1096 エスメラルダの依頼
「さて、今回あんたに頼みたいのは、レイドスの密偵の捜索と、国家に反逆している恐れのある王都住まいの貴族家の摘発だ」
「貴族の摘発?」
いきなり依頼内容を話し始めたエスメラルダ婆さんだが、その内容は結構衝撃的だった。フランも困惑している。
密偵を探すというのは、まだいい。ギリギリ冒険者の仕事の範疇に入らなくもないだろう。だが、国家に反逆した貴族の摘発って、冒険者に頼むような仕事か?
「ああ、嬢ちゃんに先頭に立てとは言っとらんよ? ただ、戦力が足りていなくてねぇ。使えるもんは使おうってことさ。それに、あんたなら情報を隠す必要もない」
「?」
「これさ。元々は、あんたが得た情報だって聞いてるよ?」
エスメラルダが取り出したのは、1枚の紙であった。何かのリストのようで、文字がズラーッと書かれている。
それをよく見て、気が付いた。このリスト、俺たちが手に入れた闇奴隷商人のリストとかなり近い内容だ。
それもそのはずだった。これは、あの顧客リストから、クランゼル王国の貴族、商家の名前だけを抜き出したものであるという。
「ひゃっひゃっひゃ。いい時に出したねぇ。今なら握り潰すような馬鹿が少ないし、あんたの名前のお陰で信憑性も高くなる。何も考えてないみたいな顔して、やるじゃないか」
なんか、過大評価されてるな! ランクが上がるまで、秘蔵していたように思われているらしい。
「最高のタイミングだったよ。くくく。闇奴隷の売買は国家の法で禁止されているんだ。それを無視したってことは、ぶっ潰されたいってことさね。いい理由ができたよ」
「ですが、これだけの貴族家を一気に潰しては、混乱が……」
メイドの言葉を、エスメラルダが鼻で笑い飛ばす。
「はん! だからどうした? 私が優雅に茶を飲んでる間に、暗部も随分と温くなったもんだ。だから舐められるんだよ。いいかい? 怖れられるんだ。暗部に逆らえば、ただじゃすまない。そう思わせることが、抑止力になって国家の安定に繋がるんだ」
「……ですが」
「ですがじゃない! 敵は殺し尽くせ! 疑わしきは潰せ! 怪しい奴は徹底的に調べろ! それが暗部さ! だいたい、なんであんたは私の言葉に逆らってる? 小娘ごときが」
「……ひぅ!」
「!」
一瞬、エスメラルダから凄まじい殺気が放たれた。濃密で深い、深海の澱のような殺気だ。暗部でもそれなりの上位者だと思われるメイドさんが、顔を真っ青にして震えあがったほどである。
フランも、一瞬だけ身構えかけてしまった。さすが暗部の元頭領。凄まじい威圧感だった。弱く見えるのも、やはり俺たちが見抜けないレベルの擬態だったってことなんだろう。
「悪かったね嬢ちゃん。若いもんの躾があまりにもなってなかったもんでね。やっぱ、どいつもこいつも躾けし直さないとダメそうだ」
「ん。だいじょぶ」
「ひゃっひゃっひゃ! 顔色一つ変えんとは、さすがだよ!」
「それよりも、依頼って?」
「おお、そうだったね。老人は話が長くなっていけないよ。アシュトナーの馬鹿の事件があった後、その手下がかなり潰された。だが、王都の貴族の中には、まだレイドスと繋がっている者たちが多数いるはずだ。そいつらが、レイドスの密偵を庇っている可能性が高い。ここまではいいかい?」
「ん」
「で、レイドスに寝返っている貴族どもを潰したいんだが、内偵には時間がかかる。だったら、違う容疑でぶっ潰しちまえばいい。それが、このリストってわけだ」
なるほどな。レイドスとの内通容疑じゃなくて、闇奴隷売買の容疑で捕まえちまおうってことか。
「戦闘力もあり、隠密能力もある。それに、リストのことも知っているから、情報の面でも問題なし。できればあんたに依頼を受けて欲しいんだが、どうだい?」
エスメラルダが依頼書を出してきた。見たところ、問題ないだろう。
(師匠、いい?)
『ああ。相手が相手だしな』
闇奴隷の売買に関わった貴族たちともなれば、フランにとってはレイドス並みの怨敵だ。国家の権力を背景に潰せるのであれば、むしろ望むところなのだろう。
フランがこの依頼を受けたがるのは、必然のことであった。
「……わかった。依頼受ける」
「おお! 助かるよ!」
それにしても、俺たちがリストを提供してから、まだ数日だぞ? 裏取りとか終わってるのか? フランが疑問を口にすると、エスメラルダがニヤリと笑う。
「あの紙にはしっかりと契約を結んだ形跡が残っていたからね。ありゃあ、ただ顧客の名前を載せただけじゃなくて、魔法の書類だったのさ。まあ、いずれ貴族どもを脅すためにとっておいたんだろうさ」
俺たちには分からなかったが、錬金術師なら色々と読み取ることが可能だったらしい。
しかも、記されていたサインや印が、以前に押収した闇奴隷商の契約書と一致するという。クランゼル王国側としては、限りなく信憑性があると判断したらしかった。
それに、リストに載っている貴族たちは、元々アシュトナー侯爵の派閥に属している者たちばかりだ。国としても、介入する口実を捜しているところだった。難癖に近くとも、今潰してしまいたいらしい。
「そこまで教えていいの?」
「あんたならいいさ。半分関係者みたいなものだし、今回も働いてもらうからね。よろしく頼むよ?」
「ん。任せて」
エスメラルダは早速動くつもりであるようだ。何かを投げてよこした。
「嬢ちゃん。それ被りな」
「これは?」
「認識阻害の効果があるマスクさ」
マスクといっても口に着けるやつじゃなくて、目元を覆うベネチアンマスクタイプのものだ。漆黒に金縁で、中二心をくすぐられるのだ。
「防御力はないが、顔を覚えられなくなる。貴族に恨まれたっていいことないからね。着けときな」
「わかった」
『これは、いいアイテムだな』
どうやって変装しようか悩んでいたけど、一気に解決してしまった。
「依頼が終わったら返してもらうからね。使いようによっちゃ危険なアイテムなんだ」
『ですよねー』
暗殺者とか、絶対に欲しがるのだ。
「まずは、近頃怪しい動きをしている貴族の屋敷に行ってもらうよ」
「ん」
「どうせ潰す相手だ。手加減せずにやっちまっていいからね」
「分かった」
『待て! 手加減はしないとダメだ!』
(?)
フランが手加減せずにやったら、屋敷以外にも被害出るんだからねっ!
Abema様でアニメ第3話が公開されましたね。
自分が原作の作品に飯テロされるとは思わなかったwww
Abema様では、3話までは無料視聴可能なようですので、ぜひこの機会にチェックしてみてください。
 




