1067 風魔
「我が魔力を糧と、肉体を依代として、顕現せよ! 風魔!」
悪魔騎士が叫んだ直後、その身を取り巻く魔力が大きく変化していた。
増大し、強化されただけではない。渦巻く魔力が暴風雨そのものに思えるほど、強烈な風属性を纏っていた。
羽根も一回り大きくなり、先端が鉤爪のようになった長い尻尾が生えている。
「久々のシャバだぜぇぇ」
「?」
「小娘! お前が抵抗してくれたおかげだ! 感謝するぞ! 礼に、苦しまぬように殺してやる!」
今までとは似ても似つかぬしゃがれ声で叫ぶと、悪魔騎士はこちらへと魔術を放ってきた。
「砕け散れ! ひゃはははははは!」
竜巻の様に高速回転する、風の弾丸だ。確かに、普通の人間であれば砕けるほどの威力を秘めているだろう。
改めて鑑定すると、種族が悪魔に変わっていた。憑依させるだけではなく、肉体から悪魔と化したらしい。
スキルなどにほとんど変化はないが、ステータスがかなり強化されていた。ほとんどのステータスが500を超え、魔力は1000オーバー。称号には悪魔男爵が増えている。
悪魔化したことで、無詠唱で魔術を放てるようになったのだろう。連続で腕を振り、風の弾丸をばら撒き始めた。
「おらおらおらおらぁぁ!」
「そんなの、当たらない!」
しかし、フランはその攻撃を躱しつつ、当たりそうな物だけを俺で迎撃する。
「はぁぁ? なんじゃそりゃ! 俺の風を切り裂いただとぉぉ!」
「今度はこっちの番!」
『どりゃぁぁ!』
フランが雷鳴魔術、俺が火炎魔術を連続で放った。全方位から叩き込まれた魔術が、悪魔に次々と直撃する。
だが、俺たちが喜びの声を上げることはなかった。
「かゆいなぁ! この程度の魔術、防ぐまでもないんだよ!」
『ちっ! 魔法防御が高いな!』
いくら様子見のための下級魔術とは言え、簡単な防御すらせず、無視されるとは思わなかったのだ。想像以上の防御力だった。
「次はこっちの番だよなぁぁぁ!」
点の攻撃では当たらないと理解し、今度は線の攻撃である。非常に見えづらい、透明な風の鎌であった。
無数の風の鎌が放たれ、四方からフランに襲い掛かる。これも、並の冒険者であれば全身をバラバラに切り刻まれ、ジ・エンドであっただろう。
しかし、フランは焦ることなく鎌を感知し、その軌道を見切って対処した。
「なんでこれが見える! うぜぇぇなぁぁぁ! 死ね死ね死ね死ねぇぇ!」
「死なない」
「おるぁぁ!」
「はぁぁ!」
そこからは、激しい魔術戦だ。激しい魔術をばら撒き合う。だが、互いに決め手に欠け、ろくにダメージが入らなかった。
向こうの風魔術は俺とフランに迎撃され、こちらの魔術は向こうの高い魔法防御力に阻まれる。防御をぶち抜くためには、上位の術が必要となるだろう。だが、両者が余りにも速く動き回るため、狙いを付けることが難しいのだ。
それに、カンナカムイなどを当てることができたとしても、それでは奴を倒してしまう恐れがあった。まだ俺たちは生け捕りにすることを諦めてはいないのだ。
(師匠、あいつの魔力は?)
『かなり減ってきたぞ』
悪魔が顕現している最中、常に魔力を消費するらしく、悪魔騎士の魔力はゆっくりと減り続けている。フランはこのまま戦闘を続け、魔力切れを狙うつもりであるようだ。
悪魔騎士は、この展開にイライラし始めたらしい。飛び回りながら、叫ぶ。
「うぜぇうぜぇうぜぇ! うぜぇぇんだよぉぉぉぉぉぉ! こうなりゃ、絶対にミンチにしてやるあぁぁぁ!」
手を動かして、印のようなものを組んでいるのか? 遠すぎて詳しくは分からないが――何かをしたのは間違いなかった。悪魔騎士を取り巻く風と魔力が、さらに強烈になったのだ。
「風絶禍ぁぁぁ!」
『攻撃じゃなくて、強化系の技か!』
大気が弾けるドンという音を残し、風の鎧をまとった悪魔騎士が加速した。戦闘機かと思うほどの速度で空を旋回しながら、ドリルのように回転する風の槍を無数に放ってくる。風の槍は追尾機能付きだ。
それに対し、黒雷を纏ったフランは宙を足場にしながら、アクロバティックな動きで躱していく。
『くっ! こいつは! 厳しいな!』
「くぁ!」
『フラン! 躱せ! 迎撃したら弾けるぞ!』
「ん!」
斬り裂いた風の槍が大爆発を起こし、フランを派手に吹き飛ばしていた。咄嗟に転移して逃げなければ、さらに殺到した風の槍によって大ダメージを負っていただろう。
『フラン! まだ手加減するのかっ!』
接近してぶった切ってやりたいところだが、やつは近づいてこない。斬り合いではフランが有利であると分かっているのだ。
しかし、遠距離での撃ち合いでは、中々決定打にならない。全力で奴に近づくべきじゃないか?
(だいじょぶ!)
フランは自信満々に頷くと、その場から一気に降下した。しかも、高度を下げつつも、悪魔騎士から背を向けて駆け出す。
その向かう先はメテルマームの村が見える方向であった。
悪魔騎士からは、自分を無視して村の様子を確認しに行くように見えただろう。
「ま、待ちやがれぇぇ! 無視してんじゃねぇぇぇ!」
(かかった!)
『おう!』
いくら能力が高かろうが、直情的な相手はハメやすいね!
超高速で追ってくる悪魔騎士に対し、フランは振り返って突進した。慌てて風の槍を放ってくるが、タイミングが掴めていれば回避は容易である。
フランは黒雷転動を一瞬だけ発動し、風の槍をやり過ごした。既に、手を伸ばせば相手に届く距離だ。
「なにぃぃっ!」
驚く悪魔騎士と、自分で狙ってこの状況を導いたフラン。互いに超高速下にある戦闘では、その僅かな差が命運を分けるのだ。
「ぐがぁぁぁ!」
右腕と右羽を斬り飛ばされた悪魔騎士が、錐もみしながら落下していくのが見えた。




