1065 ロッカース
解放したダーズの民を連れて町を脱出した俺たちは、そのまま南東を目指して歩き続けた。内陸に数日歩いた場所に、そこそこの大きさの町があるのだ。
まずはそこで状況の確認だ。
ああ、途中で、脱出した冒険者たちとも再会できている。おかげで警護の手も増えて移動が楽になったし、フランの機嫌もいいのだ。
レイドス側にこちらを追う余裕などないらしく、姿を現すことはない。むしろ、魔獣の方が厄介だった。
部隊長と魔獣使い、2人の捕虜から情報を聞き出してみると、ダーズ占領後は少数の斥候部隊や工作部隊がダーズを出たものの、全部で30人には届かないらしい。
ヴァルーザの情報とも一致するな。
どこかの村を占拠するつもりだという情報は少々心配だが、そこは避難先に着いてから情報を得ればいい。
ダーズを脱出して4日後。
俺たちはなんとか脱落者を出さずに町へと辿り着いていた。この地域ではダーズに次ぐ規模の宿場町、ロッカースだ。
到着した一行は大歓迎6割、微妙な顔3割、困り顔1割で出迎えられる。大歓迎は、町の外でテント生活をしていたダーズからの避難民たちだ。仲間が生きていたことを喜んでいる。
微妙な顔は、警邏の人間やこの町の住人の一部だろう。騒ぎを起こす余所者が増えたことを素直には喜べないのだ。
困り顔も、この町の住人である。食料の問題などを危惧しているのだろう。戦時下に、いきなり300人増えたのだ。配給のことなどで、暗い気持ちになってしまうのは仕方ない。
ここは一芝居打っておくか。
俺は警備兵との会話がひと段落したフランに、ちょっと大声でいくつかのセリフを言わせることにした。
まずは、レイドス王国から奪った荷をいくつか積み上げながら、これが兵糧だとアピールする。
「これ、レイドスから奪ったごはん。豆とかいっぱい入ってる」
「おお! も、もしかして提供してくれるのだろうか? 頼む、ぜひ売ってほしい!」
この兵士長さん、いい人だな。よこせと言うどころか、売ってほしいと頼んできた。戦時中だから、無理やり徴発するという手もあると思うんだがな。
それとも、次元収納にまだたくさん入ってる可能性を見越して、下手に出ている? それならそれで、先見の明がある優秀な男だ。信頼はできるだろう。
フランはさらに箱を大量に積み上げながら、口を開いた。
「レイドスから奪った奴だから、お金はいらない」
「ほ、本当かい?」
「お金には困ってない。それよりも、私が連れてきた人を受け入れてほしい」
「そ、それは勿論だよ」
「中にはダーズの兵士の人とかも多いから、この町を守るのに力になれる」
「おお! それは助かるよ!」
途中で俺たちの意図に気付いたのか、兵士長さんはやり過ぎなくらい大声で答えてくれた。
まあ、俺の考えは単純で、食糧と兵力を提供できますよ! 役に立つから、あまり邪険にしない方がいいよ! ということを、大声で宣伝したというだけである。
これを聞いていたロッカースの住人達の表情も、かなり和らいだのが分かる。なんせ、大量の食糧が目の前に積み上がっているのだ。
ただ、見た目は大量に見えても、数千の人間が集まっている今のロッカースだと、1日程度しか賄えないだろうな。視覚のマジックという奴なのだ。
まあ、足りなくなればさらに追加できるけど。
「これ、どこに運べばいい?」
「いや、こちらでやるよ」
「でも、私がやれば簡単」
「そうなんだけど、これだけの物資が運び込まれたって住民たちに見せたいし、何もせずに暇してる奴らを働かせないと。余計なことばかりするんだ」
「余計な事?」
「喧嘩に盗みに酔って大騒ぎと、こちらも困っていてね。今や町の治安が最悪なのさ。特にダーズの船乗りは荒っぽいし、うちの町に元々いたチンピラと相性が悪いんだよ」
あー、避難民と住人の間で、すでに色々な軋轢があるんだろう。特に、荒くれもの同士では縄張り争い的なものがあるようだ。
力が有り余ったお馬鹿さんたちを力仕事で疲れさせるとともに、町中で運搬することで人々に大量の物資を見せつけ、安心感を与えようと考えたらしい。
「素直に言うこときく?」
「聞かないなら、追い出すまでさ。君がたくさんの戦力も一緒に連れてきてくれたしね。それに、ここで従えておけば、いざという時に戦力として数えられる」
一般人よりは戦い慣れているチンピラを、戦力として使えるようにしたいという考えもあるわけか。やはり、できる男だ。
俺たちは笑顔の兵士長に別れを告げると、その足で冒険者ギルドへと向かった。ダーズでの顛末を報告するためだ。これで、バルボラでの依頼は完了となるだろう。
ギルドに入ると、すでにシャルロッテたちの姿があった。今回の顛末を報告しているらしい。横から聞いていても、ダーズからの道中で聞いた以上の情報は出てこない。
ただ、1つだけ新しい話が聞けた。シャルロッテは一両日中に、メテルマームという村へと運ばれると聞かされていたというのだ。
そして、報告を聞いていたギルドマスターが驚きの声を上げる。
「メテルマームだと? それは本当か?」
「は、はい。偉そうな人が、そう言ってました」
「今、ロッカースには周辺の町村から多くの避難民がやってきている。だが、メテルマームからだけは、1人も避難者がいないのだ」
情報が届いていないだけかと思ったが、一応冒険者を遣いに出しているらしい。だが、その冒険者も戻らないという。
「冒険者が道中で事故にあってしまい、情報が届いていないだけならばいい。だが、そうでないのであれば……」
「メテルマームにも、レイドス軍が?」
「うむ。その可能性もあるだろう」
そう呟いたギルドマスターの目が、フランを向く。
「そこにいるのは、黒雷姫のフラン殿だな?」
「ん」
「あなたに、依頼を出したい。メテルマームの偵察と救援だ。どうだろうか?」




