1069 王子と王女の悪魔
広場の中央で、深刻な顔で何やら話し合っている金髪の少年少女。フランの友人である、フルト王子とサティア王女である。
あの悪魔騎士が、フィリアース王国の所属だということがハッキリしたな。
広場の隅には、レイドス王国の兵士と思われる死体が積み重なっている。フルトたちがレイドスの兵士を排除し、この村を奪還したのだと思うが……。問題は、悪魔騎士がなぜこちらを排除しようとしたか、という点だろう。
フィリアースがクランゼル王国と連携しているのであれば、冒険者を名乗ったフランを殺しにかかった意味が分からない。
ただ、フィリアースがこの村を実効支配し、自国の領土と化そうとしている場合は、攻撃される可能性があるだろう。
『フラン。まだ出るなよ?』
(わかった)
問題は、どうやって2人の真意を確認するか。そして、敵だった場合どう対処するか。特に、敵対した場合、フランはフルトたちと戦えるのか?
そもそも、戦う必要はあるか? 冒険者のフランは、クランゼル王国に直接雇われているわけじゃないし、無理してフルトたちと戦わずとも済む立場だ。
まあ、クランゼル国内にはいられなくなるだろうから、獣人国辺りに拠点を移す必要はあるが。ぶっちゃけ、戦争に加担せずに済むし、それならそれで構わない気がしてきたぞ?
俺が今後どう動くべきか考えていると、フランの体がピクリと震えた。すぐに、その理由が分かる。
『あれは、悪魔か?』
(どっちも強そう)
『少なくとも、今まで見た悪魔の中じゃ一番強いだろ』
フルトとサティアの背後に、巨大な人型のナニかが姿を現していた。どう見ても、悪魔である。
フルトの背後に立つのは、竜のような翼を備えた、身長5メートルほどの男性型だ。今まで見てきた悪魔たちよりも、だいぶ人っぽい姿をしているな。肌は褐色で、髪の毛は白。巨大な黒い鎌を担いでいる。
サティアの背後に出現したのは、これまた身長5メートルほどの女性型の悪魔だ。武器は持っていないのだが、長い髪が意志を持つようにザワザワと蠢き、口の端からは紫色の煙を垂れ流している。
どちらも褐色肌に白髪。目の部分は黒いレザーの眼帯ですっぽりと覆われていて、確認することはできない。急所を守る面積の小さいレザーの装備も、よく似た意匠をしていた。2体の悪魔が同種であることは間違いないだろう。
問題は、こんな強力な悪魔を呼び出して、なにをするかということだが――。
「……すまないが、我が国の民の為だ」
「ごめんなさい」
フルトとサティアが謝罪の言葉を口にすると、村人に対して頭を下げた。その顔に浮かぶのは、正に沈鬱と言った感じの表情である。
これは、マズいんじゃないか?
不穏な気配を感じて、不安の声を上げ始める村人たちの声を無視して、フルトが宣言した。
「まずは、その賊共からだな。殺せ。ブネ!」
「安らかに送って差し上げて。ロノウェ」
「ウオオォォォォ!」
「フオオオオォォ!」
竜翼の悪魔ブネが、その命令に従い鎌を薙ぎ払った。足元にいた盗賊たちの首がゴロリと落ち、断面から血が噴き上がる。
ロノウェの攻撃はさらに衝撃的だ。何と、その腕が爆ぜるように分裂すると、無数の触手となって盗賊たちに襲い掛かったのだ。太い触手は人間の頭蓋骨をいともたやすく砕き、命を奪っている。
村人たちは悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、手足を拘束されていてまともに動けないようだった。
あっという間の出来事である。一体、フルトとサティアは何をしている!
「次だ、ブネ」
「オオオォォ!」
俺が混乱している中、フランは反射的に飛び出していた。
「やらせない!」
超神速で駆け、ブネが子供に向けて振るった1撃目を弾き飛ばす。さらに、フランに向かって振り下ろされた2撃目を回避すると、フランの蹴りがブネの胸板を直撃した。
巨大な悪魔であっても、その一撃はこたえたのだろう。数メートルほど吹き飛び、後退を余儀なくされる。
だが、フランが見ているのは悪魔ではなかった。
「フルト! サティア!」
「フ、フラン……」
「フランさん。なぜ、ここに……」
最悪の再会である。王子王女の顔に、明らかに動揺の表情が浮かぶ。
「なんで、ここにいる? それに、なんでこんなことした!」
「……祖国のためなのだ」
「ごめん、なさい」
フルトとサティアの動揺に引きずられたのか、悪魔の動きが止まってしまう。村人を殺すことが、祖国のため? 王族を投入してまで、やる必要があることなのか?
広場には大勢の人間が捕らえられているが、普通の人々に見える。
よく観察すると、フルトたちが立っている辺りに、何か置いてあるな。どうやら大きな魔石であるようだ。鑑定しても、魔石であることしかわからんが……。
さらに話を聞きたいところだったが、邪魔者が割って入ってきた。
「お2人とも! 今は問答をしている暇など有りませぬぞ!」
「だ、だが……」
「フランさんは、恩人です!」
壮年の悪魔騎士がフルトたちを叱咤したのだ。言い返そうとする王子たちに、悪魔騎士がさらに言葉を叩き付ける。
「あなた方は、国民を見捨てるのか! 王族としての責務を果たしなされ! どうせこの村は滅ぶ! ならば、我が国だけは守らねばなりませぬ!」
「!」
「……」
フルトとサティアの顔に、力が戻る。それは、悪い意味で覚悟を決めた顔であった。




