1066 悪魔の騎士
港町ダーズからの避難民をロッカースに届けた翌日。俺たちは日の出とともに町を出立していた。
目指すのは、音信不通の村メテルマームだ。
『あの山道を登っていった先にあるらしい。ウルシの足なら一時間くらいで到着するはずだ』
「ん」
昨日、ギルドマスターから偵察の依頼を提案されたフランは、少し悩んでから受けることを決めていた。
メテルマームは隣国であるフィリアースとの間に存在する村である。そこを押さえられているとなれば、フィリアースとの連絡を遮断されることになるのだ。そう訴えられたことも、決めた理由の一つだろう。
ただ、一番の理由はシャルロッテの安全のためである。何らかの儀式の生贄にされそうになっていたシャルロッテ。その儀式とやらのためにメテルマームに運ばれそうになっていたとなれば、そこに行けば内容も詳しく分かるかもしれない。
それが、依頼を受けた最も大きな理由だった。
大地に影も映らないほどの高空を飛ぶウルシが、前方に何かを発見する。
「オン!」
『なんだ? 何かが飛んでるな……』
俺たちほどの高度ではないが、何か黒いものがホバリングするように滞空している。コウモリのような羽が生えた、デーモンに似た魔獣っぽいんだが……。
あの飛行物体の真下には、微かにメテルマームが見えている。
ダーズ偵察時と同じように幻像魔術と光魔術で姿を誤魔化しているため、まだこちらに気付かれてはいない。
ただ、どうする? いきなり攻撃するのはまずいだろう。レイドスの関係者の可能性は高いが、そうでなかった場合が色々と厄介だ。
とは言え、敵だった場合、姿を見せるのは間抜けすぎる。
奇襲を仕掛けるか、姿を見せて反応を窺うか。
だが、すぐに考える必要はなくなった。俺たちがさらに近づくと、明らかに向こうがこちらに気づいたのだ。
周囲をキョロキョロと見回すと、顔をこちらに向けた。そして、ジッと見つめていたかと思うと、ウルシと同じ高度まで上がってきたのだ。俺たちの想定以上に、探知能力が高い相手だったらしい。
(バレた?)
『多分な』
(どする? 攻撃する?)
『いや、ちょっと待て。こうなっちまったら、相手が何者か確かめた方がいい』
(わかった)
(オン)
「空気の流れから、そこにいるのは分かっている! 姿を現せ!」
あー、なるほど。風や空気を使った探知能力か。遮蔽物がないはずの上空で、空気の流れがおかしければそりゃあ気づくよな。
仕方なく、隠蔽を解くフランたち。
「子供? 何者だ」
「……クランゼル王国の冒険者」
「!」
フランがそう告げた瞬間、相手の顔が激しく歪んだ。まあ、真っ黒な皮膚で、表情はいまいち分からんけどね。
声は壮年の男性のようだったが、その外見は人とは程遠い。というか、完全に悪魔のそれであった。
漆黒の皮膚に、蝙蝠の羽に、細マッチョな体型。装備品は、これまた漆黒の金属鎧だ。非常に洗練されたデザインで、明らかに騎士やそれに類するものの装備だと分かる。
黒い鎧を着た悪魔。そうとしか見えないんだが、種族は人間となっている。多分、スキルの悪魔憑依というやつが関係しているんだろうな。騎士が悪魔と合体している状態なのだ。
「……去れ。ここから先は立ち入ることまかりならん」
「メテルマームの確認にきた。それが終われば帰る」
「……!」
フランがメテルマームの名前を出した瞬間、男が殺気を放った。そして、いきなり斬りかかってくる。
「しぃ!」
「む!」
フランは危なげなくその斬撃を受けて飛び退いたが、今のは明らかに殺すための攻撃だった。
「今のを、躱すか」
「お前、レイドス王国?」
「……言うに事欠いて、レイドスか? だと!」
「名前も言わずにいきなり斬りかかってくる卑怯者は、きっとレイドス王国」
「ち、違う!」
「じゃあ、名前と所属を言う」
「……死ね!」
挑発してもダメだったか。どうやらレイドス王国の人間ではないらしいが、メテルマームに行かれるのは困るらしい。
悪魔と言えばフィリアース王国を思い浮かべるが、ここで何をやっているのかという話になる。
普通に考えれば、戦争の漁夫の利を得るため、メテルマームを占領しに来たということになるだろう。だが、フィリアースは領地を広げることに興味はないはずだよな?
最悪、フィリアースもシードランと同じようにレイドスに支配されてしまっており、クランゼル王国に攻め入ってきたというシナリオも考えられるだろう。
(師匠。あいつ捕まえる)
『わかった』
そのまま激しい空中戦が始まる。
相手は羽を持っているだけあって空中戦に慣れているようだが、地力に差があり過ぎた。フランは悪魔騎士の攻撃を全て受け流し、反撃で手足を斬り落とす。
再生を持っていなければ、開始数分でダルマ状態になっていただろう。
「こ、こんな子供が、どういうことだ……! 俺は、隊内でも上位の剣の腕を……」
剣聖術が3と高レベルだし、余程自信があったんだろうな。しかも、自分が有利なはずの空中戦だ。負けるはずがない戦いであっさり手玉に取られ、驚愕している。
勝つだけなら、問題はない。なんせ、こっちはまだウルシが何もしていないのだ。ただ、ここまで再生力が高い相手を捕まえるとなると、少々骨が折れそうだった。
ただ、本気を出していないのは敵も同じであったらしい。
「仕方あるまい……。我が魔力を糧と、肉体を依代として、顕現せよ! 風魔!」
直後、騎士の全身を膨大な魔力が包み込んでいた。




