1089 分け前
『ふぅぅぅぅ』
(師匠!)
『うぉ! ど、どうしたフラン?』
白い空間から戻ってきた直後、フランがいきなり俺のことを抱きしめた。頬ずりしてくるフランの目の端には、大粒の涙が溜まっている。
急にどうしたんだ?
(私も、師匠とずっと一緒にいたい。相棒だから)
『もしかして、白い空間であったことが、分かってるのか?』
(ん。混沌の女神様が、見せてあげるって)
『マジか!』
あの悪戯っぽい表情の理由は、これか!
(師匠、ありがと)
『フラン。ずっと一緒だからな』
(ん!)
あ、爺さんたちが変な顔でこっちを見ているな。竜を倒したと思ったら、その死体の上で急に剣に抱き着き始めたんだし、仕方ないが。
『師匠』
『フェンリルさん! その、何と言えばいいか……』
『気にすんな。それよりも、俺もアナウンスさんも、まだ完全には復調していない。システムの更新もあるしな。女神様次第だが、またしばらくは眠ることになるだろう。その間、フランとウルシをよろしく頼む』
『ああ。勿論だ』
『じゃあ、またな』
フェンリルさんの気配が、俺の奥底へと沈んでいく。再び眠りについたんだろう。
俺はこっちに残るという我儘を叶えてもらう代わりに、フェンリルさんの目覚めと、フランが神剣を手に入れる機会を奪った。
2人とも気にするなと言ってくれるだろうが、それに甘えてばかりもいられないのだ。2人のためにも、頑張らねば。
『フラン。今は、爺さんたちと合流しよう』
(ん! わかった!)
フランは山竜の死骸から飛び降り、ガムドに話し掛ける。既に治療済みで、鎧はともかく本人に傷は残っていないようだ。
「これからどうする?」
「お? おお、今後か? そうだなぁ」
剣に抱き着いていたこととか完全になかったことにしていつも通りに振舞うフランに、ガムドが目を白黒させているな。
ただ、今は戦後処理が重要だと思い出したのだろう。
山竜の死骸をどうするかという話が、メインになりそうだ。なんせ、俺たち以外もう動いている相手はいないからね。
斥候や監視者がいないか気配を探ったが、俺やウルシが感知できる範囲に人の気配はなかった。
「私は、舌と肉と骨を多く頂ければ、他の素材はいりませんよ? ああ、モツもあれば最高なのですが」
「儂は脳と心臓が欲しいところじゃな! 角も捨てがたいがのう」
「じゃあ、俺は鱗だ!」
「待ちなってば、フランもいるんだから!」
色々主張したいところなんだけど、今回は諦めた方がいいだろう。
「私は、お肉ちょっと貰えればいい」
「いやいや、止めを刺したんだから、一番働いたって言ってていいんだよ?」
ディアスはそう言ってくれるが、魔石を食っちまったからなぁ。
「いい。魔石、壊しちゃったから」
「ほう? あの、魔石兵とやらを消し去った能力か?」
「やっぱそうなったか!」
エイワースがメッチャ興味津々だよ! ガムドは半ば予想していたらしい。それでも、山竜を確実に仕留めるため、最後をフランに託したんだろう。
おかげで自己進化に到達できたし、またスキルも得てしまった。まあ得た地竜魔術、竜鳴、竜鱗鋼化、竜血流動スキルはやはり使えんけど。
ああ、フランは『ドラゴンキラー』の称号も手に入れていた。神様たちの介入があったことで、アナウンスさんが仕事できなかったらしい。気づいたら掲載されていたのだ。
「魔石無くなったから、素材はいらない」
可愛いフランが健気にも、こんなセリフを呟いているんだぞ? いい大人だったら、気にしないで素材を分けるって言ってくれてもいいんじゃないか?
だが、爺さんたちは爺さんたちだった。
「では、私はフィレの良いところが欲しいですね」
「小娘がいらないというのであれば、やはり脳と心臓は儂のもんじゃ!」
「鱗は儂が多めに貰うぞ! できれば牙もな!」
「牙は僕も欲しいよ!」
完全に4人でどう分けるかの話をし始めた。まあ、いいけどさ。おかげで自己進化できたわけだし。
4人が取り分で揉めていると、エイワースが何やら思いついたらしい。
「そうじゃ! あれだけの召喚を行うには、それなりの魔道具が必要なはずじゃ! それを儂によこすなら、素材は譲歩してやってもいいぞ!」
「まて、確実に国が興味を示すはずだ。いくら何でも譲れんぞ」
「そもそも、あれほどの召喚を行うための魔道具なんて、存在するのですか?」
「個人で成したことと言われるよりも、信憑性はあるかな?」
確かに、生贄が必要とは言え、山竜級の怪物を呼び出せるような魔道具、有り得ないんじゃないか?
だが、それを可能とする相手に、俺たちは心当たりがあった。
「西征公の部下に、アンセルって言う錬金術師がいる」
「ほう? 聞いたことがあるぞ! 確か、10年ほど前に南の小国家群で名を聞くようになった錬金術師じゃな。呪詛の研究をしとると言うので、憶えておる」
「呪詛?」
「うむ。儂も興味があって、研究したことがあったんじゃ。じゃが、効率が恐ろしく悪くてのう。諦めたわ。呪詛の素は、生き物の負の感情から発生する呪いの力じゃ。元来さほど強くはない呪力に、契約や呪法で方向付けをすることで呪詛となる。世を恨みながら死んだ者が残す呪力などはかなり強いが、やはり生贄が必要になるので効率は良くないな」
「アンセルは、神剣の研究してるって」
「ほう? 随分と方向性を変えたのう? まあ、パトロンの求めるままに研究をする場合もある故に、それもおかしくはないが」
「しかし、そんな錬金術師がいるんじゃ、今後もこんなあり得ない召喚が行われるかもしれないってことかい?」
「そりゃあ、最悪じゃねぇか!」
「錬金術師アンセルですか。厄介な相手であるようですね」
今回はシャルス王国の兵士が生贄に使われたが、レイドス王国なら奴隷や民衆を使って、魔獣をバンバン呼び出すような真似をしてもおかしくはないだろう。
「ふむふむ。では、やはりわしに預けるべきじゃな! 送還方法を調べねばなるまい?」
「別に君じゃなくてもいいだろう?」
「そうですよエイワース。国の研究者たちへと渡せばよろしい」
「ぐぬぬぬ! それでは儂が研究できんじゃろうが!」
とりあえず、山竜は収納しちゃっていいかね?
アニメ化記念でレビューをいただきました。ありがとうございます。
一番好きと言ってもらえて、作者のモチベーションがヤバイレベルに!
書籍も漫画も読んでいただけているということで、本当に愛が伝わってきます。
アニメも書籍もWEBも、全部楽しんでいただけたら嬉しいです。
転剣公式Twitterのなりすまし偽アカウントが存在しているようです。
皆様、ご注意ください。
アニメ第1話が、ABEMA様にて無料視聴可能です。
見逃してしまった方も、まだ間に合いますよ!




