107 水晶樹の檻
3月31日。今日は月宴祭の当日だ。
俺達は日の出とともに魔境を目指し、特に問題もなくその入り口にたどり着いていた。夜には町を挙げての祭事があるらしいので、それまでには戻りたいところだな。飛ばせば片道3時間ほどなので、早めに魔獣を狩ることが出来れば問題なく戻れるはずだ。
「ギャーギャーギャー!」
「グロオオオロロロ!」
そこは巨大な樹木が林立する暗く深い樹海だった。入り口に立つだけで、様々な魔獣の声と気配を感じ取ることができる。
『ここがB級魔境、水晶の檻か』
「魔獣の気配がたくさん」
「オン」
『じゃあ、確認するぞ。目指すのは中層部。食肉に適した魔獣を狙う』
「ん。お肉をゲットする」
「オンオン」
いくら魔力が豊富な魔獣とは言え、その全てが食用に向くという訳ではない。今回は時間もないし、狙いの魔獣を出来るだけ早く探し出さないといけない。冒険者ギルドで聞いた話だと、特に食用に適した魔獣は、中層と呼ばれる樹海の中腹に多くいるらしい。
フランを乗せたウルシは空中跳躍で一気に飛び上がった。このまま樹海の上を駆け抜けて、一気に中腹へと向かう予定だ。
できれば浅層でも狩りをしてみたいが、今は時間優先なのだ。残念。
「あれが水晶樹?」
『ああ、樹齢3000年超えの魔樹だとさ』
水晶樹と言うのは、特殊な魔力を発して草食系魔獣を引き付ける魔樹の一種だ。大きくなれば大きくなるほど魔力が強くなり、引き寄せる魔獣も強く大きくなる。水晶樹自体が草食獣にとってはご馳走であり、樹を守るために魔獣が外敵と戦ってくれるらしい。この魔境の中心には世界最大級の水晶樹が鎮座しているのだ。
水晶樹に引き寄せられた草食系の魔獣を狙って肉食魔獣が集まるため、水晶樹の周りには多種多様な魔獣が生息している。つまり、この樹が魔境を作り上げていると言っても過言ではなかった。
樹海の上を駆けるウルシの背からは、水晶樹の威容を目にすることができた。高さは、300メートルくらいはあるだろう。名前の通り、枝葉は水晶の様に煌めいている。地球ではまずお目にかかれない光景だな。
樹の周辺を飛ぶ鳥のような影も見えた。巨大な水晶樹と比べると小鳥っぽく見えるが、実際は3メートルを超えるだろう。あの群れに襲われたら厄介だな。
『あの樹に近づきすぎると脅威度Bの魔獣に出会っちまう可能性があるから、気を付けろよ』
「分かってる」
『そろそろ中層か。ウルシ、魔獣のいる側に降りれるか?』
「オン!」
『よし、狙うは肉だ!』
「おー」
「オンオン!」
20分後。
『おりゃああぁぁ!』
「ブギィィィィ!」
「ウルシ、そっちいった」
「グルルォ!」
俺達は魔獣の群れを発見し、5体ほどを仕留めることに成功していた。脅威度F魔獣、スワンプ・ピッグだ。甲羅のような物を背負った、泥の中に生息する豚に似た魔獣である。一応仕留めたけど、正直はずれなんだよな。
豚系の魔獣なので味は悪くない。むしろ美味と言えるだろう。だが、特別な育てられ方をした、いわゆるブランド豚のような豚に比べると味が落ちる上、泥臭いせいで臭い抜きに手間もかかる。駆け出し冒険者が小遣い稼ぎに狙う獲物なのだ。品種改良も特殊な育て方もされていない野生のままで、ブランド豚に近い味と言うのは凄いかもしれんが。
まあ、他の魔獣が手に入らなかった時の為の保険である。
『ウルシ、また魔獣を探してくれ』
「オン!」
「もっと奥に行く?」
『そうだな、水晶樹にもっと近づこう。この辺はまだ浅層と中層の間くらいらしい』
スワンプ・ピッグは、本来であれば浅層の魔獣だしな。
1時間後。
俺たちは1匹の猪と対峙していた。いやー、結構苦労したよ。狙いの魔獣だけを狩りたいところだったけど、こんな時に限って食用にならない魔獣の群れとかに出くわすし。
「こいつが船長が言ってたやつ?」
『ああ、金色の猪、間違いない』
種族名:グリンブルスティ:魔猪:魔獣 Lv22
HP:716 MP:226 腕力:309 体力:366 敏捷:203 知力:85 魔力:119 器用:81
スキル
威嚇:Lv4、火炎耐性:Lv3、衝牙技:Lv3、衝牙術:Lv4、耐寒:Lv4、突進:Lv6、雷鳴耐性:Lv3、鋭敏嗅覚、体毛強化、体毛硬化、不退転
説明:金色の体毛を持つ、猪に似た魔獣。体毛は非常に硬く、一部の魔術を弾く。また、その牙は大木をなぎ倒し、時には自分の倍以上の敵を倒すことさえある。後退を知らず、愚直に突進をし続けることから、狂猪とも言われる。脅威度D。魔石位置は心臓。
上手く出会う事が出来た。しかも、そこそこ大きな個体だな。体高5メートルオーバー。質量はウルシの倍以上あるだろう。
『肉が重要だからな、あまり激しい攻撃はダメだぞ』
「わかってる」
『ウルシは足止めだ』
「グルルルゥッ!」
傷つければ、それだけ血が流れる。血が流れ過ぎれば、味も落ちるし、傷の付け方によっては食える部分も減る。
理想は一撃で魔石を貫くことなんだが……。
念動カタパルトはダメだな。倒すことができても、肉を相当量粉砕してしまうだろうし。
「ブギギギィィィ!」
『ちっ! 避けろフラン!』
迷っていたら、金猪が突進してきた。想像を越えて速い。念動で動きを鈍らせようとしたが、溜めてもいない素の念動では全く効果がなかった。
「ぐぅ!」
『フラン! 大丈夫か!』
「なん、とか」
直撃は避けたのに、掠っただけで10メートル近くブッ飛ばされた。凄まじい威力だ。地球だったら御神木とか言われるレベルの大木が、数本まとめて薙ぎ倒されてるし。
これはチンタラしてられないな。さっさと片を付けないと。空中跳躍を利用して空中で態勢を整えたフランは、気を引き締め直した表情で俺を構えた。
『俺が土魔術で落とし穴を掘るから、ウルシは誘導しろ。どうせすぐに脱出されるだろうが、数秒は足止めできるはずだ。フランはそこを狙うんだ』
「分かった」
「オン」
「ブギャオオオォォ!」
俺は土魔術を連続発動させ、地面の下に大きな空洞を創り出した。ウルシは挑発するように、金猪の前をチョロチョロと動き回る。あえて小さくなって、より目障りさもアップさせているな。
「オッフー!」
案の定、自分よりはるかに小さい狼にコケにされた金猪は怒り狂い、不遜な相手を踏み潰すために突進してきた。
またまた木々がなぎ倒される。大型トラックを思い出す様な凄まじい突進力だが、それが仇となったな。説明でも後退を知らないとか書いてあったし。
「ブギッ?!」
『かかった! フラン!』
「ん」
フランは落とし穴に落ちてもがいている金猪に向かって、大きく跳躍した。俺は1撃で心臓に届くように、形態変形で刀身を細く伸ばす。
「はぁぁ!」
「ブギギギギギギィィィィィィッ!」
フランは、俺を逆手に持ち替えた。そして、その勢いのままLv8剣技、ピンポイント・スタブを発動させ、俺を金猪の背に突き刺す。僅かな抵抗だけで金猪の背骨と肉を貫通し、正確に魔石を貫き通す俺。魔石以外へのダメージを極力まで減らした、理想的な一撃だ。
俺は金猪をとりあえず収納した。すぐに解体したいところだが、ここじゃ血の臭いが他の魔獣を呼び寄せちまうしな。冒険者ギルドの解体スペースを借りないとダメだろう。
ただ、これで豚肉は確保完了だ。解体しても、肉だけで1トン近く取れるだろうし。
『よーし、次だ!』
「うん」
「オウ!」
その後2時間ほどかけて、牛の魔獣アピスを2頭、鶏の魔獣グリンカムビを5羽仕留めることに成功した。グリンカムビは巣を発見したため卵も8つほど入手できたし、大収穫だ。
しかしどの魔獣も結構手強く、俺達はそれなりに消耗していた。ダンジョン程じゃないがエンカウント率は高いし、ここで1晩明かすとか勘弁願いたいな。目的は果たしたんだ。とっとと帰ろう。
なんか、樹海も変な雰囲気なんだよな。初めて来た場所だから、どこが変と確信を持って言いきれないんだが……。意味もなくソワソワする。ウルシもフランも同じ様で、どこか落ち着きがなかった。
だが、すぐに俺たちの感じていた違和感の正体が判明する。
ドゴオオオオォォォォォォッッッ!
「う?」
『うぉ? なんだこの魔力は!』
「クゥ……」
突然の轟音が魔境に響き渡る。同時に、巨大な魔力が発せられた。
「師匠、あれ」
『何か飛んでるな』
水晶樹の近くに巨大な鳥が飛んでいるのが見えた。時おり発光している。鑑定が出来る距離じゃないが、俺はすぐに正体に思い至っていた。
『サンダーバードだ。しかもストームイーグルも2体いる』
サンダーバードはB級。ストームイーグルはD級の魔獣だ。魔境の情報を冒険者ギルドで聞いた時に、特に気を付けなくてはいけない魔獣の1体として教えられた魔獣だった。
脅威度は以前戦った悪魔と同じだが、今の俺たちがサンダーバードに勝てるかどうかと言われたら……。厳しいだろう。一切の制限がなく、その能力を完全に発揮できるのだ。少なくとも、楽勝は無理だろう。しかも、配下を従えているし。
だが、俺達が感じた異様な魔力はサンダーバードの物ではなかった。
「人が、戦ってる?」
何者かが空を飛び、サンダーバードたちと対峙していたのだ。その人影から発せられる魔力は、遠く離れたこの場所にもビンビン届いている。
1人で戦おうというのだろうか。無謀――と言いたいが、あの人影ならあっさり勝利してしまいそうな気がする。俺たちが感じていた違和感の正体はこの人物の気配だ。これだけ離れていながら、危機察知や気配察知が僅かに反応していたのだろう。
「始まった」
「オン」
サンダーバードが口から雷を吐き出した。凄まじい放電が周辺を照らし出す。だが、人影は危なげなく雷を躱していた。
今のは牽制だったのだろうか。サンダーバードたちが凄まじい速さで人影に突進していく。遠くから見ているおかげで動きを追えるが、至近距離だったら姿を見失っているかもしれない。それくらい速かった。ただ、人影には当たらない。どんな反射神経してるんだ。
鳥たちの攻撃は次々と空を切り、仕切り直すように一旦距離をとった。
だがその隙を見逃さず、人影の反撃が始まる。いや、始まるというか、1回の反撃で全てが決着してしまったが。
「剣がたくさん」
『魔術? いや、スキルか?』
人影が手を突き出すと、その周辺に膨大な数の剣が出現した。いや、マジで瞬間移動してきたみたいに、突然剣が湧いて出たのだ。召喚したのか、魔力を具現化して生み出したのか、他の何かなのか。1本1本から結構強い魔力を感じるな。鑑定したら、それぞれが魔剣級の力を秘めていると思う。
現れた剣が、そのまま高速で鳥たちに突撃していく。速度は俺の念動カタパルトよりも遅いが、その数は脅威だ。何せ100本近くはあるだろう。あれだ、金の英雄王の宝物庫的な絵面だった。
剣の檻に閉じ込められて逃げ場のなくなった魔獣たちは、降り注ぐ剣に貫かれ、1匹また1匹と落ちていった。圧倒的だな。
「すごい」
『ああ、だができれば関わり合いになりたくないな』
善人かどうかもわからないんだし。厄介ごとには巻き込まれたくないのだ。人影は倒した魔獣を回収しに行ったんだろう。水晶樹の方へと降りて行った。
俺たちの目的は達しているのだし、とっととバルボラへ帰るとしよう。




