1079 レイドスの次なる手
冒険者ギルドでデリクの尋問が始ま――らない。デリクから情報を引き出すためにはサティアの協力が必要だが、尋問の場に彼女を立ち合わせるのは最後の手段だというのだ。
これからの扱いがどうなるかはともかく、他国の王族に安易に頼ることができないのは確かだろう。冒険者ギルドのマスターであれば依頼をすればいいのだろうが、領主代理であることが今回はマズいらしい。
貴族としては、自国に不利になるようなことは当然、外交相手に不利になるような行動もできるだけ慎みたいのだろう。
だが、デリクが多少の痛めつけで口を割るわけがなかった。フランが、昏い目でこちらを見つめるデリクの胸倉を掴み上げる。
「……ごほっ!」
「おい。全部吐け」
息が詰まって咳き込むデリクに対し、常人では気が狂いかねないほどの威圧と殺気を叩きつけるフラン。だが、この男がその程度のことで口を割るはずもなかった。敵ながら、その忍耐力は称賛に値するのだ。
フランはデリクを床に投げ捨て、俺を突き付けた。その顔には困ったような表情が浮かんでいる。デリクの口を割らせる方法を、思いつかないのだろう。やはり、サティアの手助けが必要か?
「口を割らせる魔法の薬とかない?」
「自白させるための魔法薬か。うちの町にはないな。危険薬物扱いだから、国に申請して審査が通った場合に下賜される」
だったら、王都に護送してしまう方が早いんじゃないだろうか?
そんな中、ウルシが徐にデリクに近づいた。前に立つと、口をカパッと開けて威嚇する。いや、威嚇じゃないな。
「オフー」
「! ぐっ!」
ウルシがその口から、灰色の煙を吐き出したのだ。デリクは咄嗟に口と眼を閉じて、顔をそむける。
「オンオン!」
「がっ……ごほっ!」
だが、ウルシの前足で腹をグッと押されると、咳き込まずにはいられなかったらしい。煙を大量に吸い込んでしまっていた。
「オフオフ」
「……く」
高熱に浮かされているかのように、デリクの頬が赤く染まり、口はだらしなく半開きになる。そこにさらにウルシが、灰色の煙を幾度も浴びせかけた。
『これってもしかして、サティアがやってた複数の毒で判断力を奪うやり方か?』
「オン!」
なんと、1度見ただけでサティアのやり方を理解し、自分でも行うことが可能となっていたらしい。素晴らしい学習力だった。
『よくやったウルシ!』
「オン!」
『フラン、デリクに色々質問してみよう』
「ん。バルボラに現れたのは、お前の仲間?」
「そうだ……」
よし、ウルシの毒が上手く効いてるぞ。フランの質問に、答えている。
得られる情報は今までと変わらないが、報告の裏付けはできただろう。
ギルマスが一番食い付いていたのは、レイドス王国の密偵の話だ。フィリアースの人間がクランゼルの村で狼藉を働くように仕向けたとして、どうやってその話をクランゼル側にバラすのか?
「レイドス王国と繋がっている冒険者が、目撃者としてこの町に駆け込んでくる、か」
ダーズの冒険者の中には、レイドス王国から送り込まれたスパイが紛れているらしい。元々は、レイドス王国が活動の隠れ蓑として使っているモーリー商会の護衛冒険者で、その実はレイドス王国の工作員であるそうだ。
フランは忘れていたが、俺は覚えている。ベリオス王国への道中で知り合ったカーナが、モーリー商会の令嬢だったはずだ。
あの時はまだ、フランはレイドスに対して少し迷惑な国程度の認識だったからな。今なら絶対に見逃さないだろう。
「とりあえず、モーリー商会の人間を捜そう。それと、メテルマームのことを報告にきた冒険者は拘束すればいいか」
さらに尋問を続けようとしたんだが、デリクが何も言わなくなってしまった。どうやら、消耗が激しく、意識が飛びかけているようだ。回復魔術でも治らないところを見るに、精神的な部分の消耗なんだろう。
それでも、体力が回復したことで多少は口が開くようになったらしく、ゆっくりとだが再び喋り始めた。
道中では吐かせきれなかった情報も、色々と出てくる。その中に、最悪の情報があった。
「バルボラ含むクランゼル王国南西部に、第二陣が向かっている」
レイドス王国は、元々バルボラに対しては二段構えで挑むつもりであったらしい。
水竜艦を含む第一陣で攻め落とせればよし。ダメであれば、シードランに待機していた第二陣で攻める。そういう計画だったそうだ。
現場ではクランゼル王国も冒険者も侮っているレイドス王国も、上層部ではしっかりと警戒をしているらしかった。
しかも、第二陣は海からの侵攻だけではないらしい。
バルボラ南部にあるシャルス王国が既にレイドス王国に取り込まれており、そこから大軍がクランゼル王国に攻め入ることになっているという。
第一陣で水竜艦を撃破した戦力も、2隻を相手にしてはそう上手くはいかないはずだ。そうしてバルボラにクランゼル南西部の防衛戦力を引き付けている間に、シャルス王国から侵入した戦力がクランゼル南部を荒らすという作戦であった。
「シャルス王国……?」
『ウルムットで聞いたな。騒ぎばかり起こしてた小国だったはずだ』
(おー、なるほど)
『覚えてないだろ?』
フランは忘れているようだが、しつこく勧誘を繰り返して冒険者と騒ぎを起こしていた。多分、あの時からレイドスの傀儡になっていたんだろう。
バルボラの危機と聞けば、フランがジッとしていられるわけがない。
「私は行く」
「1人でか? 村への強行偵察とは違うんだぞ? いくら異名持ちったって……」
「だいじょぶ」
「……勝算はあるんだな?」
「ん!」
「……分かった。依頼書を出そう。防衛依頼だ」
おお! それは有難い! 依頼があろうとなかろうとフランは行くだろうが、ちゃんと功績になる方がいいからね!
(ん! でもその前に――)
『フラン?』
(こいつ、このままじゃ絶対逃げるから)
フランが俺を抜き放ち、デリクの前に立つ。レイドスの工作員ともなれば、もうゴブリンや盗賊と同じような存在としか思っていないんだろう。その視線は、デリクの手足へと向いていた。
そして引き起こされる惨劇。ぶっちゃけ、手足を失うくらいなら、無理やり奴隷にしてやった方がマシなんじゃないかと思うんだが……。フランにとって奴隷になるというのは、そうじゃないんだろう。
しかも、牢屋へと移送されたデリクに、サティアがダメ押しした。
「お出でなさい。心魔」
「キキー」
「この男を無力化し、見張るのです」
「キー!」
サティアが召喚したのは、インプのような小型の悪魔だった。心魔の姿が薄くなったかと思うと、デリクの中に吸い込まれるように消える。
「怠惰の心魔です。デリクほどの実力者を完全に無力化はできないでしょうが、心身から活力を奪うことが可能です」
要は、怠くて何もしたくないと思わせることができるようだ。手足を失い、悪魔の監視もある。さすがにこの状態で逃げ出すことはできないだろう。どちらかと言えば、レイドスの手のものによる暗殺の方が心配だった。
「フラン殿。無理はするなよ? 町は取り返せるんだ」
「わかってる」
今はそう言って頷いているが、いざという時には絶対に無茶をするだろう。それに、クランゼル王国で戦ってみて分かったが、フランは防衛戦にはあまり向かない。
周囲が守る物ばかりで、本気を出せないからな。フランもそれは感じていたらしい。冒険者ギルドを飛び出しながら、自身の考えを伝えてくる。
(師匠)
『どうした?』
(レイドスのやつらがバルボラにくる前に、潰す)
『打って出るってことか?』
無謀にも思えるが、広い場所で奇襲をし返す方がフランの強みは活かせるだろう。何より、レイドスに一泡吹かせてやることもできる。
(今回は、先手とれる)
『そうだな……。よし! やってやるか!』




