1074 フルト救命
魔石を破壊するべく、フランが俺を構えた。
振り被るのではなく、グッと腕を畳んで後ろに引く。斬撃ではなく、突きの構えである。
一点に、全ての力を集中させるのだ。
フランが静かに魔力を練り上げ、俺は大魔法使いと邪気征服を使って自身を強化していく。
その強化具合を示すかのように、刀身が軋むように甲高い音を上げ、俺の耐久値がゆっくりと減り始めていた。刀身の表面が削れていると錯覚するほどの、負荷。それでも俺は強化を続ける。
「ふぅぅ……」
フランは、一抱えもある巨大な魔石を前に、両目を瞑って長い呼吸を繰り返す。
「ふぅぅぅぅぅ……――!」
その呼吸が深ければ深いほど、フランの内側から力が引き出されているのが分かる。
そして、一際長い呼吸の直後、フランは両目をカッと見開いて、全身の力を乗せるように俺を突き出した。
「はあああぁぁぁ! 黒雷神爪!」
ベリオス王国で魔石兵器を破壊した時と同じように、黒雷神爪を発動させている。だが、あの時と違うのは、その制御が完璧であるということだろう。
俺の切先に黒雷が集中し、まるでドリルのように回転している。
圧倒的な力をその身に纏った俺が魔石に突きこまれ――。
「やった」
『おう!』
以前はかすり傷を付けることさえ一苦労だったが、今回は完全勝利だ。フランの放った突きは巨大な魔石の防御を破り、その切っ先は魔石を完全に貫いていた。
フランも俺も成長したからな!
巨大な魔石は俺に吸収されて、消滅する。
『うおおぉぉぉ! きたぁぁ!』
そう言えば、前の時もそうだったな……! 凄まじい魔力が俺の中に流れ込み、頭が真っ白になりかける。
だが、これも数度は経験していることだ。それに、剣2本を吸収した時に比べれば、大したことはない。俺は何とか意識を保ち、精神を落ち着けた。
(師匠、だいじょぶ?)
『ああ。問題ない』
(そう。よかった)
おいおい、ステータス見たら魔石値が2000以上入ってるんだけど! マジで? この魔石の持ち主、絶対に脅威度A以上だろ!
しかも、スキルがおかしい。なんと、変なスキルを4つも手に入れてしまっていた。炎竜魔術、竜咆哮、竜鱗炎化、竜鱗強化だ。あの魔石は、炎竜のものであったのだろう。炎竜魔術は、その名の通り、炎竜の使う魔術であるらしい。正直、スキルを得たのにこれほど使い方が分からない魔術は今までなかった。
頭の中に何も浮かんでこないのだ。竜咆哮、竜鱗炎化、竜鱗強化に関しても、使用はできなかった。竜でなくては使えないスキルだったらしい。
驚いているのは、俺だけじゃない。
「はは……。なん、と……」
フルトは目を見開いて驚き、すぐに自嘲するように顔を歪めた。まあ、そんな反応をしてしまうのも仕方ないだろう。
巨大な魔石を破壊できないと判断して、村人を殺そうとしたわけだしな。しかも、そのせいでフランと敵対してしまった。
まあ、あれは2人の悪魔騎士の暴走も悪かったが。明確な殺意を向けられることで、ただでさえ無口なフランが、戦闘モードで対応してしまった。
それに、国のことを持ち出されて急かされることで、フルトとサティアは焦ったまま行動を起こしてしまったのだ。
同時に、フルトたちはフランの実力を見誤っていたのだろう。出会った時の実力を基準に考えると、ブネとロノウェの方が遥かに強い。言い方は悪いが、フランに相談したところで事態が解決するとは思えなかったのだろうし、殺さずに捕らえることもできると考えたのだ。
最初からフランに全てを打ち明けて、協力を頼んでいれば? 全く違った結末になっていただろう。
「……フランを信じて、いれば……きっと違う結果に……。ああ、なんてばかな、ことを……は、はは」
呪詛に侵されて死にゆく自身のことよりも、村人を殺そうとしたことを悔やんでいるようだ。
「……ふらん、ぼくらの、こと、は……きにする、な……」
「フルト! なんとかする! なんとかするから!」
「いい、のだ……とも、よ。きみに、さちあれ……」
「フルト!」
「がっ……!」
「フルト!」
フルトが、今まで以上に大量の血を吐いた。その顔からは、生気が抜け落ちている。
フランはさらに治癒魔術を連発するが、ナイフのせいで回復が阻害されてしまう。だが、このナイフを無理に引き抜けば、フルトが大きなダメージを受けるだろう。そもそも、軽く触れただけでも、フルトに激痛が走るようなのだ。
「だったら!」
フランが俺を腰の位置で構える。魔力を練り上げ始めるが、魔石を破壊する時よりも集中しているかもしれない。
そのまま、数秒の溜めと沈黙。
フランは地面に倒れ込むのかと思うほど深く沈み込むと、フルトの体スレスレに横薙ぎの斬撃を繰り出した。
何の音も衝撃もない。しかし――。
「む?」
『うおっ!』
俺の中に魔力が流れ込んでくる。同時に、ナイフが消滅していた。破壊することで、ナイフの能力が失われればと思っていたんだが……。
『共食いが、発動した?』
全てが分かっているわけじゃないが、俺の共食いが発動する対象は、インテリジェンス・ウェポンか、廃棄神剣だ。もしかしたら、神剣もいけるかもしれない。
ナイフには意思があるようにも見えなかったし、当然神剣でもない。
『廃棄神剣だったってことかよ……?』
ステータスはほとんど増えていないな。廃棄神剣としては弱い方だった? ただ、スキルは得ている。その名もずばり『悪魔殺し』であった。悪魔の弱体化と、悪魔へのダメージ倍増。さらに、悪魔を探知する力まである。
(師匠?)
『おっと、後で説明する。今はフルトを助けよう』
(ん)
未だに呪詛は抜けておらず、傷からは血が流れ落ちている。俺とフランは神属性を込めた回復魔術を使い続け、なんとかフルトを助けようと全力を尽くした。
それから数分。
『なんとか持ち直したか?』
「ん……」
フランが魔力を使い過ぎてグッタリしているが、フルトの顔には赤みが戻ってきている。峠は越しただろう。
『さて、これからどうするかね』




