108 イビル・コボルト
「師匠、あそこ人がたくさん」
『バルボラに向かってるみたいだな』
「でも……なんか変?」
B級魔境、水晶の檻からバルボラへ戻る道中。俺たちは街道の先に馬車の一団を発見していた。
今日は月宴祭だし、ここからならバルボラまでは1時間くらいだ。近隣の村からバルボラへ向かう人々が居てもおかしくはないだろう。
ただ、どうも様子が変だな。悲鳴みたいなものも聞こえるし。
『うーん? いや、あれ魔獣に襲われてないか?』
どうやらコボルトの群れに追われている様だ。
『ウルシ、飛ばせ!』
「オン!」
空中から近づいてみると、4人の冒険者たちがコボルトと戦っているのが見えた。
「おい、頑張れ! ドレッグ!」
「そうだ! 俺たちが抜かれたら村の皆が襲われるんだぞ!」
「死ぬ気で防げ!」
「分かってるさ! 馬車が逃げる時間くらいは稼いで見せる!」
「その意気だ!」
村人の乗る5台の馬車を逃がすため、体を張ってコボルトたちを押し止めているらしい。かなり酷い怪我を負っている者もいるようだが、逃げ出す素振りはない。
へえ、なかなか男気がある奴らじゃないか。
「助ける」
『おう。リーダーっぽいのは……あれか』
種族名:イビル・コボルト:邪人:魔獣 Lv20
HP:139 MP:72 腕力:66 体力:71 敏捷:78 知力:29 魔力:41 器用:54
スキル
威嚇:Lv4、指揮:Lv3、爪闘技:Lv3、爪闘術:Lv3、跳躍:Lv4、気力操作
固有スキル
邪術:Lv3
称号
邪神の下僕
説明:不明
なんか変な固有スキルと称号がある。邪術に邪神の下僕って、どう見ても邪神の眷属なんだけど。いや、コボルトは元々邪人だから邪神の眷属なのは確かなんだけど……。こいつは特に邪神の加護が強いってことか? 能力も相当高いし。昔闘ったゴブリンキングを大幅に上回る。
しかし、邪術か……。魔石吸収したら、手に入っちまうのか? もし手に入れちゃったら、邪神の眷属とみなされてしまうのだろうか? 怖いな。
『魔石は吸収しないように、魔術で倒そう。なんか、邪神の眷属っぽい』
「ん。分かった」
『ウルシは雑魚をやれ』
「オン」
フランはウルシの背から飛び降りると、落下の勢いのまま1匹を真っ二つにする。そして、まだこちらに気づいていない雑魚コボルトたちを次々に切り捨てた。
突如現れた1人と1匹に、冒険者たちもコボルトたちも驚いているな。だが、俺達は容赦しない。ウルシはコボルトたちを薙ぎ払い、フランはさらに2匹を葬る。
そして、俺が使える中で最強の魔術、インフェルノ・バーストが放たれる。
「グオギャォォォォォ――」
邪神の加護を警戒して強めの魔術を使ったが、所詮はコボルトだったようだ。一瞬で消し炭になってしまった。魔石は残っているが、いらんし。とりあえず収納しておくとしよう。
リーダーがやられたことが分かると、コボルトたちは一斉に逃げていった。強いボスに率いられて、ちょっと調子に乗ってたみたいだな。それが殺されたことで、途端に臆病なコボルトに戻ってしまったんだろう。まあ、雑魚だし、倒すのも面倒だから楽でいいけどね。
冒険者たちは、まだ呆然としていた。俺たちが現れて2分くらいの出来事だしな。正体不明の子供と狼が突然降ってきて、自分たちが苦戦しているコボルトを蹂躙し始めたと思ったら、そのコボルトが急に逃げ出したわけだ。事態の推移についていけていないんだろう。
「――エリア・ヒール」
とりあえず怪我しているようだから、回復をしておいてやる。すると、ようやく思考が戻ってきたらしい。
「お、おお?」
「か、回復魔法か?」
「た、助かった」
「何が起きた?」
冒険者たちはE級パーティ、セドルスの風と名乗った。セドルス村と言う小さな村を拠点に活動しているそうだ。
ようやく新人の域を抜け出し、1人前の冒険者としてバリバリ稼ごうと意気込んでいた彼らが、小さな寒村であるセドルス村に居つくまでには、涙あり感動ありの大長編過去話があったらしい。だが、全く興味がないので聞き流しておいた。
ただ、村人たちに感謝しており、体を張って守るという意気込みは伝わってきた。怪我してもコボルトの前に立ち塞がり続けたし。嫌いじゃないぜ。
冒険者たちはフランに握手を求めながら、口々に礼を言ってきた。低級冒険者である彼らにとってはコボルトの素材もそれなりの収入源になるはずだが、礼として自分たちが倒した分も譲ると言ってきた。やっぱ気の良いやつらみたいだな。4人のむさ苦しい男たちがフランを囲んでいる絵は少々犯罪チックだが。まあ、時間もないし、コボルト素材なんかいらないので断っておいたが。
先行していた5台の馬車も戻ってきて、村人が降りてくる。彼らは自分たちを救ってくれたことよりも、冒険者たちを助けてくれたことに対して頭を下げていた。良い関係の様だ。
村長さんに話を聞くと、やはりバルボラに向かう途中だったらしい。あと数時間で始まる月宴祭を見るためだ。
「この街道はいつももっと賑わっておるので、コボルトなんかは近寄らんのです。ただ、今日は商人も冒険者も早々にバルボラに引っ込んでしまったので」
月宴祭のせいで街道の人の数が減り、魔獣が出やすくなっていたらしい。町も巡回兵を使って見回りはしているが、手は足りていないようだな。
せっかく助けたのに、また魔獣に襲われて全滅でもしたら寝覚め悪いし。あと1時間くらいでバルボラという事もあり、俺達は彼らを護衛しながらバルボラへ戻ることにした。
6人乗りの馬車で少しだけ詰めてもらい、座らせてもらう。多少狭いが、フランの強さは見ているので、皆歓迎してくれているな。子供と言うのも大きいようだ。おばちゃんが干し芋をくれたし。ちなみにウルシは殿だ。
「もむもむ」
「あっはっは。良い食べっぷりだねぇ。ほれ、これもどうだい」
「おむもむむ」
「おうおう。めんこいねぇ。こっちも行きんしゃい」
「ももむ」
「リスみたいでかわいい~。これも食べて」
「ももんむ」
ほっぺを膨らませて食べ物を頬張るフランに、同乗していたご婦人方から黄色い悲鳴があがる。うんうん、フランは可愛いからな。フランも楽しそうだ。
ウルシに乗れば10分くらいの距離だったけど、馬車に乗せてもらって良かった。色々と面白い話も聞けたし。
彼らは今日から3日間、バルボラに滞在するらしい。こういう観光客は多いらしく、近隣の村々から続々と人が集まってくるそうだ。
彼らの目的の1つが料理コンテストらしい。ただ、時間もお金もない村人たちは、多くても4軒くらいしか回れないらしい。
出場者の発表があったのは昨日だが、行商人や伝令により近隣の30程の村には情報が伝わっている。そして、効率よく露店を巡るために、20ある露店の中からすでに行く露店を決めてしまっているというのだ。
「昨年優勝のドドロスさんは今年は出場しないんでしょ?」
「ノーランド王国の宮廷料理人になっちゃったから~」
「去年2位の竜膳屋さんと~」
「お肉ガッツリのジェフのステーキハウスでしょ?」
「あとは村じゃ食べられない魚介類の串焼き売ってる海鮮串屋じゃ~」
「そして、最後はバルボラ孤児院よね~」
「バルボラ孤児院?」
最後のだけ意味が分からず、フランが聞き返す。
「ええ、そうよ。孤児院で料理を担当してるイオさんという方が、この日だけ屋台を出すの。他の露店みたいに高価な材料を使ってるわけじゃないけど、ほっとする味なのよね~」
「それに、応援したくなるのよ」
「味だって抜群よ。なんであの材料であんな美味しい料理が作れるのかしら? 尊敬しちゃうわ~」
「ね~。去年なんて4位だったでしょ?」
という事らしい。
有力な店の情報も有り難いが、大事なのは彼らが回る露店をすでに決めているという事だった。こういったお客さんは多いらしい。つまり、俺達新規出場組が割り込む隙が少ないってことだ。
ただ、不幸中の幸いで、俺達の勝負はカレーパン。数日は取っておけるし、冷めても美味しい。オヤツ感覚で買ってもらう方向を目指そう。
「私たちも、コンテストに出る」
「ええ? そうなの?」
「ん。師匠が出場する。私は手伝い」
「もしかして、初出場の「黒しっぽ亭」? 料理人の名前が師匠っていうらしいし」
黒しっぽ亭は、書類記入の時に適当に付けた名前だ。一応フランとウルシにかけてある。
「そう」
「へえ。どんな料理を出すの?」
「カレーパン」
「聞いたことないのう」
「師匠のオリジナル。香辛料たっぷりで凄くおいしい。でも、1つ10ゴルド。冷めてもおいしくて、持ち歩きもできる。オヤツに最適」
フランの宣伝におばちゃんたちが食いついているな。
「それって、何日も持つの?」
「もつ。お土産にも最適」
「それなら、村のみんなに買って行けそうだね」
「そうだな。じゃあ、フランちゃんの露店にもぜひ寄らせてもらうよ」
「ん。歓迎する」
よしよし、お客さんゲットだぜ。




