1098 闇奴隷救出
「きゃぁぁぁぁ!」
中にいた召使いの女性が上げる悲鳴が、屋敷中に響き渡っただろう。これで侵入はバレたが、構わない。そもそも、エスメラルダには派手にやれと言われている。
国難であることを逆手にとって、どうせ厳しい処分は下せないと高を括っているアシュトナー一派の貴族たち。奴らに、これまでは大目に見てきたが、これ以上調子に乗るなら叩き潰すと警告することが目的なのだ。
だから、結界で音を消すようなこともしていないし、突入時も門の前で堂々と問答をしていた。
「な、なにを――うっ!」
『よ、容赦ないな』
「?」
フランが電撃を浴びせて、召使いの意識を奪う。まあ、敵認定の相手を殺さないだけましかね?
ブルーは子爵がいると思われる執務室を目指すようだ。なら俺たちは、この屋敷で特に強そうな気配を目指すとするか。
子爵がいると思われる部屋ではなく、地下にいるんだよな。
使用人や兵士を気絶させながら、屋敷内を駆ける。すると、屋敷の奥でようやく地下への階段を発見していた。だが、降りてみると、そこには人がいない。
まあ、俺たちにはバレバレだけどな。
「はっ!」
フランが右手の壁を蹴りつけると、大きな穴が開いて隠し部屋の存在が露わになる。そこには4人の人間が隠れていた。
『子爵だ』
こっちに隠れていたらしい。居留守を使ってやり過ごすつもりだったのかな?
『フラン。この部屋、書類なんかが置いてある。あれはそのまま確保したいから、できるだけ被害を出さずに制圧するぞ』
「ん」
頷いたフランは、既に騎士をワンパンで倒している。この屋敷内では最強でも、フランの敵ではなかったのだ。
その後、子爵を俺の念動で叩きのめし、けばい夫人と、オークにしか見えない息子をフランが首筋チョップで沈めた。
書類は裏帳簿や、違法な品の売買記録などであった。現物も出てきた。ただ、闇奴隷はいない。どうも、アシュトナー侯爵家が目立たぬよう、名義を貸していただけらしい。
『それに、レイドスの密偵はいなかったな』
「ん」
屋敷から逃げ出す気配もなかったし、最初から密偵はいなかったのだろう。
その後は、アシュトナー侯爵の配下だった貴族の屋敷を巡り、次々と踏み込んで捕らえていくフランたち。
すでに5家を潰している。
最初の家で、偉い奴は地下に逃げこむと学習したのだろう。フランはまず地下を捜して踏み込んでいる。
まあ、最初以外で当たりを引くことはなかったけどね。それでも、隠し帳簿やら、闇奴隷やら、色々と発見できている。
特にフランが捜しているのは、闇奴隷だろう。2軒目で闇奴隷を発見したことで、彼らを救出することが最大の目的となったのだ。貴族とかは兵士に任せておけばいいと考えているんだろう。
「もうだいじょぶだから」
「は、はい」
「これ食べる?」
なんと、カレーを食べさせてやっている。フラン的には、最大の気遣いなのだ。
闇奴隷に対する優しさに反比例するように、彼らを隠していた屋敷では血の雨が降っている。情報を引き出さなきゃいけないからギリギリ殺してはいないが、かなり悲惨な状況が生み出されていた。
エスメラルダが狙った状況が、これなのだろう。
6軒目は非常に従順であった。どうやら、他の部隊も順調に屋敷を制圧していっているようで、王都全体ですでに10家以上が取り締まられているらしい。すでにその話が広まっているのだろう。逆らって酷い目に遭うよりは、大人しく捕まる方がマシだと考えたらしい。
フランたちが次の屋敷へ向かおうとしている時であった。
「お待ちください。エスメラルダ様から連絡が入りました」
「連絡? いつ?」
「今です」
ブルーはそう言うが、通信の魔道具は身に着けていないように見える。フランも首を傾げているな。
すると、ブルーが手に持っている何かを差し出した。そこには、小さな砂の塊が乗っている。
「これは?」
「エスメラルダ様の砂です。これを通じて、会話することが可能なのです。それどころか、遠見まで行えるのですよ」
座陣のエスメラルダと言われる所以が、砂による通信網であるのだろう。広範囲に砂を撒いて、それを通じて監視や通信を行えるようだ。
むしろ、砂の制御に集中するには、動かない方がいいのかもしれない。
ブルーから砂を手渡されると、フランを通じて俺にもエスメラルダの声が伝わってくる。念話ではなく、砂を振動させた骨伝導的な会話方法であるらしい。
『デリクって男から、幾つか情報を聞き出した。あのリスト外の貴族の名前が出たから、そこに向かってくれるかい?』
「もうデリクの口割らせた?」
まだデリクを預けて数時間だぞ? サティアの手を借りたのかと思ったら、そうではないらしい。
『ひゃっひゃっひゃ。長く生きてるんでね。色々と手は知っているのさ。あの男、痛みや薬物への訓練は積んでいても、快楽方面はそうでもなかったみたいだねぇ。ひゃひゃひゃ!』
詳しくは聞かないが、普通とは全く違う拷問を行なったらしい。やはり暗部の頭領なんて、色々とヤバい知識を持っているんだろう。
エスメラルダに指示されたのは、ブルーも全くノーマークだったというとある男爵の屋敷であった。ノアレ男爵という、地味な貧乏貴族である。
あまりにも存在感がなさ過ぎて、今まで疑われることがなかったという。そこが、実はレイドスと繋がりがあるそうだ。あえてアシュトナー侯爵と関係を持たず、いざという時に一緒に疑われないように振舞っていたんだろう。
各所で大騒ぎの起きる貴族街の中でも端の方に、その屋敷はひっそりと建っていた。王城の影のせいで、うす暗い一角だ。
「ここ?」
「はい。ノアレ男爵邸は、ここのはずなのですが……」
ブルーも困惑気味だ。本当に貧乏下級貴族の屋敷って感じで、門番さえいなかった。壁は崩れているし、庭の手入れも行き届いていない。密偵を匿っているとは思えない外見である。
それでも、フランの顔にはやる気が満ちていた。微かにだが、何かの気配が感じられるのだ。何者かは分からないが、かなりの隠密能力を持った存在がいることは確かだった。この距離で正確な場所が分からないって言うのは、相当な使い手だろう。
『ウルシ、いざという時は追跡を頼む』
(オンオン!)
王都であまり活躍できていないウルシは、やる気満々だ。相手は隠密に特化しているようだし、逃げられる可能性もあるからね。
俺たちは門を自分で押し開き、そのまま屋敷の扉を叩いた。多少乱暴目なのは、相手を威圧する意味もあるからだろう。
しばらく待っていると、屋敷の中から1人のメイドさんが現れた。朴訥とした感じの、ちょっとドジっ子属性でもついていそうなメイドさんだ。
「な、何事でしょうか?」
「敵国の密偵がこの近辺に逃げこんだという通報があった。中を検めさせてもらおう」
「え? え?」
未だに兵士に扮するベイルリーズ伯爵とメイドさんのやり取りを聞いていたんだが、この人は本当に何も知らないようだった。ただ、近づいて確信する。屋敷のどこかに、確実に何かがいるのだ。
「どいて」
「ち、ちょっと待ってください!」
「待たない」
フランはメイドさんを押しのけて、屋敷へと足を踏み入れた。奥から出てきて困惑の表情を浮かべているのは、男爵本人かな? フランが直接質問をぶつけた。
「レイドスの密偵は、どこ?」
「な、何のことやら……。一体、どうしたというのですか? レイドスの密偵など、いるわけがないだろう?」
『嘘だ』
メイドはともかく、男爵はさすがに知っているらしい。
フランはそのまま俺を突き付けた。
「ここにいることは分かってる。嘘を吐かないで案内すれば、死なずに済むかもよ?」
「ぶ、無礼な! 貧乏男爵家とは言え、我が家はれっきとした貴族――ぎゃぁぁ!」
「こっちは国の命令でやってる。貴族かどうかなんてどうでもいい」
あー、レイドスの仲間ってことで敵認定してるからな。最初っからトップギアだわ。血が流れる太腿を押さえて呻く男爵を見下ろしながら、フランが再び問いかけた。
「もう1度聞く。レイドスの密偵は、どこ?」
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