1095 エスメラルダ
ベイルリーズ伯爵は、サティアが何らかの陰謀を企んでいないか、探る役目でもあったらしい。
彼が去ってから30分後。応接室で待たされていたサティアが、再び違う部屋へと案内されていった。
フランはこの場で待機だ。クランゼル王との謁見であるため、護衛などは連れていけないという。
フィリアースの王族は悪魔の力を使うことは知られているし、万が一のことを考えて戦力を最小限にしておきたいんだろう。サティアの目的が王の暗殺だった場合、フランがどう動くか分からないしな。
後は、マウントを取る目的もありそうだった。クランゼル側はフィリアースと同盟を組みたいが、できるだけ自分たちが優位に立ちたくもあるはずだ。
そのため、サティアに対して自分たちの方が立場が上だと言外に示したいのだろう。クランゼル側は護衛も含めた大人数で、サティアはたった1人。それが、両国の立場であると暗に示しているのである。
国同士の関係はただの仲良しこよしでは済まないし、これも駆け引きだ。
それでも雑に扱うつもりはないのか、待たされるフランは無限お茶菓子パーティ状態だった。食べた端から食べ物が補充されている。
王宮で出されるような高級菓子を、すでに数十人分は食べてるよな? 数人いるメイドさんたち、全く表情が変わらないんだけど? 俺だったら、絶対に顔を引きつらせているだろう。それが、全員無表情のままだった。さすが王城の使用人。プロフェッショナルだぜ。
ただ、ここで表情を変えたのは、フランの方であった。王城の周囲で、ほんのわずかに怪しい気配があったのだ。
遠いうえにほんの一瞬だったため、もう気配を追うことはできない。だが、明らかにスキルや魔術を使って、気配を誤魔化している印象だった。
(敵?)
『うーむ。どうかな。この距離だと、敵意や悪意は感じられんからな』
敵の密偵なのか、クランゼル王国の暗部なのか分からない。後者だった場合、騒ぎ立てるのは良くないだろう。
この気配に反応を見せたのは、俺たちだけではない。いや、フランが何かに反応したことに反応した? それは、部屋の隅で控えていたメイドの1人である。
実は、他のメイドよりもかなり強いことは分かっていた。護衛兼監視役なんだろう。左手を耳に当てながら、こちらへ歩いてくる。
「気づかれたのですか?」
「王城の外?」
「やはり……。凄まじい実力ですね」
フランが遠くの気配を察知したことに、驚いている。だが、すぐに真顔に戻ると、フランに何もするなと言ってきた。
「こちらの人間が対処中です。今は動かれませんよう」
「……わかった」
左耳のピアスが、通信系の魔道具なんだろうな。あれで、外の状況を確認しているらしい。
「何が起きてる?」
「まだ詳しいことは。ですが、魔術で姿を消したものが、王都内に入り込んでいる可能性が高いようです」
レイドス王国の密偵か? 北へ多く戦力を割いているのであれば、王都の警備も緩くなっているだろう。それを見越して、王都に密偵を潜り込ませていてもおかしくはなかった。
フランは少しウズウズしている。飽きてきてるんだろう。だが、ここで勝手に動くわけにはいかない。
サティアを待っていなくてはいけないし、王城内で変な真似したらこっちが犯罪者になるからな。
それからさらに1時間。さすがのフランの腹も膨れてきた頃、ようやくサティアが戻ってきた。その表情からも、王との会談が悪くない手応えだったことがうかがえる。
「フランさん。私は、このまま王城でお世話になることとなりました。護衛の依頼もここで完了となります」
「ん。分かった」
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げるサティア。王城に残るというのは、ある意味で人質という意味でもある。心が完全に休まることはないだろう。
それでも、サティアは笑顔だった。覚悟を決めたらしい。
「両国の橋渡しになれるように、頑張りますね」
フランも、微かに笑いながらサティアを励ました。そして、彼女を抱き寄せる。
「ん。頑張って。でも、無理しないで」
「はい」
「会いに来る」
「はい……!」
二人は、暫く抱きしめ合っていた。
このままサティアとお別れして、俺たちは冒険者ギルドへ。俺は、そう思っていたんだが、まだこちらに用事があったらしい。メイドさんが、もう少しだけ待つように言ってきた。
サティアが何度も手を振りながら去っていった部屋に、数分ほどで新たな人影が姿を現す。それは、不思議な物に乗った、小柄な老婆であった。あれは、砂でできたソファか?
老婆は皺くちゃで、外見だけではなく気配からも弱そうに思える。だが、アレだけの砂塵魔術を操っているのであれば、弱いわけがなかった。実力を隠すことが上手いのだろう。
少しだけ緑がかった白髪に、草木モチーフの刺繍が入った、綺麗なローブ。髪飾りや指輪などもお洒落で、お上品なお婆様って感じの外見だ。
だが、口を開くとその印象は霧散する。
「こんな状態で失礼するよ。あんたが、黒雷姫さんかい?」
非常にドスの利いた声と口調だったのだ。
「ん。お婆さん、だれ?」
「ひゃっひゃっひゃ。私は、エスメラルダ。悠々自適な隠居生活を無能な元部下どもにぶち壊された、憐れな憐れなババァだよ」
「?」
まあ、年齢的に隠居していてもおかしくはないが、そんな隠居お婆さんがここに何の用だ? 俺たちが困惑していると、メイドさんが補足してくれた。
「この方は、元々はクランゼル王国の諜報部門を束ねるお方でした」
「20年以上も前の話さ。それが、アシュトナーの反乱のせいで手が足りないってんで、引っ張り出されたんだよ」
「申し訳ありません。しかし、失われた諜報力を補うためには、『座陣』のエスメラルダ様のお力が必要なのです」
「ふん。そもそも、反乱を起こさせるのがもうダメなのさ。引退する時に、アシュトナーに気を付けろと言っておいたのに。まあ、国からはせいぜい報酬をぶんどってやるとするさ。それよりもあんただ、黒雷姫。実は仕事の依頼があってね」
「依頼?」
「ああ。本当はうちにスカウトしたいところなんだが、あんたは宮仕えなんざ興味ないだろう?」
「ん。私は冒険者」
「うんうん。意思がしっかりしている子は好きだよ。国になんざ仕えるもんじゃない。面倒ごとばかりさ。あたしも、冒険者に戻りたいと何度思ったことか」
「冒険者だったの?」
「40年前まではね。これでも元ランクAさ」
ガムドたちと同じだが、あの爺さんたちよりもさらに上の世代だろう。とりあえず、この婆さんが絶対に敵に回したくない相手だっていうのは分かったな。
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