼠を使った首狩りである。密偵代わりにエスメラルダが放った砂の鼠が、暗殺者に早変わりして首を噛みきるのだ。噴き出す血で真っ赤に染まった砂の鼠から、いつしか貴族の間では血鼠と呼ばれるようになったらしい。
「あの人、自分で血鼠って名乗ることもあるのよね。そのせいで、今じゃ血鼠の方が有名なくらいよ」
「ひゃひゃひゃ! ドスが利いてる名前の方がいいじゃろ?」
「! いつの間に」
「隠密の長じゃからな。気配を消すのは得意なんだよ」
エリアンテが驚いた様子で振り返ると、部屋の入り口にエスメラルダが浮いていた。隠密の技に加え、静音性の高い砂の椅子を使うことで、気配をさらに殺しているのだろう。
俺やフランは気づいたが、エリアンテは接近に気付けなかったらしい。
「ギルドを通さない依頼は、ほどほどにしてほしいわね?」
「ほれ、依頼書じゃよ」
「全部終わった後じゃない! まったく、純粋な子供を利用しちゃって! 他のギルマスから嫌み言われるの私なんだからね!」
おっと、ギルドをまだ通していなかったらしい。別に罪になるわけじゃないけど、ギルドを蔑ろにしたようには思われたくないな。
いや、エスメラルダに上手く言いくるめられたように思ってくれているみたいだし、大丈夫かな?
「じゃが、その方がお主らも都合がよいのではないかね?」
「どういうことよ?」
「我が国からの黒雷姫の評判もだいぶ上がったぞ? 嬉しかろう?」
何の話だ? ギルドと国の政治的な話かね? 強い冒険者を抱えていれば、ギルドの権威も上がるしな。
「……どこまで見えてるんだか」
「ひゃっひゃっひゃ! なんせ妖怪ババァじゃからなぁ!」
「き、聞いてたの?」
「王都で囁かれる儂への悪口は、全て儂の耳に入るようになっているのさ」
そう言って嗤うエスメラルダは迫力があり、あながち冗談ではないのかもと思わされる。エリアンテはこれ以上言い争っても勝てないと思ったのか、苦笑いを浮かべて黙ってしまった。
「ぐぬぬ」
「ねぇ。報告いい? それとも、もう知ってる?」
「おお、すまんな。長々と無駄話に付き合わせたね。小娘がうるさいもんで、ついついね」
「ん。だいじょぶ」
エリアンテは何か言いたげだが、結局口を開かなかった。これ以上言い争っても口では勝てないと悟ったのだろう。
その間にフランは、エスメラルダに対し手に入れた情報を全て語って聞かせる。
「うむうむ。砂で聞いておったが、黒骸兵団のう。厄介な相手じゃ。アンデッドともなれば、補充も容易かもしれん」
確かに、強者の遺体があれば、増やすことは可能かもしれない。今回は第6席を倒したが、また新たな第6席がすぐに登場する可能性もあるのだ。
「デリクに、ハイドマンのことを聞きたい」
「既に聞き出しているよ」
俺たちが戻るまでに、デリクを尋問済みであったようだ。ハイドマンは、南征公の配下でもトップクラスの密偵であるらしい。気づくとどこにでもいる、凄腕の隠密特化タイプだそうだ。奴とデリクを失ったことで、情報戦ではかなりの弱体化が予想されるという。
「ひゃひゃひゃ、お手柄だよ黒雷姫」
「ん」
「ともかく、国からの依頼はこれで達成とするよ。よく働いてくれたね」
「ん」
「この後、どうするかは好きにするといい。王都で仕事をするというのなら他にも頼みたいことがあるし、北へ行くというのならアレッサの領主への紹介状くらいは書いてやろう。まあ、お前さんには必要ないかもしれんがな」
前回の後書きのもう少しというのは、あれです。鳥山先生的なやつですwww
50話、100話程度で終わるわけじゃないので、ご安心を。
レビューをいただきました。
韓国語に翻訳しながら読むというのはかなり大変なことだと思いますが、それでも最新話まで読んでいただけるとは! 感激です!
あと、お金持ちになってほしいと言われたのは初めてですwww
ありがとうございます。