1078 再びロッカース
「……フランさん。私は少し離れます」
「ん」
「またあとで」
サティアはフランに軽く手を振ると、静かに影の中へと姿を消した。町に着いた後に、合流する手筈だ。
フルトと悪魔騎士の遺体は、サティアの悪魔たちが連れて去っていった。
「フルト、だいじょぶかな?」
『命魔っていうのは、回復能力に秀でているみたいだし、大丈夫さ』
フランは、悪魔が去っていった方角を見つめながら心配そうにしている。フルトを守れなかった罪悪感は、未だ消えていないのだろう。だが、サティアと話すことで、大分気分が晴れたようだ。
「……レイドス、絶対に許さない」
その分、レイドス王国へと怒りを向ける余裕ができたらしい。レイドスの中でも、南征公と東征公に向いていた怒りが、今回のことで全体へと向いたからな。
『フラン。怒るのはいいけど、その状態で戻ったら、村の人たちが怯えるぞ』
「む」
『少し落ち着こう。な?』
「ん。ありがと師匠」
フランはその場で深呼吸を繰り返し、自身の怒りを鎮めていく。そうして精神を落ち着けてからメテルマームの人たちの下へと戻ると、全員が心配げだった。
1時間近く姿を消していたからな。しかも、大きな狼と、その口に咥えられた男が追加されている。
これで不安がらない方がおかしいだろう。村長さんにデリクについて話を聞くと、こいつのことは知らないらしい。
ただ、変装をして村人たちの間に紛れ込んでいる間は、誰も変には思わなかったそうだ。目立たぬように振舞っていたうえ、他所から人がくることだってないわけじゃないからな。
やはり、潜入や潜伏、工作のスペシャリストだったというわけだ。ここでこいつを捕らえられたのは、本当に幸運だったな。
『ウルシ、あとで激辛料理を好きなだけ食べていいぞ!』
「ホン!」
(師匠! わたしも!)
『分かってる分かってる。フランも頑張ったし、カレーを好きなだけ食べていい』
(ほんと?)
『おう!』
(やた!)
ヤケ食いで少しでも気分が晴れるなら、いくらでも食べればいいさ。
その後は、特に問題も発生せずにロッカースへと辿り着けた。日が完全に落ちる前にロッカースの城壁が見えた時には、全員が歓声を上げたね。
この順調さも、村人たちがほとんど文句も言わずに従ってくれたおかげである。フランの強さと、村を襲われたことへの危機感がそうさせたのだろう。
ダーズからの避難民を出迎えてくれた時にも話をした兵士長と再会し、彼にメテルマームの人々を託す。
「冒険者殿。ありがとうございました。村の者に死人が出なかったのは、あなたのおかげですじゃ」
「……ん」
「その……」
礼を言ってくる長老の顔は、どうにも複雑だ。フランとフルトの関係性は詳しく分からぬとも、友人が意識不明の重体に陥ったことは分かっている。だが、その友人は、自分たちを殺そうともしていたのだ。
しかし、長老は答えを出したらしい。
「ご友人のことは、残念でした。早い回復をお祈りいたします」
「……ありがと」
「では」
フランは少しだけ笑顔で長老と握手を交わすと、彼らと別れる。
(メテルマームの人たち、助けられてよかった)
『ああ、そうだな』
色々とやっている内に、日が完全に落ちてしまっている。早くギルドへ行かねば。
「サティア?」
「フランさん、こちらです!」
サティアはいつの間にかロッカースへと入り込んでいた。フードを目深にかぶり、顔を隠している。
「まずは冒険者ギルドに行く」
「はい」
最初にギルドに報告してから、この町の領主に紹介してもらう計画だ。デリクの身柄をどうするか、相談しなきゃならないしね。実は既にサティアの毒の影響が解けて、元に戻ってしまっているのだ。
腕と口は縛っているし、片足はない。それに、ウルシに咥えられたままということで、逃走の心配はないだろう。今は、だが。
縄抜けや柔軟、開錠といったスキルを持っているこの男を、どうすれば逃さずに捕まえておけるか、悩ましいところなのだ。
サティアにずっとついていてもらう訳にもいかないだろうし。
一番簡単なのは、痛めつけて無理やり奴隷契約を結ばせることである。だが、それが敵であったとしても、フランは絶対に了承しないし、許さないだろう。ギルドマスターがそんなこと言い出したら、ブチギレて暴れ出しかねない。
いい考えが思い浮かばないまま、フランたちは冒険者ギルドへと到着していた。巨大化中のウルシを見て何度も騒ぎになりかけたが、そこは警備兵がなんとか収めてくれていた。
いつもより警備の数が多いお陰で、現場に速やかに到着してくれるのだ。途中からは、兵士が先導してくれたね。
ウルシがフランの影に入り、デリクはフランが襟首を掴んだまま引きずって運ぶ。こいつ、無気力で動かないふりをしているが、一瞬だけ目が周囲を見たぞ。明らかに、逃走の隙を窺っている。
フランには気づかれていないが、俺はバッチリ見たもんね。やはり油断がならんな。
「フラン殿。メテルマームの人々を連れ帰ってきたとか?」
「ん」
既に連絡が行っていたらしく、ギルドマスターが出迎えてくれる。
「色々とあったようだな……」
フランが引きずるデリクを見て、穏便に終わらなかったことは察したようだ。
「話を聞かせてもらってもいいか?」
「ん」
「その男は? こちらで預かろうか?」
「いい。こいつも一緒に連れてく」
「そうか。そちらの女性は? フラン殿の仲間か?」
「友達。一緒にいく」
「わかった」
冒険者仲間とでも思ったのか、ギルマスはサティアの同行もあっさりと了承した。
俺たちはそのままギルドマスターの執務室へと通され、そこで全てを語る。ああ、デリクには風と闇の結界を被せて、こちらの声や姿は遮断している。
報告を聞き終わったギルマスは、天を仰いでため息をついた。
「はぁぁ。そのような陰謀が……。地方の町のギルドじゃ、手に余る案件だぞ。しかも、王女様?」
「突然押しかけて申し訳ありません」
「かぁぁ! おしとやか! 絶対貴族! マジで王女様かよ!」
「そう言ってる」
「はぁぁぁ……。どうすりゃいいと思う?」
「領主様に紹介して」
フランがそう言うと、溜息をつきっぱなしのギルマスは苦笑いをしながら首を横に振った。
「俺だよ!」
「? ギルマスが領主様?」
「臨時のな。ファベル・マグラン。一応、マグラン伯爵家の4男だよ。親父が病気で死んじまって、その直後にこの戦争騒ぎだ。兄貴たちは、王都で修業中でな。こっちに戻ろうにも戻れん。それまでは俺が領主代行だよ! 貴族教育だって半端にしか受けてないんだぜ? 勘弁してほしいぜ」
それは知らなかった。癒着の香りがしないでもないが、地方の町なんてこんなものなのかもしれない。後を継げない貴族が冒険者になるなんて話は聞くし、功績を上げれば地元のギルドのマスターにっていうのは有り得なくはないだろう。
「とりあえず、王都へと使いを出そう。フィリアース王国の王女様が、内密に接触してきたってな」
「それでいい。で、こいつどうする?」
「うーむ。レイドスの重要人物とあっては、殺すわけにもいかん。とりあえず、ギルドで預かるしかないか。ありったけの拘束具と、監視を用意しよう」
「お願い」
「ただ、その前に尋問をしたい。フラン嬢ちゃんの情報の裏付けも欲しいからな」
「わかった」




