1068 メテルマーム
右腕と右羽を斬り飛ばされたことでバランスを崩し、落ちていく悪魔騎士。
フランはさらに追撃をしかける。
「この、小娘がぁぁ!」
「は!」
「くそ! この! 離れろぉ!」
「てやぁぁ!」
悪魔騎士の傷は、すぐに再生を始めてしまう。憑依状態のときからそうだったが、生命魔術の再生阻害がうまく機能していないのだ。抗魔しかり、悪魔しかり、純粋な生命体ではない存在には効きづらいのかもしれない。
だが、問題なかった。奴が再生を完了させて体勢を立て直す前に、フランが四肢と羽を斬り裂く。
絶妙なタイミングであるため、悪魔騎士はバランスを取り戻すことができなかった。結局、錐もみしながら森へと落下していく。
枝葉が折れる音が聞こえたかと思うと、一際大きな破砕音が響いていた。どうやら勢いを殺しきれぬまま、木の幹へと衝突したらしい。
悪魔騎士の骨と、木の幹が折れる音が重なり合い、不快な音を発したのだろう。
フランが落下地点へと向かうと、一人の男が倒れていた。右手と左足、羽を失い、口からは大量の血を吐いている。衝突したと思われる巨木は、途中から砕けて横倒しになっていた。
魔力をほとんど失ったことで、再生が始まらないようだ。生命力は残りわずかで、ギリギリ生きているという感じだった。
手足を軽く血止めし、フランが尋問を開始する。
「お前は、何者?」
「……」
「名前は? 悪魔ってことは、フィリアースの人間なの? それとも、レイドスの人間?」
「……」
騎士っぽいだけあって、口が堅そうだ。それに、適当な嘘を吐くタイプではなく、とことん黙り込むタイプであるらしい。
これだと、虚言の理も効かないからな。お手上げである。しかも、男の決断は早かった。
「殺せ」
「了解だぁ」
「!」
なんと、男の頭部が唐突に爆ぜたのだ。同時に左胸が、一瞬だけ内側からボゴンと大きく膨らむ。
『自殺しやがった』
「ん……」
悪魔が、男の内部から頭部と心臓を破壊したらしい。苦労して殺さずに無力化できたと思ったら……。
遺体を再度鑑定してみても、レイウスという名前と、悪魔に関するスキルをいくつか持っているということしか分からなかった。
持ち物を調べても、所属を示すようなものは出てこない。男を殺したと思しき悪魔だが、その存在も感知することはできなかった。
まだ、この死体の内部にいるのかどうかも分からん。とりあえず収納してみたら、できたが……。
「村いく」
『ああ。これ以上は情報も得られなそうだしな。こいつとの戦いのせいで、絶対に存在がバレた。慎重にな』
「ん」
「オン!」
俺たちは最大限気配を殺し、メテルマームの村へと向かう。道中で、敵らしき気配は感じられなかった。レイドス王国の部隊が占拠している可能性があったが、歩哨などは立てていないらしい。
悪魔騎士が負けるはずがないと、油断しているのか?
いとも簡単に村の傍までやってきたが、気配のおかしさに気付く。家々から、人の気配がないのだ。ダーズと同様に、どこかへと連れていかれたのだろうか?
さらに広範囲の気配を探ってみると、村の奥に人が集められているのが分かった。村の中をコソコソと駆け、そちらへと向かう。
(……レイドスの兵士?)
『ああ、何だこの死に方は……』
レイドス兵と思われる男たちが、道端に倒れていた。確認すると、既に死んでいる。ただ、その死に方が不思議だった。
発見した死体は3つ。だが、全てが違う状態なのだ。
1人は、全身に紫色の斑点が浮かび上がり、苦悶の表情を浮かべている。どう見ても、即効性の毒で殺されているだろう。
残り2人は外傷を受けているが、その内容は大分違っていた。片方は肩口からバッサリと斬られ、内臓が零れ落ちた状態である。
だが、もう1人は胴体から下が幾重にも捻られ、まるでコロネのような異様な姿である。その苦痛に満ちた表情からも、生きながらこのような状態にされたことが分かる。
毒、斬撃、謎の力。これを実行可能な実力者が3人、たまたまこの村にいた? まあ、俺たちならこれと同じ殺し方はできるだろう。あの悪魔騎士も、後者2つはやれたかもな。
ただ、悪魔騎士がレイドス兵を倒したのだとしたら、フランを村に入らせなかった理由はなんだ?
村をレイドス王国が支配し、それを漁夫の利狙いのフィリアース王国が奪い返した? ただ、クランゼルとフィリアースは友好国だったと思うが……。
俺が考察している間にも、フランは目的地の近くへと辿り着いていた。
どうやら、集会場のような場所であるようだ。まあ、屋根のない、広い原っぱなんだが。そこに、100人を超える人々が捕えられ、転がされていた。
男性は手足を、女性や子供は手だけを拘束されているようだな。かなり衰弱しているように見える。あと、明らかに村人に見えない奴らは冒険者か?
いや、それだけじゃなくて、周辺の盗賊なども捕らえているようだ。村人にしては不潔だが、他の冒険者と比べても装備が小汚かった。
広場にレイドス王国の人間は見当たらない。その代わり、3人の人間がいることが分かる。
1人は、捕虜の見張り役なのか、集会場の入り口で仁王立ちしている。外見は人だが、その鎧は先程戦った悪魔騎士にそっくりだった。こいつも、同類なのかもしれない。
問題は、さらに奥。広場の中央にいる2人組だろう。美しい金髪の、若い男女だ。俺たちは、その2人に見覚えがあった。
(フルトとサティア?)
『ああ、間違いない』
難しい顔で何かを相談し合っているのは、フィリアース王国の王族にして、フランの友人。フルト王子とサティア王女であった。




