106 ルシール商会
「やあ、いらっしゃいませ。早速訪ねてきてくれて嬉しいですよ」
「ん」
「オン!」
「ははは。ウルシも歓迎するぞ」
俺たちがやってきたのは、ルシール商会の本部だった。大きいと思っていた冒険者ギルドと同じくらい大きい建物だ。しかも豪華だし。なんか、凄い場違い感があるんだが、フランは気にせずスタスタ入っていった。さすがだ。
紋章付きコインの威力は凄まじく、見せたらすぐに応接室に通してくれた。
現れたレンギルは笑顔で握手を求めてくる。今朝別れたばかりだが、本当に歓迎してくれてるみたいだな。
「それで、なにか御用があるのでしょうか?」
「ん。これに出ることになった」
「おお、料理キングコンテストですか! フランさん、1次予選に通ったんですか?」
料理コンテストのチラシを見せると喰いついてきた。バルボラでは有名なコンテストだけあって、レンギルも知っている様だ。
「師匠が通った」
「師匠? そんな方がいらっしゃるので? 船には乗っていませんでしたよね?」
「ん、師匠は神出鬼没」
「では、こちらで合流したんですか」
これは予め考えていた設定だ。フランを放って各地を放浪する神出鬼没の男。ちょっとイメージが良くない気もするが、それは仕方がない。
「師匠がコンテストで使う食材が欲しい」
「なるほど。それで我が商会に。どんな料理で勝負されるのです? コンテストは毎回かなりレベルが高いですよ」
「カレー」
「カレー、ですか? 聞いたことがありませんね」
「師匠のオリジナル。これがカレー」
次元収納から取り出したカレーをテーブルの上に出す。
レンギルは少し警戒している様だった。まあ、まったく味の想像ができないしね。色味も茶色で、美味しそうには見えないし。ただ、匂いを嗅いだ瞬間、目を見開いていた。香辛料が大量に使われているのが分かったのだろう。ゴクリと喉を鳴らしている。
「では、いただきますね」
そうして1口食べると、あとは早かった。スプーンは止まらず、あっと言う間に平らげてしまったし。口にあったようで良かった。
「美味で、珍しく、香りも良い。これは売れますよ。レシピだけでも相当な価値があるでしょう!」
興奮気味にレンギルが叫ぶ。商人的な観点からでも、売り物になると判断されたようだ。
「これを屋台で売るのですか?」
「ん」
「そうですか……」
「どうした?」
「オン?」
「いえ、料理としては素晴らしいのですが、屋台で販売するには少々難しいかもしれませんよ」
「なんで? カレー美味しいのに」
「提供にかかる時間です」
レンギルが言うには、例年の決勝進出者には串焼きやスープなど、注文が入ってからすぐに提供できる料理が多いという事だった。儲けを競うため、どうしても量をたくさん売る方が有利となる。
それを考えると、カレーライスはなかなか難しいかもな。ご飯をよそい、カレールーをかけて、1皿ずつ渡す。しかも、1人のお客さんが大量買するのは難しいし。
ごはんにかけず、スープみたいにして売るか? いや、それであの竜骨スープに勝てるとは思えん。
その話を聞くと、フランも唸ってしまった。
「カレーを簡単に、大量に売る……?」
「ええ。屋台勝負に勝つには美味しさ以外にも、様々な要素が必要なのですよ」
カレーライスは難しいか……。
「はっ。良いこと考えた! 逆にすればいい」
「逆、ですか?」
「ん。ご飯の中にカレーを入れる。おにぎりみたいに」
「オン!」
簡単に食べられる上に具材の多彩なおにぎりは、フランのお気に入り料理の1つだ。そこからヒントを得たのだろう。ウルシも良いアイディアだと言わんばかりに涎を垂らしている。
カレー風おにぎりか。悪くはないが……。時間が経ったらコメの間からカレーが漏れ出てきそうだよな。隙間がないくらい固く握ったらおいしくないし。
(天ぷらみたいに揚げたらだめ?)
『カレー天ぷらおにぎり?』
すげーB級臭のするネーミングだな。案外美味いかもしれないが……。実は、フランの言葉で、1つ思いついたことがある。
『フラン、良いアイディアがある』
(ん? おにぎりの天ぷら?)
『いや、違う』
作り置きも出来て、単価が安く、持ち運びもしやすい。出来たてを提供できて、かつ冷めてもおいしい。
『その名は、カレーパンだ!』
(カレーパン!)
(オフオフ!)
食べたことはないが、名前にカレーと付いているからだろう。フランとウルシの目が分かりやすく輝いた。
これなら、大量購入にも対応できる。しかも、色々な味も用意できるし。俺の説明に、フランの目はさらに輝きを増していった。
「カレーパン、いける」
「オン!」
「カレーパン? それはどういった料理です?」
「カレーをパン生地に包んで揚げる」
「なるほど。それは良いかもしれません。香りで客引きも出来るでしょうし、1人で何個も買うお客さんもいるでしょう」
「味も色々用意する」
「それはいいですね」
よし、これで方向性が決まった。俺たちはカレーパンで勝負だ!
ただ問題も沢山ある。
「小麦粉が欲しい。手に入る?」
「そうですね……。小麦粉は、パンに使う物と同じでよろしいのですか?」
(師匠?)
『ああ、それでいい』
「構わない」
「では――」
小麦粉はトン単位で貯蔵してあるらしく、問題なく手に入りそうだった。
「小麦粉は早急に用意させていただきます」
「ん、お願い」
ただ、他の具材が心配になってきたぞ。
「他にも欲しい食材が沢山ある。今から手に入る?」
「うーん。何が必要ですか? 野菜類は問題ないと思いますが」
「野菜は、ジャガイモ、タマネギ、ニンジンがほしい。あと、リンゴも少し」
「大丈夫です。さすがに魔力野菜は難しいですが、普通の物でしたらすぐにでも手配できるでしょう。保存が利く食材ばかりですからね。ただ、さすがに収穫したては無理ですよ」
それは仕方ない。手に入るだけでも有り難いしな。だが、そうなると他の素材で頑張らないといけないだろう。
「魔獣肉は手に入らない?」
「さすがに今からとなると難しいですよ」
だよなー。精肉店にもそれほどの量は置いてないみたいだったし。どうしよう。せっかくカレーパンと言う勝負できそうなアイディアを閃いたのに。肝心の味で手を抜きたくない。
「じゃあ、水は?」
「水ですか?」
「ん。魔力水を使いたい。癒しの水みたいな」
「いやー、それも難しいです。水は輸送に手間がかかりますからね。そこまで大量に常備はできないんですよ」
これも無理なのか……。いや、待てよ。水は自分たちでどうにかできるか? 属性反転薬もあるし、毒の水も大量にある。
となると、あとは肉なんだが……。実はこれも閃いたことがある。
俺たちは冒険者だ。だったら、その強みを生かせばいい。手に入らないのなら、獲ってくればいいのだ。まだ数日あるし、獲物の場所さえ分かっていれば、十分間に合うはずだ。
「じゃあ、魔力水はいい。それよりも、魔獣が居る場所が分かっているなら、知りたい」
「ご自分で獲りにいかれるつもりですか?」
「ん」
「でしたら、最適の場所があります」
レンギルが教えてくれたのは、バルボラの南にある魔境の情報だった。B級魔境『水晶の檻』。
バルボラに流通する魔獣肉の多くがここで狩猟されたものであるらしい。脅威度がDを越える魔獣も多く生息する危険な魔境だが、ここならバルボラから近く、確実に魔獣を狩れるだろうという事だった。
「正直、危険ではありますが、フランさんであれば問題ないのでは? ウルシもおりますし」
「ん。大丈夫」
「オン!」
「余った肉は我が商会で買わせていただきますので」
抜け目ないな。でも、情報料がわりに多めに魔獣を狩ってくるかね。今後もお世話になるだろうし。
今日はもう遅いので、とりあえず宿に戻ろう。水を作らないといけないし。聞くと、魔境へは馬で2日の距離らしいので、俺達なら日帰りも不可能じゃない。明日の朝一で出発することにした。
『強行軍だが、頼むぞ?』
「ん、カレーパンのために頑張る」
「オンオン!」
結局、食欲が1番の原動力ってことらしい。とりあえず、夕食までに魔境の情報を仕入れて、カレーパンの構想でも練ってみるかな。
前話で関西の人はビーフカレーしか食べないと書いたら「そんなことないよー」という感想をたくさんいただきました。
どうも、作者の知人の関西人が見栄を張った&ちょっと話を盛っただけだったみたいです。まあ、師匠はそう思い込んでいる、ということで。




