1080 精霊の気配
ロッカースの町を飛び出した俺たちは、強行軍でバルボラへと戻ってきていた。サティアも同行したそうにしていたんだが、さすがに無理は言い出さなかった。
これ以上、クランゼル国内で勝手な真似はできないと理解しているんだろう。ある意味、人質みたいなもんだしな。サティアが変なことをしたら、クランゼル王国とフィリアース王国の仲がこじれるかもしれないのだ。
ギルマスも、できれば残ってほしいとお願いしていた。
それに、デリクの見張りも頼みたい。あのレベルの実力者相手じゃ、何があるか分からないし、レイドスから口封じの暗殺者が送られてくる可能性もあるのだ。
『レイドス軍だ! ギリギリ間に合ったな!』
「ん!」
バルボラの沖合いに、水竜艦を含むレイドス艦隊が姿を見せようとしていた。今はまだ豆粒のように小さいが、1時間もせずにバルボラへと辿り着くだろう。
上空から確認すると、水竜艦が2隻並んでいるのが分かった。ただ、シードランの艦艇はない。どうやら、水竜艦以外はレイドス王国の戦艦であるようだ。
近づくと、強い魔力が一帯を覆っているのが分かる。間違いなく、障壁があるな。下手すると、2隻で協力して障壁を張ることでより強力な守りを纏っているのかもしれない。
だが、水竜艦を潰すための戦い方はもう理解できている。
『まずは――』
(師匠、待って)
『どうした?』
(マールが、出たがってる)
『なに?』
フランが俺を止めた直後、目の前に半透明の女性がスゥッと浮かび上がっていた。暴走する前の、マールの姿で間違いない。
『おお! 気配を感じるぞ!』
(ほんと?)
『ああ! 精霊察知が仕事してる!』
俺は一応、精霊察知というスキルを所持しているが、これが仕事をしたことはほとんどない。ウィーナとレーンの繋がりを断ち切った時くらいかな?
スキルを持たないフランが精霊の気配を感じ取れることがあるのに対し、スキルを持っていても精霊の存在を感じることができない俺。
これこそが、精霊とのコミュニケーションはスキルの有無ではなく、精霊との相性が重要だと言われている所以だろう。正に俺は精霊と相性が良くなく、フランは精霊に気に入られる体質ってことなのだ。
ただ、マールが俺のことを認めてくれたのか、今回は少しだけその存在を察知することができていた。
いやー、精霊って、こんな感じなんだな!
「……!」
マールは声を出さず、手を大きく動かしている。何か、合図のようなものを誰かに送っているようにも見えるが……。
微かに魔力が動くのが分かった。攻撃的ではないが、マールがやっているのか?
フランと共にマールを見守っていると、すぐに異変が起きる。なんと、水竜艦の周辺を覆っていた強い魔力が、消え去ったのだ。
試しに気付かれない程度の弱い風魔術を発動すると、遮られることなく船体に触れることができてしまった。
明らかに結界が消滅している。
『マールがやったのか?』
「お姉ちゃんを助けてほしいって」
『マールの姉ってことは、王女様かよ! この水竜艦にも乗っているのか?』
「ん。マールと違って、奴隷にされてるだけだって」
半透明のマールは俺たちへと軽く頭を下げると、そのまま姿を消した。
『マールは、王女たちの居場所が分かるのか?』
「分かるって」
『なら、まずは王女たちを助けだしてから、盛大に艦隊をぶっ潰してやろう』
「ん!」
フランとウルシは気配を殺しながら、水竜艦へと下降していった。
探知に特化したスキルを持った人間か、よほど高性能の魔道具でもなければ、今のフランを発見することは難しいだろう。
まあ、国家最高戦力である水竜艦の場合、そのよほどの性能のセキュリティが備わっている可能性はあるがな。
スキルも魔術も全開にして、姿も気配も魔力も全てを隠して水竜艦の甲板を駆ける。誰にも見つからずに船内へと入り込むと、フランは迷うそぶりを見せずに複雑な内部を進んでいた。
『フラン。道は分かってるのか?』
(マールが教えてくれる)
『なるほど』
俺が思っている以上に、フランとマールは意思の疎通ができているようだ。結局、俺たちは誰に遭うこともなく、目的地へと辿り着いていた。
水竜艦は少人数でも動かせるため、船員の数が少ないようだ。巡回員もほとんどいない。
フランはゆっくりと扉を開けて、中へと入り込む。すると、そこには銀髪褐色肌の、美しい女性が眠っていた。いや、ベッドに横になっているだけで、意識はあるようだ。
俺が風魔術で音を遮断した後、フランが女性に話し掛ける。
「ねぇ」
「! 誰でしょうか?」
「私はフラン。冒険者。あなたは、マールのお姉ちゃん?」
「マール! あの子は! あの子は無事なのですか!」
この女性が、マールの姉で間違いないらしい。つまり、シードラン海国の王女様ってことだ。所作に気品がある感じだし、確かに王女っぽいかもね。
「今はとりあえず逃げるのが先。マールに助けて欲しいって、頼まれた」
「そうなのですね……。はい。私はセリメア。マールの姉です。ただ、私はこれのせいで水竜艦を出られません」
セリメアが首の首輪を触りながら、悲しげにつぶやく。奴隷の首輪によって、行動を制限されているのだろう。
「意識でも失っていれば意味はないのですが、それでは逃げられませんし……」
「じゃあ、気絶させればいい?」
「……ですが、それでは私を担いで逃げることになりますよ?」
「ん。問題ない。ウルシ」
「オン」
「きゃっ」
影から急に現れたウルシに、セリメアが声を上げる。ただ、恐怖の悲鳴ではない。空気を読んで、子犬型で登場したからな。
セリメアがウルシの存在に慣れたのを見計らい、ウルシが大型犬サイズに変化する。
「まあ、すごいのね」
「ん。ウルシはもっと大きくもなれる。セリメアも運べる」
運べるって言うか、咥えられるんだが、それはあえて言わない。セリメアに尻込みされても面倒なのだ。
「では、よろしくお願いいたします」
「……私の事、信じるの?」
「ええ。これでも人を見る目はあるつもりなのですよ。それに、マールがあなたを信じろって言ってる気がして」
「……そう」
「はい」
その後、俺たちはもう1隻にも侵入し、無事にもう一人の姉であるミリアム王女を救出することにも成功した。セリメア王女よりも信用してもらうまで時間はかかったけどね。それに、こちらはあまり王女っぽくなかった。むしろ、冒険者って言う方がしっくりくるような人だったのだ。
すでにウルシはセリメア王女を運ぶために脱出しているので、ミリアム王女はフランが担いで脱出する。再び上空へと退避するが、ようやく騒ぎが起き始めたようだ。
結界が消えたことで、王女に何かを確かめようとしたんだろう。そして、姿がないことに気付いたらしい。遅い遅い!
「ウルシは、このまま2人を守っててね」
「オン」
「私たちは、水竜を助けて、艦隊を潰す」
『了解!』




