105 カレーは豚肉!
冒険者ギルドを出た俺たちは、一旦宿に戻ってきていた。
調理場を借りるにしても、材料を仕入れるにしても、露店で何を売るのか決めるのが先だと気づいたのだ。
『では、露店で売る物を何にするか、話し合いたいと思います』
「カレー」
「オン!」
『だとしても、具とか辛さをどうするか決めないと。それによって発注する皿とかスプーンも用意しないといけないし』
バルボラは料理と屋台の町だけあり、いくつもの雑貨問屋が存在している。紙の皿や木のスプーンなどは錬金術で量産もできるらしく、料理ギルドに申請すれば手配してくれるんだと。無論、代金は必要だが。
香辛料は海賊のアジトで入手済みだ。
皿に小分けにした40種類の香辛料を並べて、組み合わせを考える。これなら甘口から激辛まで、どんな味でも行けるだろう。
「甘口カレーが正義。辛口は美味しいけど、辛い」
『そうだよな。フランは甘口が好きなんだよな。まあ、子供にも食べてもらおうと思ったら、甘口が無難かな?』
「ん」
「クゥン」
『そう言えば、ウルシは辛口が好きだったな』
「オンオン!」
『まあ、大人には辛口好きもいるだろうな』
両方提供も不可能じゃないと思うが……。問題は具材か……。
『何がいいかね? 牛系、豚系、鳥系、爬虫類系に、魚系。蟲系や虎、狼もある』
~系ってわざわざ付けてるのは、似た系統の魔獣肉を使う場合があるからだ。豚ならクラッシュ・ボアとか、牛ならロック・バイソンとかな。
「むむ……豚がいい」
『じゃあ、第一候補は豚でいこう』
「オン!」
『ウルシは……確か鳥系が好きだったか?』
「オンオン」
『じゃあ、第二候補は鳥にしておくか』
「オン!」
関西の人はビーフカレーしか食べないらしいが、俺は関東人なのでカレーと言えば豚肉のイメージだ。フランも豚が好きなので、どうしても豚肉カレーが多めなんだよな。以前手に入れた牛系の肉はハンバーグとか焼肉に使ってしまった。
肉を探すなら肉屋かな。市場にも精肉店があるだろうし。魔獣肉を専門に扱う店もあるだろう。
『それ以外の具材はどうだ? ジャガイモ、ニンジン、タマネギは外せないとして、隠し味にリンゴとハチミツ。チョコレート……』
フランはゴロゴロ系よりも、野菜が全部溶け込んだトロトロ系が好きなんだよな。
「トッピングは?」
『トッピングか……屋台でトッピングは難しくないか?』
「カツ、チーズハンバーグ、カラアゲ、温泉卵、揚げ野菜、全部おいしい」
全部は無理だ。いくつかに絞るか……。
『なあ、とりあえず市場に行ってみようぜ。使う具材を決めて、トッピングをどうするか考えよう。とりあえず、豚系の肉と、野菜類を探すぞ』
「ん」
1時間後。やってきましたバルボラ港湾市場。荷卸しされた食料が並べられる、バルボラ一巨大な市場だ。
『うーん、どこの肉屋も、魔獣肉の取り扱いは少ないな』
やっぱ、出回る量が少ないらしい。豚系魔獣の肉は、高い上に量もあまりない。諦めて普通の豚肉を使うしかないか?
カレーは珍しさと言うアドバンテージがあるし、普通の豚肉使っても、勝てる可能性は十分にあると思うしね。
野菜類は、何とかなりそうだ。隠し味に使えそうな、リンゴ、ハチミツ、チョコレート、コーヒー等も揃うと思う。だったら、魔獣肉にこだわらなくてもいいかな?
「もぐもぐ」
「オムオム」
『君ら美味しそうだね?』
「これは市場調査。どんなものが人気なのか調べてる」
「オンオン」
『まあ、いいけど』
おかげで話が聞きやすいし。仕入れ先とか、仕入れの値段とかな。
『というか、市場調査ね。それ、いいな。敵情視察をしておくべきかもしれん』
「敵情視察?」
『ああ、前回のコンテストの上位者の料理を食べるとかな』
有名な料理人ばかりだろうし、働いている店とかに行けば料理を喰えるかもしれん。
「ん。わかった」
「オンオン!」
ウルシも尻尾をブンブン振って喜んでいるが、店に入れるか分からないからな? あとでガッカリするなよ。
聞き込みをしてみると、驚くほど簡単に情報が集まった。特に屋台で食べ物を売るおっさん連中は、商品を大量購入してくれる美少女にメロメロだ。聞いた以上の情報を次々と教えてくれた。
「ここ?」
『おう、看板も「竜膳屋」で間違いない』
教えてもらった中で、一番近かったのがこの竜膳屋だった。しかも店主が去年の決勝進出者だという。
思ったより高級そうじゃないな。表のメニュー表を見ると、値段も普通だ。本当にここか?
「あいてる?」
ドアを開けて覗き込んでみると、中は落ち着いた雰囲気のレストランだった。
「いらっしゃいませ。お1人様ですか?」
「ん。1人と1匹」
「あー、当店はペットの同伴はちょっと……」
「だって、ウルシ」
「クゥンクゥン」
『諦めろ、とりあえず影の中に入ってるんだ』
「クゥ……」
仕方ない、あとで美味しい物を食べさせてやらんとな。
「じゃあ、1人で」
「い、今、犬が影に……」
「見間違い」
「え? 見間違い? そ、そうよね。犬が影に入るとか、有り得ないわよね。疲れてるのかしら」
ごめんなさいお姉さん。たくさん頼むんで許してください。
「おすすめは?」
「えーと、こちらですね。我が竜膳屋の看板メニュー、竜骨スープです」
「竜骨? 竜の骨で出汁を取っているの?」
「ええ。絶品よ」
竜の骨か。味の想像ができないな。
「じゃあ、それ。あと、これとこれとこれとこれ」
「うち、結構ボリューム有りますけど、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ」
「では、繰り返しますね。竜骨スープ、ロック鳥のステーキ、ゴールドシープの串焼き、ユグドポテトのサラダ、バルボラ蟹のピラフですね」
「ん」
まあ、フランならこの程度は朝飯前だろう。10分後、最初にスープが運ばれてきた。具の入っていない、透き通った黄金色のスープだな。一見コンソメスープにも見える。
とりあえず、後で研究する用に、半分はコッソリ収納しておくか。
(もう食べていい?)
『おう。いいぞ』
「じゃあ、いただきます」
ズズ
フランが竜骨スープを口に運ぶ。そして、1口。
『どうだ?』
「……おいしい」
なんか悔しそうな顔をしているな。美味しいんじゃないのか?
「師匠のコンソメスープよりも、美味しいかもしれない」
『なるほど』
それは凄い。食べ物に対して俺よりも凄いっていうのは、フラン的に最高の褒め言葉だからな。
それが1杯20ゴルドか。他の料理も魔獣素材を使っているのに、1皿50ゴルド前後だった。結構安いんだよな。
これは舐めていたかもしれん。少なくとも、半端な料理じゃ太刀打ちできないかもな。
宿に戻ってから、生み出した分体で料理を食べてみると、その思いはさらに強まった。他の店も回ってコッソリと料理を持ち帰っていたんだが……。
どの店も相当美味しかった。レベルが上がった今の分体創造で生み出した分体は、感覚がかなり鋭い。味覚も人間と変わらないのだ。だからこそ分かる。コンテスト出場者たちのレベルの高さが。
『こりゃあ、本気で挑まないと最下位だってあり得るぞ』
豚肉とか言ってる場合じゃない。絶対に魔獣肉を手に入れなくては。それ以外の材料も厳選しよう。原価の問題もあるから高価な素材ばかりともいかんが、せめて新鮮でおいしい野菜を手に入れたい。香辛料もケチらずに使おう。
売り方も工夫しないとな。屋台で売るのに適した売り方はないかな? 単にカレーライスを売るんじゃ、量はあまりさばけない気がする。
こうなったら、使えるコネは全部使おうかな。
『フラン、ルシール商会に行こう。かなり大きな商会だっていう話だし、魔獣肉や野菜も仕入れられるかもしれん』
「ん、分かった」
他に拘れる部分はないか? 香辛料、肉、野菜。あとは――水かな。せめて良い水を使って作りたい。そこら辺の井戸水も悪くはないけど、この世界には不思議な水が沢山あるし。何か手に入らないかな。
これもルシール商会で聞いてみるか。金はあるのだ。腕と経験で負けるのなら、せめて良い素材を揃える。ちょっと成金思考だが、これも勝つためだ。
『絶対に良い素材を揃えるぞ!』
「おー」
「オウン!」




